第6話
放課後、いつものように軽音部へ行く。部室へつくと、僕が開けるよりもはやくガララッとドアがスライドした。
生きた人間と目があってどきりとした。てっきり僕は、いつものように先輩が開けてくれたものだと思った。だけど違った。この人は肩にギターケースをかけている。だからたぶん、軽音部員…。
「軽音部に何か用ですか?もう部室、閉めるけど」
僕は慌てて、ドアを開けようと固まっていた手を下ろした。部屋の奥に目をやる。先輩は僕らの様子を見守っていた。
どうしよう。何か言わないと。
セーターのすそを整えながら口を開いた。
「ええと…友達が、ここに忘れ物を…か、代わりに僕が取りにきました」
咄嗟についた嘘は、我ながら上手いと心の中で思った。じっと相手の反応を伺う。
「忘れ物?うーん…まぁ、そっちの人が知り合いなら大丈夫か。じゃあ代わりに鍵閉めといてもらっていいですか?」
頷くと、僕の手に鍵が渡された。
その人が去っていく背中を見送り部室へ入る。扉を閉めて小さく息を吐き、先輩の元へ歩いた。
「びっくりしたな。だけどいい言い訳だったぜ」
先輩はからかうように声を弾ませた。僕はため息をついて鍵を椅子の上へ置いた。それを見て先輩がギターを持って手招きする。
「今日もギターするんですか?」
昨日の出来事を思い出す。初めて触ったギター、初めて出せた音。気がつくとギターを受け取っていた。
「そうだ、今日もギターだ。お前をギターマスターに育ててやるぞ」
「なんですかそれ…」
思わず小さく吹き出すと、先輩も口角を上げて笑った。
先輩に教えてもらいながら、僕はギターの弦をはじく。
昨日と同じだ。変な音が出て、指の腹がズキズキする。言う通りに指を動かしてみるけど上手くいかない。
だんだん体がぽかぽかしてきた。全然思う通りに出来ないのに、僕はこの時間が長く続いて欲しかった。
「今日はこのへんかな」
その言葉にはじめて時計を見る。針は最終下校時刻の五分前を指していた。
僕はゆっくりとギターをおろし、慎重に元の台へ置いた。
「昨日よりもだいぶ上達したな。やっぱり才能あるぞ」
腰に手を当てて頷く先輩を見て、僕は胸の奥がくすぐったくなる。
「たぶん、先輩が教えるの上手だからですよ」
カバンを持ち上げて肩にかける。先輩は「いやいや」と手を振ってはいるが、その顔はどこか得意げだった。鍵を取って部室を出ようとした時、背中から声がかかった。
「お前さ、軽音部に入るか?」
僕の足が止まる。振り返って目に入った先輩の顔は、真剣だった。冗談で言ったわけではないようだ。
「いえ、僕は…遠慮します」
「なんでだよ。お前、部活入ってないんだろ?」
言葉に詰まって下を向く。床のタイルを見つめながら、僕はどう断ろうか思案した。
「でももう二年生も終わるし…三年生は受験でいそしくなります」
「でも三年が終わるまであと二ヶ月あるし、文化祭もあと一回残ってるぞ」
文化祭。今年の軽音部のステージが、頭の中で再生される。派手で、キラキラしてて…それにみんな、すごく楽しそうだった。僕とは真逆に思えた。
「なぁ、一回試しで入ってみろって。俺ずっと見てたけど部員みんないいやつだぜ。絶対歓迎してくれるって」
先輩の言葉に現実に引き戻される。僕は首を振ってカバンをかけ直した。
「大丈夫です。僕は…音楽の才能がないから。」
先輩がまだ何か言おうとしていたが、僕は遮るようにドアを閉めた。鍵をかけ、早足で部室を離れる。
冷たいコンクリートの床を見つめながら、僕は胸の奥が少しずつ重たくなるのを感じた。




