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神主見習いと幼馴染の許嫁  作者: ブヒ太郎


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8話

土曜日の朝8時前。 神社の鳥居のふもと、車が停めてある場所で、壮一郎は「会合」という名の、実質的な呑み会に向かう父・厳を見送っていた。 厳は、休日のゴルフにでも行くような、ややラフだが小綺麗な格好をしている。


「じゃぁ、父さん。くれぐれも羽目は外し過ぎないように…」


壮一郎は、どうせ無駄だろうと思いながらも、一応釘を刺す。


案の定、厳は穏やかに笑い、 「あぁ、そうするよ」 と、全く気にする素振りも見せずに答えた。


(…ホントにこの狸おやじは…)


壮一郎がジト目で見つめていると、厳は楽しそうに、思い出したかのように口を開いた。


「そういえば、巴とは待ち合わせの時間とか決めたのか?」


その口ぶりは、息子が「将来の嫁」とデートらしい日取り決めなどをしているのか、と確認するような、からかい半分の響きがあった。


だが、壮一郎は肩をすくめる。 「そんなのしてないよ。それに…」


壮一郎が言いかけた、まさにその瞬間だった。


「壮一郎~~っ!」


参道の向こうから、待ち合わせ時間など不要であることの証明のように、巴が壮一郎の姿を見るや否や、大きな声で名前を呼びながら走ってくる。 その姿は、飼い主を見つけた犬のようだ。


「ほら」


壮一郎は、言わんこっちゃない、とばかりに顎で巴の方向を示した。


厳は、その光景を見て、楽しそうに微笑み、 「…なるほど」 と、何か全てを悟ったかのように深く頷いた。


息を切らせながらも満面の笑みで走り寄ってきた巴は、まず厳に対して、元気よく挨拶をした。


「あ!お父さん!おはようございます!今日は壮一郎をお借りしますね!」


すると、厳は満足そうに頷き、 「巴の壮一郎だ。好きにするといいさ」 と、息子の所有権をあっさりと譲渡するような、とんでもないことを口にした。


そんな強力すぎる「お墨付き」を聞いた巴は、勝利を確信したように、じっと壮一郎を見つめて、 「…フッヒッヒ」 と、込み上げる喜びを隠しきれない、奇妙な笑い声を出すのだった。


厳が出掛けていくのを、見送った二人。 父親の運転するセダンが角を曲がって見えなくなると、壮一郎は隣でフヒヒと笑いをこらえている巴に向き直った。


「さて、俺たちも行くとするか」


そう巴に声をかけて、壮一郎は神社のもう一台の自家用車(こちらは普通のセダンだ)のドアを開け、運転席に乗り込んだ。 巴も助手席に嬉々として乗り込む。


車内で、壮一郎はシートベルトを締めながら、同じく浮足立っている巴に話しかけた。


「モールには30分もすれば着くけど、巴、服買ったあとに寄りたいとことかあるか?」


壮一郎はなんとなく聞いてみた。 どうせ、いつものようにカラオケかゲーセンか、もしくはボーリングか。そんなところだろうと踏んでいたが…


「えーっと…」


どうやら、その質問を待っていたとばかりに、巴は昨日から決めてきたであろう場所を言うためにスマホのメモを取り出す。


「文化会館と、公園と図書館と…」


巴の口から出てきたのは、美影町みかげちょうの、とんでもなく地味で、更には家(神社)から近い場所ばかりだった。


「お、お前…そんな所に行きたいのか?」


壮一郎は、そのチョイスの渋さに思わず聞き返す。


巴はそう言われ、スマホをしまいながら胸を張った。


「ん-…まぁ、壮一郎も一緒に見れば、その良さがわかるってもんよ!」


謎の説得に、壮一郎は(どうせ場所はどこでもいいんだろうな)と察し、 「ま、まぁ、巴が行きたいっていうなら別にいいが…」 と、その提案を受け入れた。


そういって、壮一郎はエンジンをかけ、ひとまず今日の最初の目的地である、隣町の大きなモールまで車を走らせたのだった。



神社から車で約30分。 二人は、休日の家族連れやカップルで賑わう、隣町の大型ショッピングモールに到着した。 神社の静けさとは正反対の、BGMと人々の喧騒が満ちている。


壮一郎は、その人混みを慣れた様子で抜け、巴を連れてレディースショップが並ぶ区画へ連れていくはずだったが…


「おっ!壮一郎!これとかどうよ?」


不意に、巴が壮一郎の服の袖をぐいと引き、嬉々とした声をあげた。 彼女が立ち止まったのは、目的のフロアとは全く違う、カラフルな売り場の手前だった。


「これ、可愛くない?」


そういって、巴は店の前で飾ってあった、あまりにも小さな服を手に取り、壮一郎の前に「見て見て」とでも言いたげに掲げてみせた。


「…お前…それ…」


壮一郎は、その光景に一瞬、絶句した。


巴が今、満面の笑みで手に取っているのは、フリルがついた、まさに乳幼児用の服だったのだ。


「巴…それ、今必要か?」


壮一郎は、ここでツッコむべきか、スルーすべきか、言葉選びに困った挙句、なんとか最も当たり障りのない言葉を喉から引きずり出した。


だが、巴は特に照れた様子も、壮一郎の困惑を不思議に思う様子もなく、きっぱりと答えた。


「え?いるでしょ」


(近いうちに結婚して、子供作るんだから、別に今買っても問題ないでしょ?) と、言いたげな、未来計画に一点の曇りもない巴がそこには居た。


「いや…そのうち要るとは思うが、別に今すぐ必要になるわけじゃないだろ…」


壮一郎は、ここで彼女の前提(結婚して子供を作ること)を否定するだけ無駄だと悟っており、あくまで「時期尚早である」という、思った事だけを冷静に口にした。


「ちぇ、可愛いと思ったのに…」


巴は、その(全くロマンチックではない)正論に、不満そうに口を尖らせながらも、素直にその小さな服を売り場に戻す。


「今日は、お前の服を買いに来たんだ。ほら、行くぞ」


これ以上、この売り場に長居は無用と判断し、壮一郎は巴の手を取り、今度こそ目的地までの道を案内しようとした。


「わかりましたぁ~」


つまらなさそうに答える巴だったが、壮一郎に手を引かれ、数歩歩き出した、その時。


「…そ、壮一郎」


今度はなんだ?と思いながら、壮一郎が隣を見ると、 巴の顔は、先ほどの不満そうな顔とは打って変わって、急速に紅潮していた。


「『そのうち要る』って言ったよね…?」


壮一郎は、その指摘に固まった。


「………」


(しまった) 吐いた言葉は呑み込めない。 自分の発言が、巴にとって「将来を肯定された」という決定的な言質になったことに、彼は気付いていなかった。 さて、どう返したものか…?


そうこうしているうちに、壮一郎が黙り込んだことで、逆に巴が勝手に慌てふためき始めた。


「あ、あたしは、いや、そりゃいつかは、と思ってるけど、そのうちってどのうちなのかなぁ…」


自分から火をつけておきながら、いざ壮一郎がその未来を(うっかり)肯定したことで、急に現実を帯びてきた未来に、巴は動揺を隠せない。


壮一郎は、そんな巴の自爆っぷりを見て、すっと冷静さを取り戻す。 ここで自分が動揺しては、彼女のペースに巻き込まれる。


壮一郎は、そんな巴を落ち着かせるように、あるいは、この攻防戦の主導権を握るように、あえて意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「…俺が欲しくなった時かな…それで問題ないだろ?」


「はひっ!?!?…も…問題ありませんっ!」


とんでもないドS発言をしてしまった壮一郎と、 それに、もはや条件反射で、同意してしまった巴。


壮一郎の(余裕綽々の)一言で、攻守は完全に入れ替わった。 二人は、それぞれ違った意味で恥ずかしくなりながらも、繋いだ手は離さず、目的のレディース売り場へと、今度こそ足を進めた。


ようやくレディース売り場に着いた二人。 色とりどりの夏服が並ぶ、華やかなフロアだ。


壮一郎は、その一角で足を止めると、隣でまだぼんやりしている巴に声をかけた。


「ほら、着いたぞ、巴」


巴は、上の空といった様子で、小さく頷く。 「あ、うん…」


壮一郎は、その(いつもの巴らしくない)様子が少し心配になり、繋いでいない方の手で、優しく巴の頬に手を触れた。


「どうした?体調でも悪いのか?」


巴の顔色を見ようと、壮一郎がその顔に自分の顔をぐっと接近させた、その時。


「だ、だ、だ、大丈夫っ!」


巴は、ビクッと肩を震わせ、大慌てで壮一郎の手から逃れるように一歩後ずさった。


その過剰な反応を見て、壮一郎はその原因に気付いた。


「なんだ?さっき俺が言ったこと、まだ気にしてるのか?」


「~~~っ!?」


図星だった。 見る見るうちに、巴の顔が耳まで真っ赤に紅潮していった。 どうやら、さっきの壮一郎の「俺が欲しくなった時かな」というドS発言が、彼女の頭の中で延々とリフレインしていたようだった。


その様子が面白かったせいか、壮一郎はこらえきれずに「ぷっ」と吹き出していた。


「巴、お前、ほんとに普段はガンガン仕掛けてくるくせに、こっちから仕掛けられると弱いよなぁ」


「~~~っ…最低っ!!」


からかわれた羞恥と、見透かされた悔しさで、巴は珍しく本気で怒り出し、壮一郎の手を振り払うと、一人でずんずんと近くの女性向けの服屋に入っていった。


「…ま、少ししたら戻ってくるだろ…」


壮一郎は、その背中を慌てて追うでもなく、近くにあった休憩用のベンチにどっかりと腰かけて休憩し始めた。 周りを行き交う、楽しそうな家族連れやカップルの様子をぼんやりと眺める。


(いつも神社の静かな境内で仕事してるせいか、こういう喧噪な雰囲気も、たまにはいいかもしれないなぁ…)


呑気にそんなことを考えて寛いでいると… 案の定、5分もしないうちに、巴が服屋からトボトボと出てきて、まっすぐこちらに向かってくるのがわかった。


「…っ!」


壮一郎の前に仁王立ちし、巴は何も言わずに、しかし何か言いたげな、不満そうな顔で彼を見下ろしている。


「お、もう欲しいの決まったのか?」


壮一郎は、ベンチに座ったまま、わざと呑気な口調で尋ねた。


「いや…まだ…」


「欲しい服が無かったのか?」


巴は、その(分かっていない)壮一郎の態度に、ますます面白くなさそうに言った。


「あ、あたしが言いたい事、わかってるよね?」


「う~ん…」


壮一郎は、巴が本気で焦らしているのか、本当にわかってないのか判断がつかず、あえてわかってないという顔をした。


「つ、ついてきてよ…」


結局、巴は折れて、モジモジしながら小さな声でそう言った。 その様子を見て、壮一郎は(やっと素直になったな)と満足げに立ち上がる。


「はいはい」


そう言いながら、ベンチから立ち上がり、壮一郎は(もはやご褒美のように)巴の頭を優しく撫でたのだった。


「ほら、行くぞ巴」


「ぐっ…」


巴は、またしても壮一郎にやり込められた…とでも言いたげな、悔しそうな顔をしたが、


「…わかればよろしいっ!」


すぐにいつもの調子を取り戻すと、今度は自分から、壮一郎の腕にこれでもかと纏わりつくのだった。


そうして、二人は(今度こそ本当に)一緒に服屋に入っていった。


店に入ると、壮一郎は腕を組んで壁際に立ち、巴が洋服を選んでいるのを(やや面倒くさそうに)見ていた。 巴は、先ほどの怒り(と羞恥)をどこへやら、すぐに目を輝かせて服を物色し始める。


「壮一郎っ!これは!?」


夏らしい、白のワンピースを手に取り、鏡の前で自分に合わせて見せる。


「いいんじゃないか?」


次々に服を見せてくる。


「なら、これは!?」


少し大人っぽい、青系のスカートだ。


「似合うと思うよ」


また別の服を手に取り、ハンガーごと壮一郎の前に突き出す。


「それならこれはどうだ!?」


「うん、いいと思う」


しかし、巴は求めていた反応と違ったのか、少しつまらなさそうに服をラックに戻した。


「壮一郎、さっきから良いとか似合うしか言ってないじゃーん」


壮一郎は、心底困ったという顔を見せた。


「…いや、そこで『似合わない』とか、『可愛くない』とか、普通言わないだろ…」


巴は、その(全く役に立たない)返答を聞き、むう、と唸ったが、何か閃いたような顔をして手をポンと叩いた。


「あ、そうだ!壮一郎があたしに似合いそうな服を選んでよっ!!」


(あたしって何て天才なんだろう…)そう思っているであろう、実に得意げな巴の顔がそこにはあった。


壮一郎は、「結局そうなるのか」とめんどくさそうな顔をしながらも、渋々立ち上がった。


「…わかったよ」


そう言いながら、壮一郎は(巴が普段選ばないような、しかし自分が見てみたい)服を選び始めた。


「これなんかどうだ?」


少し落ち着いた色合いの、清楚なブラウスを手に取る。


巴は、それを見た瞬間、顔を輝かせた。


「やった!それにする!」


「なら、これは?」


壮一郎は、それに合わせるスカートを選ぶ。


「そっちもいい!」


「じゃぁ、これ…」


「やった!そういうの着て欲しいの!?」


壮一郎が次にワンピースを手に取ろうとした瞬間、巴が食い気味に被せてきた。 壮一郎は、その勢いに手を止めた。


「巴…お前もさっきから肯定の言葉しか吐いてないぞ…」


壮一郎は、呆れたように巴を見つめる。


巴は、しかし、何を当たり前のことを、と不思議そうに答えた。


「えー?でも、壮一郎が選んでくれたんなら、別にあたしなんでもいいんだけど」


その、全面的すぎる信頼(あるいは思考停止)に、壮一郎は呆れたように巴を見つめ返す。 そんな折、壮一郎の目に、服屋の片隅にある雑貨コーナーの、とあるアイテムが飛び込んできた。


それは、パーティーグッズか何かなのか、コスプレ用の「犬耳カチューシャ」だった。 壮一郎は、それに吸い寄せられるように近づき、手に取った。


「巴、これは?」


彼は、実に無邪気な(あるいは、からかうつもりの)笑顔で、それを巴に差し出した。


巴は、その予想外すぎる提案に、目を丸くして驚いた。


「…おいおい…それ着けて、あたしに外歩けって言いたいのか?」


壮一郎は、そのカチューシャをつけた巴の姿を(神社で)少し想像した後…


「ダメか?」


と、悪びれもせずに真顔で言った。 その言葉は、壮一郎の(余裕からくる)無邪気な願望だった。


「うっ…ぐっ…」


巴は、その純粋な(?)「おねだり」に、動揺を隠せない。 その顔には、壮一郎の願望を叶えてやりたい、という乙女心と、 (それは流石に恥ずかしすぎる…)という、プライドとのせめぎ合いが激しく起きていた。


そんな巴の葛藤も知ってか知らずか、壮一郎は、 「俺、昔さ、犬飼ってみたかったんだよな…」 と、追い打ちをかけるように、割とデリカシーの無い言葉を呟いた。


それは、他の誰でもない、巴相手だからこそ言える、絶対的な信頼と余裕からくる表情だった。 その壮一郎の顔を見て、巴は苦悶した。


「あたしは犬か!?」


壮一郎は、さらにダメ押しの言葉を言った。


「どうしても、ダメか?」


その一言に、巴の顔がみるみる赤面していく。


「うっ…ぐぐっ…わ、わかった…ふ、二人きりの時なら、着けてやろう…」


巴は、壮一郎に完全に根負けした。


「おっ!ありがとうな、巴!楽しみにしてるよ」


壮一郎は、子供のように嬉しそうな、しかし(勝った)という満足げな笑みを浮かべた。


「~~~っ!!」


(またこいつにやり込められた…!) 巴は、嬉しいような、悔しいような、実に複雑な表情をしていた。


そして、最終的に無難な夏服(壮一郎セレクト)と、犬耳カチューシャ(壮一郎の趣味)を選んだ二人は、会計を済ませて店をあとにした。


二人はそのままモール内のフードコートで、先程までの(どちらが主導権を握るかという)怪しい雰囲気とは打って変わって、早めの昼食を摂る。 そこでは、ハンバーガーを頬張りながら、いつもの会話(主に巴が一方的に学校の出来事を話し、壮一郎が相槌を打つ)をして、満足した二人は車に戻ったのだった。

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