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誰もがよく知っている部屋に、誰もよく知らない人が来た話

作者: 月の位相
掲載日:2026/01/27

 その日のテロップは、少しだけ長かった。


 「本日のゲスト:新しいお金をつくった人」


 司会者は、それを一度だけ確認してから、いつものように微笑った。


「今日はですね、なんだかすごい方がいらしてるんですって。


 なんか、新しい形のお金を作った方なんですって?」


 フードを深くかぶったゲストは、小さくうなずいた。


「……はい。そういうふうに紹介されることが多いです」


「“そういうふうに”っておっしゃるのね」


「はい。状況によって、そうなったというか」


「状況で、お金を作る人になるんですねえ」


 司会者は感心したように言い、カードを一枚めくった。


「私、正直言って、よくわからないんです。


 銀行がなくても使えるお金なんですって?」


「……まあ、使えるときもあります」


「使えないときも?」


「はい」


「まあ、お金ってだいたいそうですねえ」


 観客席から、なぜか軽く笑いが起きた。


「それで、そのお金って、どこにあるんですか?」


 ゲストは、ほんの少し考えてから答えた。


「……どこにあるか、と聞かれると、難しいです」


「机の引き出しには?」


「入りません」


「バッグの中にも?」


「入りません」


「じゃあ、冷蔵庫に?」


「……入りません」


「じゃあ、どこにも入らないのね」


「……あるとも言えるし、ないとも言えます」


「便利ですねえ」


「はい」


 二人とも、まったく困っていない顔だった。


 スタッフはなぜか緊張し、


 視聴者はなぜかチャンネルを変えなかった。


「でもね」と司会者は言った。「私、思うんですけど」


「はい」


「お金って、信用じゃないですか」


「……はい」


「だったら、あなたはお金を作ったというより、


 信用を作った人なのかもしれませんね」


 ゲストは、ほんのわずかだけ目を見開いた。


「……」


「あ、難しいこと言っちゃった?」


「いえ……」


「?」


「それ以上、うまく言えない気がして」


 司会者は満足そうにうなずいた。


「言えないくらいで、ちょうどいいこともありますよねえ」


「はい……」


 収録は、終始そんな調子で進んだ。


 仕組みの説明は一切なかった。


 値段の話も、投資の話も、未来の話も、ほとんど出なかった。


 それなのに、「すごい回だった」という空気だけが残った。


 エンディング。


「今日は、“なんか新しいお金を作った人”にお会いできて、よかったです」


「……その理解で、十分ありがたいです」


「詳しいことは、私が知らなくてもいいのよね」


「はい。知らなくても、使えるものなので」


「まあ、テレビみたいですね」


「……たしかに」


 番組終了の音楽が流れた。


 カメラが引いていく中、司会者はいつものように言った。


「それでは、また明日」


 次の瞬間、椅子に座っていたはずのゲストの姿が、カメラから消えていた。


 スタッフは誰も騒がなかった。


 司会者も、特に気にした様子はなかった。


「不思議な方だったわねえ。でも、感じのいい方だったわ」


 翌日、ネット上ではこの回が静かに話題になった。


「何の話だったんだ?」


「よくわからないけど、最後まで見ちゃった」


「あれ、夢だった気がしてきた」


「あの司会者だけが現実だった」


 数年後、録画を見返した人がいた。


 内容はほとんど覚えていなかった。


 けれど、「確かに見た」という感覚だけは、なぜか消えなかった。


 それは、財布にも引き出しにも入らない種類の、


 どこかに「あるとも言えるし、ないとも言える」記憶だった。

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