誰もがよく知っている部屋に、誰もよく知らない人が来た話
その日のテロップは、少しだけ長かった。
「本日のゲスト:新しいお金をつくった人」
司会者は、それを一度だけ確認してから、いつものように微笑った。
「今日はですね、なんだかすごい方がいらしてるんですって。
なんか、新しい形のお金を作った方なんですって?」
フードを深くかぶったゲストは、小さくうなずいた。
「……はい。そういうふうに紹介されることが多いです」
「“そういうふうに”っておっしゃるのね」
「はい。状況によって、そうなったというか」
「状況で、お金を作る人になるんですねえ」
司会者は感心したように言い、カードを一枚めくった。
「私、正直言って、よくわからないんです。
銀行がなくても使えるお金なんですって?」
「……まあ、使えるときもあります」
「使えないときも?」
「はい」
「まあ、お金ってだいたいそうですねえ」
観客席から、なぜか軽く笑いが起きた。
「それで、そのお金って、どこにあるんですか?」
ゲストは、ほんの少し考えてから答えた。
「……どこにあるか、と聞かれると、難しいです」
「机の引き出しには?」
「入りません」
「バッグの中にも?」
「入りません」
「じゃあ、冷蔵庫に?」
「……入りません」
「じゃあ、どこにも入らないのね」
「……あるとも言えるし、ないとも言えます」
「便利ですねえ」
「はい」
二人とも、まったく困っていない顔だった。
スタッフはなぜか緊張し、
視聴者はなぜかチャンネルを変えなかった。
「でもね」と司会者は言った。「私、思うんですけど」
「はい」
「お金って、信用じゃないですか」
「……はい」
「だったら、あなたはお金を作ったというより、
信用を作った人なのかもしれませんね」
ゲストは、ほんのわずかだけ目を見開いた。
「……」
「あ、難しいこと言っちゃった?」
「いえ……」
「?」
「それ以上、うまく言えない気がして」
司会者は満足そうにうなずいた。
「言えないくらいで、ちょうどいいこともありますよねえ」
「はい……」
収録は、終始そんな調子で進んだ。
仕組みの説明は一切なかった。
値段の話も、投資の話も、未来の話も、ほとんど出なかった。
それなのに、「すごい回だった」という空気だけが残った。
エンディング。
「今日は、“なんか新しいお金を作った人”にお会いできて、よかったです」
「……その理解で、十分ありがたいです」
「詳しいことは、私が知らなくてもいいのよね」
「はい。知らなくても、使えるものなので」
「まあ、テレビみたいですね」
「……たしかに」
番組終了の音楽が流れた。
カメラが引いていく中、司会者はいつものように言った。
「それでは、また明日」
次の瞬間、椅子に座っていたはずのゲストの姿が、カメラから消えていた。
スタッフは誰も騒がなかった。
司会者も、特に気にした様子はなかった。
「不思議な方だったわねえ。でも、感じのいい方だったわ」
翌日、ネット上ではこの回が静かに話題になった。
「何の話だったんだ?」
「よくわからないけど、最後まで見ちゃった」
「あれ、夢だった気がしてきた」
「あの司会者だけが現実だった」
数年後、録画を見返した人がいた。
内容はほとんど覚えていなかった。
けれど、「確かに見た」という感覚だけは、なぜか消えなかった。
それは、財布にも引き出しにも入らない種類の、
どこかに「あるとも言えるし、ないとも言える」記憶だった。




