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第8話

「俺はこの部室で死んだんだ」

突然の告白にスッと背筋が凍った。じっと先輩の顔を凝視する。彼はたくさんの備品が置いてある棚を指差した。スピーカーやキーボード、一番上には大きなダンボールが重ねてある。

「コードを取ろうとしたら上からスピーカーが落ちてきてさ。こう…ガンって」

先輩は後頭部に物が当たるジェスチャーをする。そのあまりに淡々とした説明にぞっとした。改めて先輩が幽霊だと言うことを実感した。

「それで…目が覚めたらここにいたんだ。それからずっと成仏できない」

少しの静寂のあと、先輩が僕を見る。その目はどこか訴えかけるように僕を映していた。

「なんでかはおおかた分かってる。三年になったら、進路の話がでるだろ。お前ももう三年になるから知ってるだろうけど、進路希望調査っていう紙があるんだよ。俺はそれに何も書かなくてさ…ずっとそれが心残りなんだよ」

先輩の声が部室に反射する。耳に入ってくるその声を、僕はただ置き物みたいに受け入れていた。

「…なんで何も書かなかったか聞けよ」

「えっ?」

「なんで何も書かなかったか聞けって」

ポカンとしたあと戸惑いながら口をひらく。急にいつもの先輩に戻ったみたいだ。

「えっと…なんで何も書かなかったんですか?」

「…俺音楽が大好きだからさ、音楽関係の大学に行きたいって思ってたんだ」

「え?じゃあなおさら…なんで書かなかったんですか?」

先輩は目を逸らし、部室の中を見回した。その目はどこか遠くて、まるで誰かを探しているようだった。

「軽音部の友達がさ…音楽がすっげぇ上手かったんだよ。ギターもドラムもボーカルも、なんでも上手かった。とにかく音楽の才能があったんだ。俺がどれだけ頑張っても、そいつには追いつけなかった。

そんでそいつも音楽大学に行くって聞いたとき思ったんだ。ああ、ああいう才能あるやつじゃないと、その道へは行けないんだってな。」

窓枠に頬杖をつく先輩は、どことなく拗ねていた。いつも自信満々でなんとなく上から目線な先輩とは違い、少し頼りない。僕はその姿に急激に親近感が湧くのを感じた。こんなに明るい人でも、自信がなくなる場面があるんだと衝撃だった。

「でも…俺もう何年もこの学校にいるだろ。だからいろんなやつを見かけるんだ。それでさ…」

先輩は一度言葉を切り、ぐっと眉間にシワを寄せた。僕は動かずに静かに次の声を待っていた。

「…それでさ、才能がないからって進路を諦めるやつなんか、ほとんどいなかったぜ。みんな好きかどうかで決めてるんだ。俺、死んだあとにそれに気がついたんだ」

…好きか、どうか。

それを聞いたとき、胸がきゅっとしまった。無意識に部室の端に置いてあるギターを見る。先輩は続けた。

「お前、自分に才能がないって言ってたよな。そんなの全然関係ないんだ。好きなら……やりたいなら、やればいいんだ」

思わず服のすそを握って廊下に目をやった。電灯が暗い壁や床に反射している。ガラスに雨が当たっていた。

「僕がギターを好きだって思うんですか?」

「だって、ギターを弾いてるときのお前はすごく楽しそうなんだぜ」

僕ははっと息を呑んで、反射的に先輩に顔を向けた。その真っ直ぐな瞳に射抜かれて何も言えなかった。喉の奥が熱くなって、頭の中に言葉が浮かんでは消えてを繰り返す。

ギターを弾いている時が楽しそう?そんなの、だからって僕がギターが好きな理由にはならない。軽音部に入る理由にはならない。ギターを弾く理由にはならない。僕が……僕はギターが…。

「僕は…ギターが上手くないけど……それでも、楽しいからっていうだけで…軽音部に入っていいんですか…」

間髪入れずに先輩が頷く。その確信を持った力強さに、僕の心は軽く浮き上がった。

僕は好きだ。ギターが好きだ。

ギターを弾いたとき、腕の中で響くあの音が好きなんだ。先輩に教えてもらって少しずつできるようになるのがワクワクする。あと一年しかないけど……僕にも軽音部に入る資格があるなら…。

深呼吸をして時計を見上げた。この時間が終わるまであと十分。もう一度先輩を見る。

「…考えさせてください、もう少しだけ」

それでも踏み切れない僕を、先輩は呆れた様子も見せず受け止めた。椅子から立ち上がって伸びをし、どこか安心したように笑いかけた。

「おう、分かった。長い話聞いてくれてありがとうな。今日はこのまま解散にするか?」

「はい」

頷いて窓の外を見る。いつの間にか雨はあがっていた。

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