9話
時刻は13時を回ったところ。 すっかり喧騒が落ち着いた神社の境内。
壮一郎と巴は、一旦神代家裏手の自宅の駐車場に車を置きに来ていた。 後部座席には、先ほど買ったばかりの服の袋と、例の犬耳カチューシャの入った小さな紙袋が置かれている。
「巴、荷物どうする?一旦自宅(月城家)に置いてくるか?」
神代家の駐車場とは言っても、広い敷地内にポツンとあるこの場所から、巴の家である月城家までは300m程度はある。田舎特有の「お隣さん」の距離感だ。
「んー、壮一郎もついてきてくれるなら、戻るけど…どうする?」
巴が、壮一郎の顔を覗き込むようにして尋ねる。
壮一郎は一瞬、巴の両親(特に父の譲)の顔を思い出した。
(娘をよろしく)
その、半ば脅迫にも似た(しかし公認の)言葉が脳裏に過る。 ここで巴を一人で荷物持ちに帰らせるのは、違う気がした。
「なら、荷物は車に置いて、歩いて目的地まで向かうか」
壮一郎は、車のキーを操作してロックをかけながら、そう提案した。
「りょーかーいっ」
巴は、元気にそう返事をすると、壮一郎の隣に並んだ。
最終目的地は、美影町文化会館として、ここからだと距離は凡そ500mといったところだろうか。
「とりあえず、巴が行きたいって言ってた図書館・公園の順で見ていくか」
壮一郎は、巴がスマホで見せたリストの順番を確認するように話す。
「楽しみだね~、壮一郎」
ニコニコと満面の笑顔で、巴は壮一郎の右手を自然に握った。 モールで犬耳カチューシャを巡って見せた、あの複雑な気持ちなど、今は微塵も感じさせないような、実に晴れやかな表情だった。
「そうかぁ?」
壮一郎は、その無邪気すぎる笑顔に、半信半疑の目を向ける。 もうすぐ18になるという巴が、選んだデートコースが、図書館・公園に文化会館…? 普段はカラオケ、ゲーセンと、分かりやすいレジャー向け施設にしか興味を示さなかった彼女が、だ。
(十中八九、そういうことだろうな…)
壮一郎は、巴の行動の真意に不穏な予測をしながらも、それを口には出さない。 ただ、巴の手を優しく握り返し、二人並んで目的地に向かうのだった。
*
少し歩いた先に、町の公民館と併設されたような、やや古びた美影町図書館についた二人。
「まぁ、この距離くらいなら通いやすいよねぇ…」
巴は、神社からの所要時間でも測るように、うんうんと頷きながらそう言う。
「なんだ?ついに勉強に力を入れる気になったのか?」
壮一郎が、その発言の真意を(分かりきってはいたが)なんとなく聞いてみる。
「あたしが?まっさかぁ~」
巴は、心底おかしそうに笑い飛ばし、自動ドアを抜けて図書館に入る。壮一郎もそれに続いた。
中は簡素な造りがされており、思ったよりも静かだった。 児童書のコーナーには、近くの小学校の子たちと思わしき集団がおり、絵本の棚の近くでは、小さい子を連れた母親が数組、静かに本を読んでいる。 利用者のほとんどが子供か、その親連れが目立つ。
壮一郎は、高校生(と神主見習い)の二人組には、なんとなく場違いな雰囲気に来てしまった、と感じた。 しかし、巴はその(自分たちとは異質な)様子を、楽しそうに、あるいは真剣にまじまじと見つめている。
「なんか借りたい本でもあるのか?」
「ん-、今は無いかな」
そう言いながら、巴は壮一郎の手を引いて、図書館内をぐるっと一周し始めた。 児童書のコーナー、絵本の棚。
そして、一番奥にあった「乳幼児をあやす部屋」の防音ガラスの窓から、中を特に熱心に確認した巴。
「小さいけど、設備はちゃんと整ってるねー、ここ」
まるで視察でも終えたかのように、巴は満足そうに頷いた。
「そ、そうだな…」
巴が今、何を確認してるのか。 壮一郎には、その目的が(モールで赤ん坊の服を選んだ時点で)ハッキリと予想がついてきた。
(こいつ、本気で下見してやがる…)
だが、壮一郎は今は何も言わず、ツッコむこともしない。 巴の好きにさせると、彼は既に決めていた。それが自分の役目だと、諦観にも似た余裕で受け止めている。
そうして、二人は(本を借りるでもなく)図書館をあとにし、次の目的地へと向かうのだった。
図書館を出ると、巴は「視察完了!」とでも言いたげに満足そうな顔をしていた。
「んじゃぁ、次は公園だねー、壮一郎~」
そう言い、巴は、何のためらいもなく、壮一郎の手に自分の手を絡ませ、自然と手を繋いでくる。 壮一郎も、その温もりを当たり前のこととして受け入れ、握り返した。
二人は、見渡す限り青々とした田んぼが広がり、その中にポツンと遊具だけが置かれた美影公園を目指していた。 6月の湿った風が、稲の葉を揺らしていく。
その単調な田んぼ道の道中も、巴はずっと壮一郎に話しかけていた。
「朱音は、美影町から出て都会の方に進学するんだって、偉いよね~」
親友の進路の話。何気ないことだと思い話した巴だが…壮一郎は…
「…なら来年の3月で朱音とは暫く会えなくなるかもしれないな、寂しくならないか?巴」
壮一郎は、純粋に、巴が親友と会えなくなることを危惧して言ったつもりであったが、同時に、その言葉を発した自分自身にハッとする。
(…なんか、俺、巴が来年もここにいて、俺といるのが当たり前って感覚になってきてるな…)
その壮一郎の心境の変化には気付かない様子で、巴は自信満々に答えた。
「平気平気、あたしの傍には壮一郎がいるからね…朱音には朱音の幸せを追って欲しいのさ」
巴は、キリッとした顔で、まるで物語の主人公のようにカッコつける。
「・・・・・・・」
その(壮一郎がいるから平気という)真っ直ぐすぎる答えと、キメ顔のコンボに、どう突っ込めばいいのか、わからない壮一郎。 彼は、ただ真顔で巴を見つめ返してしまった。
壮一郎のその(無反応な)顔を見て、巴は急激に現実に引き戻される。
「~~っ!?な、なんか言ってよぉ!恥ずかしいでしょぉぉぉぉ」
真っ赤になって、壮一郎の腕を揺さぶる巴。
そんな巴の(いつも通りの)反応を見た壮一郎は、ようやく堪えきれずにクスっと笑い出した。
「あぁ、悪い………そうだな、巴は来年も俺の傍にいるだろうしな」
壮一郎は、先ほどの自分の内面的な気付きを、今度ははっきりと、巴への言葉として肯定した。
巴は、その壮一郎の(予想外の)心境の変化に、ようやく気付いたようだった。
「…ぐっ!?ぐあぁぁぁぁあ、その余裕を突き崩したいぃぃぃぃ」
彼女は、わかりやすいくらいに顔を赤面させているが、それでも照れ隠しのために、意味の分からない、変な事を叫ぶのであった。
彼女の(意味不明な)宣言を聞きながら、二人は目的地の美影公園に到着した。 見渡す限り青い田んぼが広がるその真ん中に、ぽつんと滑り台とブランコ、砂場だけが設置された、簡素な公園だ。
そこに着くなり、巴は壮一郎の手を放し、まるで不動産鑑定士かのように、公園の中の遊具を入念に確認し始めた。 砂場の砂の量、滑り台の傾斜、そして…
「壮一郎~、ちょっとこっち来て~」
ブランコの前でしゃがみ込んでいた巴が、壮一郎を呼んだ。
呼ばれた壮一郎は、やれやれといった様子で巴の元に近づいた。
「どうした?巴」
巴は、立ち上がると、ブランコの座面と支柱を繋ぐ鎖を指さし、真剣な顔で壮一郎に見せた。
「若干、錆ついてるけど、どう思う?」
「どうって…」
壮一郎も、巴のその真剣さに押され、一応は専門家(?)の目で、ガチャガチャと鎖を揺らし、強度を確認する。
「別に大人が乗るわけでもないし、子供が乗る分には大丈夫じゃないか?」
しかし、巴はその「子供が乗る分には」という壮一郎の返答では満足できず、きっぱりと言った。
「いやいや、あたしも乗るし」
(ああ、やっぱり…) 壮一郎は、巴が何を想定しているのか(将来、自分の子供と一緒に乗ることを想定している)を完全に予測し、その答えに呆れつつも、面白がってこう返した。
「じゃぁ、今乗ってみて確かめてみればいいんじゃないか?」
そう巴に促したのだった。
「えー…その時の体重なんかわかんないしー」
巴は、あっさりと(妊娠中か、あるいは子供を抱いた)「その時」の体重の話をし始めた。
「まぁ、とりあえず今の巴が乗って大丈夫か、乗ってみろって」
壮一郎は、その(あまりにも未来を見据えすぎた)心配を軽く流し、改めて促す。
そう言われ、巴は「仕方ないなぁ」という顔で、おもむろにブランコに乗った。 そして、ガチャガチャとわざと体重をかけ、鎖や支柱の強度を確かめるように、ゆっくりと漕ぎ始める。
(…傍から見れば、とんでもなく異様な行動だよなぁ…)
壮一郎は、腕を組んでその様子を眺めながら、内心で苦笑した。
若い男女が、田んぼの真ん中の公園で、真顔で遊具の強度を確認している。 もし近所の人にでも見つかれば、「神代神社の若旦那が、月城さんちの娘さんを…」などと、変な噂が立ち兼ねないだろう。
だが…
「ふむ…まぁ、たぶん大丈夫でしょう…」
真剣に安全確認(?)を終え、納得したように頷く巴。
壮一郎は、そんな巴の(壮一郎との未来のために)真剣すぎる姿を見て、彼女を止める気にはサラサラならなかった。
(公園での遊具確認を終え)
気が済むまで確認(という名の未来設計)を終えた巴は、満足そうに一つ頷くと、 「よっし、次行こう~」 と、再び壮一郎の手を掴み、今度は彼女が彼を意気揚々と引っ張っていくのだった。
最終目的地である文化会館に着くまでの、またしても単調な田んぼ道。 壮一郎は、自分の手を引いて上機嫌に鼻歌まで歌っている巴の横顔を見て、少し意地悪がしたくなった。 図書館の乳幼児室、公園の遊具の強度。その視察の目的は、あまりにも見え透いている。
「ところで、巴。お前、さっきからなんのために確認してんだ?」
真正面からそう聞かれた巴は、ピタリと足を止めた。 自分の口からその(あまりにも気が早い)目的を言うのが、さすがに恥ずかしいのか、
「…ぐっへっへ…なんでしょうねぇ…?」
と、あからさまに視線を泳がせ、奇妙な笑い声でとぼけるのだった。
壮一郎は、その分かりやすい反応を見て、ニヤリと悪い顔になり、わざと巴の顔を覗き込むようにして言った。
「あててやろうか?」
そう言うのだが、巴は 「っ!?やめてやめて、あてないでっ!!当たってるだろうけど、口にされると恥ずかしいからっ!」 と、繋いでいない方の手を顔の前でぶんぶんと振り、全力で抵抗するのだった。
そんな巴の(余裕のない)必死の抵抗が可愛く見えた壮一郎は、 「…なら、まだ黙って付き合ってやる」 そう言って、今度は優しく微笑むのだった。
巴は、その(壮一郎の掌の上で転がされている)状況に、 「…ぐぅ…このドSが…」 と、悔しそうに、しかしどこか嬉しそうに、思ったことをそのまま口にするのだった。
そこから、二人は再び手を繋ぎ、ひたすら続く田んぼ道を抜け、ようやく美影町の住宅地に入った。
すると、巴の足が(待ってましたとばかりに)道中の「美影保育園」の前でピタリと止まった。 巴は、園庭で遊ぶ子供たちの声を聞きながら、その建物の規模や日当たりを、じっと確認していた。
「…ふむ…拓けた住宅地の真ん中にあるし…家(神社)からも歩いて15分くらいの距離…合格かな…」
そう一人で何かを確認するように、真剣な顔でブツブツ言う巴。 その様子を、壮一郎は隣で腕を組み、呆れた様子で見るしかなかった。
「・・・・・・・・」
(お前…もう隠す気ほんとないな…) 壮一郎は、そう思っているのだった。
さらに、保育園の視察(?)を終えた二人が道を進むと、今度は二人の母校でもある「美影小学校」の正門が見えてきた。 巴は、またしてもその周辺を、懐かしむというよりは「鑑定する」ような目で見渡し始めた。
「うーん、自分が通ってた6年前と今では、なんか通学路の印象も違ったように見えるなぁ…」
巴は一人で納得してるようにブツブツ言っている。
「でも、ここまで歩くと30分かぁ…自転車なら15分だけど…いや、しかし…身重だと…」
小声でブツブツと、壮一郎にはハッキリ聞こえる声で、まだ悩んでる巴。 やがて彼女は、意を決したように壮一郎の顔を見上げた。
「ねぇ、壮一郎。その…あたしの身体がその時、普通じゃなかったら、ここまで車で送ってくれる?」
壮一郎は、その(あまりにもわかりやすすぎる)質問に、ぐったりしていた…
「…うん、そん時は言いなさいよ…」
しかし、巴はその「万が一の時は対応する」という壮一郎の回答に不服だったのか、頬を膨らませた。
「えー、なんかその返事、ちょっと他人行儀っぽい」
(何が他人行儀っぽいんだろうか…) 壮一郎には、巴の(当然送迎してくれるはず、という期待に応えなかったことへの)琴線が、今更ながら微妙にわからなくなった。
「…はぁ、お前、さっきから確かめてるの、子育ての話だろ…そん時はちゃんと協力するから安心しろ…」
壮一郎は、もう面倒くさくなり、やれやれ、といった顔で核心を突いた。 だが、巴はそれをズバっと真正面から言われたせいか、
「~~~っ!?」
顔を真っ赤にして固まっていた。
「ぐ、ぐぅ、言わないでって言ったのに…」
ようやく絞り出したのは、抗議の声だった。
「いや、流石にわかりやすすぎて、こっちも話合わせられんぞ」
壮一郎は、容赦なく事実を告げる。
巴は悔しがり、 「ど、どこからわかってた!?」 と詰め寄った。
「…図書館から」
壮一郎は、即答した。
巴は、今日の「デート」の目的が、最初から壮一郎にバレバレだったことを知り、 「最初から…くぅぅぅ…」 と、その場でしゃがみ込みたくなるほど、恥ずかしがるのだった。
そんな様子を壮一郎は見下ろしながら、 「で、文化会館には行くのか?」 と、わざと尋ねた。
「ぐぁぁぁぁああ」
巴は、自分の考えていることが全て見透かされているのを(今更)理解して、苦悶していた。
壮一郎は、そんな巴に追い打ちをかける。
「あそこなら、まぁ子供二人くらい連れても時間潰せるしなぁ…」
「言わないでぇ…」
巴は、ついに両手で耳を塞いでしまった。
「でも、お前、そんなに外のこと気にしなくても、家(神社)で面倒見てればいいだろ。何歳くらいの子供の面倒見てる想定なんだ?」
「・・・・・・・・」
耳を抑えているが、その言葉はしっかり聞こえているようで、巴は涙目でじっとこちらを見上げてくる。
「…悪い悪い、で、見に行くのか?」
壮一郎は、ようやくからかうのをやめて、手を差し伸べた。
巴は、その手を掴んで立ち上がると、深く嘆息し、 「…ハァ…とりあえず、見るだけ見に行こう。ここまで来たんだし」 と、開き直った。
そういって、二人は最後の目的地である文化会館まで行き、結局…
「ふむ…絵本もたくさんあるし、ここなら…」
と、巴はまた真剣に将来設計(子育てプランの確認)を始めるのだった…




