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神主見習いと幼馴染の許嫁  作者: ブヒ太郎


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20/20

20話

七月下旬の午前十一時。長く続いた梅雨もようやく明け、本格的な夏の日差しが、容赦なく神社の境内に降り注いでいた。ジージーと鳴く蝉の声が、まるで暑さそのものを音にしたかのように賑やかに響き渡る中、壮一郎は社務所で黙々と事務作業を続けていた。


冷房のない社務所は、開け放たれた窓から入る風だけが頼りだった。パソコンの画面を見つめながら、夏祭りの準備に関する書類を整理していると、ふと、トントンと控えめなノックの音が聞こえた。


「壮一郎、そろそろ休憩いれたら?」


振り返ると、そこには湯気の立つ湯呑みを両手で持った巴が立っていた。学校帰りだろう、制服から私服に着替え、いつものように屈託のない笑顔でこちらを見ていた。


「あぁ、ありがとう。巴」


壮一郎は、パソコンから目を離し、巴が差し出したお茶を受け取った。一口啜ると、ほっと息をついた。熱気と集中で乾いていた身体に、温かいお茶が心地よく染み渡った。


壮一郎は、ふと何かを思い出したように、お茶を飲みながら巴に声をかけた。


「そうだ、巴。明日、プールに出掛けないか?」


その提案に、巴の顔がぱあっと輝いた。


「お、いいねいいね!」


嬉しそうに両手をパチンと叩いた。その素直な反応を見て、壮一郎は満足そうに頷いた。


「こないだ買った水着の出番だな」


しかし、その言葉を聞いた途端、巴の表情が一変した。太陽のような笑顔が、みるみる曇っていった。


「え…やっぱアレ着ないとダメ…?」


その声は、明らかに不安と恥ずかしさが入り混じったものだった。あの、壮一郎が(悪趣味で)選んだ、かなり際どいデザインの水着のことを瞬時に思い出したのだろう。


壮一郎は、その反応を予想していたかのように、涼しい顔で答えた。


「嫌ならいいけど、それならスクール水着着るか?」


その、逃げ場のない二択を迫るような提案に、巴は完全に詰んだ。


「うがぁぁぁぁああ、わかったよ着ればいいんでしょ!着れば!」


顔を真っ赤にしながら、半ばやけくそ気味に叫んだ。その様子を見て、壮一郎は楽しそうに笑った。


「おっ…楽しみだな、巴」


その、満足げな笑みに、巴は恨めしそうに壮一郎を睨んだ。


「うぅ…壮一郎のスケベ…エッチ…」


拗ねたように頬を膨らませながら、小声で文句を言った。


しかし、壮一郎は、その言葉を聞いて、昨夜の出来事──自分から誘っておきながら、結局ヘタレてしまった巴のことを思い出していた。そして、どこか呆れたように、しかし優しく言った。


「普段のお前がそれを言うか…」


その言葉に、巴は「うっ」と詰まったように黙り込んだ。図星だった。


しばらくの沈黙の後、巴が小さな声で呟いた。


「……壮一郎以外にあたしの肌見られるのはヤダなぁ…」


その言葉には、普段の威勢の良さとは違う、素直な乙女心が垣間見えた。恥ずかしさと、独占欲と、壮一郎への愛情が入り混じった、実に巴らしい、不器用な言葉だった。


壮一郎は、その呟きを聞いて、心の中で小さく笑った。


(たまにこういう所があるから、可愛いと思うんだよなぁ)


そう思いながら、壮一郎は空いている方の手を伸ばし、巴の頭を優しく撫でた。


「なら、ちゃんと考えておくよ」


その言葉と優しい手つきに、巴は顔を上げ、少し安心したように微笑んだ。


「…ホント?」


「ああ、約束する」


壮一郎は、真っ直ぐに巴の目を見つめて答えた。


「じゃぁ…明日、楽しみにしてる」


巴は、照れくさそうに、しかし嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、壮一郎も穏やかに微笑むのだった。


夏の強い日差しが、社務所の窓から差し込み、二人の姿を優しく包み込んでいた。


翌日、壮一郎達は車で隣町のレジャー施設に遊びに行っていた。


運転席の壮一郎、助手席の巴だった。車は県道を順調に走っていた。窓の外には初夏の鮮やかな緑が広がり、時折、広大な田園風景が流れていった。


「ねえ、壮一郎って免許いつ取ったの?」


「去年の誕生日過ぎてすぐかな。神社の用事で車出すこと多いし」


「へえ...じゃあまだ一年くらい?」


「まあね。でも毎日のように運転してるから、もう慣れたよ」


運転しながら答える壮一郎の横顔は、普段の彼よりも少し大人びて見え、どこか頼もしげだった。


「...私も来年には取らなきゃだわ」


「巴なら大丈夫だよ。運動神経いいし」


「そういう問題?...まあいいけど」


少し沈黙が流れた。信号待ちで車が停まった。エアコンの音だけが静かに響いていた。


「...ねえ」


「ん?」


「今日さ、他に客いっぱいいるかな...」


「平日だし、そんなに混んでないんじゃない?」


「...そっか」


小声で呟いた。やはり、あの水着のことが気になっているようだった。


「水着とか...恥ずかしいな」


「え?」


「なんでもない!」


慌てて否定した。壮一郎は少し笑って、視線は前を向いたまま言った。


「大丈夫。巴は可愛いから」


「っ...! 運転中にそういうこと言わないでよ!」


顔を真っ赤にして抗議した。壮一郎は穏やかに笑った。


「ごめんごめん」


また少しの沈黙が流れた。信号が青に変わり、車が再び動き出した。巴が話題を変えた。


「そういえばさ、壮一郎って泳ぐの得意?」


「普通かな。学校のプールで習った程度だし」


「ふうん...じゃあ私が勝てるかも」


「勝負する気?」


「当然でしょ。負けないから」


勝気な笑みを浮かべる巴に、壮一郎は軽く応じた。


「はいはい」


「その余裕、後で後悔させるから」


「楽しみにしてる」


少し走って、コンビニの看板が見えてきた。


「あ、ねえ、コンビニ寄ってもいい?」


「いいけど、何か忘れ物?」


「ううん、飲み物買っておこうかなって」


「施設内にも自販機あるよ?」


「...だって高いじゃん」


「あー...まあ、確かに」


壮一郎は苦笑しながら、車をコンビニの駐車場に入れた。二人で店内へ。


冷房の効いた店内は快適だった。


「壮一郎は何飲む?」


「俺はスポーツドリンクでいいかな」


「じゃあ私も...あ、これお茶も買っとこ」


冷蔵棚から次々とペットボトルを取り出した。


「結構買うね」


「だって施設内高いって言ったの壮一郎じゃん」


「確かに」


レジで会計。巴が財布を出そうとすると、壮一郎がそれを制した。


「いいよ、俺が出す」


「え、いいのに...」


「今日は俺が誘ったんだし」


「...ありがと」


少し嬉しそうに、巴は小さく微笑んだ。店を出て、再び車へ。


再び車中。目的地まではあと15分ほどだった。エンジンの音が心地よく響いた。


「...なんか、こうやって二人で出かけるの、久しぶりかも」


「そうだね。最近忙しかったし」


「壮一郎は相変わらず神社の手伝いで大変そうだもんね」


「まあ、これが俺の仕事だし」


「...でも、ちゃんと休みも取らなきゃダメだからね」


「わかってる。だから今日は巴と一緒に遊びに来てるんだし」


「...そうね」


少し嬉しそうに、巴は窓の外を見た。


「巴は?学校、ちゃんと楽しくやってる?」


「まあね。友達とも普通に話してるし」


「それならいいけど」


「...でもやっぱり、壮一郎と一緒にいる時が一番楽しいかな」


「...そう言ってもらえると嬉しいよ」


「っ...///」


自分の言葉に自分で照れて、顔を赤くした。ちょうどその時、景色が開けてきて、大きな建物が見えてきた。


「あ、見えてきた」


「ほんとだ!...ねえ、着いたらまずプールから?」


「そうだね。その後スライダーとか乗ろうか」


「うん!...あ、でも私、高いやつ苦手なんだけど」


「大丈夫、一緒に乗るから」


「...約束ね」


「約束」


車は施設の駐車場に入っていった。平日の昼間ということもあり、駐車場はそれほど混雑していなかった。


「...楽しみだな」


「うん、楽しもう」


こうして、レジャー施設についた二人。


受付を済ませ、それぞれ更衣室へと向かった。壮一郎は先に着替え終わり、プールサイドのベンチで巴を待っていた。


プールには何組かの家族連れやカップルの姿が見えた。水の音と、遠くから聞こえる歓声が耳に心地よかった。


そこへ巴が遅れて入ってきた。


「ど…どうよ…」


恥じらいながら、水着姿の巴がやってきた。おずおずとした足取りで、裸足の裏が熱いのか、あるいは羞恥心からか、小刻みにステップを踏みながら周囲の視線を気にしていた。


壮一郎は思わず息を呑んだ。


「…うんっ!凄い良いと思うよ」


巴は壮一郎が選んだ際どい水着を着ていた。黒地のビキニタイプで、巴のスタイルの良さ、白い肌を嫌でも際立たせていた。


「…これ、ほんと布面積おかしいんじゃないの…壮一郎以外に見られるの嫌なんだけど…」


周囲の視線を気にしながら、巴は小声で不満を漏らした。確かに、何人かの男性客がちらりと視線を向けているのが見えた。


「だろうと思ってさ」


壮一郎は立ち上がり、昨日巴にした「約束」を果たすため、用意していたバッグから夏用パーカー(ラッシュガード)を取り出した。


「…壮一郎ってこういうとこは準備いいよね」


少しホッとした様子で、巴は壮一郎から上着を受け取った。


巴はおずおずと、パーカーに袖を通し始めた。ジッパーを上げながら、彼女は壮一郎に視線を向けた。その顔には安堵と、少しの拗ねた色が混じっていた。


それから二人は、施設内のいくつかのアトラクションを楽しんだ。


今、壮一郎たちは流れるプールに借りた浮き輪に乗って、ゆったりとした時間を過ごしていた。人工的に作られた穏やかな流れに身を任せながら、プールをぐるりと回っていた。


「何見てるんだ、巴」


巴は浮き輪に乗った壮一郎の上に(向かい合う形で)跨り、その場所が気に入ったかのように陣取って、周りをきょろきょろと見回していた。パーカーを羽織った彼女の視線は、プールサイドで遊ぶ子供たちに向けられていた。


「いや、ここの施設は、子供連れてきても大丈夫かなぁ…と」


「こないだ、聞きそびれたけど、それ何歳くらいの子を何人の想定での未来を考えて言ってるんだ?」


「ん-…今のは5歳と3歳の子供と連れてきてる想定かなぁ…」


具体的すぎる数字に、壮一郎は思わず苦笑した。


「…なんかリアルな年齢出てきたな…」


「そう?いやぁ、あれくらいの年齢だと、目を離すとすぐに走り出しちゃうから、追いかけるほうも大変だよぉ」


巴は楽しそうに言った。まるで実際に経験しているかのような口ぶりだった。彼女の目は、まだ見ぬ未来の光景をありありと思い描いているように輝いていた。


「…なんか生々しいというか、想像に難くないというか…」


「………」


突然、巴の動きが止まった。自分の発言の生々しさに、今さら気づいたらしい。


「どうした?巴」


「そ、そういうことを言うなよぉ!なんか恥ずかしくなってくるだろぉ!」


顔を真っ赤にして、巴は壮一郎の胸を軽く叩いて抗議した。今さら恥ずかしがるのかと、壮一郎は思わず笑ってしまった。


「はは……ほんとにお前ってやつは…」


壮一郎は手を伸ばし、巴の頭をワシワシと撫でた。濡れた髪が、手のひらに心地よい感触を残した。


「もう…壮一郎のばか…」


拗ねたように呟きながらも、巴は嫌がる素振りも見せず、壮一郎に身を預けていた。流れるプールは、ゆっくりと二人を運んでいた。周囲の家族連れやカップルたちの笑い声が、心地よいBGMのように響いていた。


ジャグジーに向かおうとした二人の前に、突然聞き覚えのある声が響いた。


「あれ?巴じゃん!」


振り向くと、そこには見覚えのある三人の女子高生がいた。同じクラスの友人たちだった。


「朱音!?瑞希に美咲も!?」


「偶然だね」


「ほんとだね!まさか壮一郎さんたちも来てるなんて」


瑞希と美咲も二人に近づいてきた。そして、三人の視線が、巴のパーカーの隙間から見える水着に注がれた。


「そ、壮一郎さん…巴から聞きましたけど…その水着ほんと際ど過ぎるんじゃ…」


顔を赤くしながら、朱音が小声で言った。


「…な、泳いだら水着取れちゃいそうだよなぁ」


瑞希も目のやり場に困った様子で視線を逸らした。


「ただ、それを買ってもらって、学校で『ぐへへ』言ってた巴も大概だわ…」


美咲がニヤニヤしながら容赦なく指摘した。


「言うな言うなっ!!」


顔を真っ赤にして、巴は慌ててパーカーの前を押さえた。


「…巴…やっぱり嬉しかったのか?」


壮一郎が、その反応の可愛さに、少し意地悪く笑いながら尋ねた。


「うわぁぁぁぁ、壮一郎ぉぉぉぉぉ」


巴は壮一郎の腕に縋りついて、顔を隠した。その親密な様子に、三人はクスクスと笑った。


「いやぁ、巴ってほんと素直だよね」


「学校であんなに嬉しそうに話してたもんな」


「『壮一郎が選んでくれたんだー』って、もうデレデレで」


「もうやめてぇぇ!!」


壮一郎は苦笑しながら、隠れた巴の頭を軽く撫でた。


「まあ、喜んでくれたならよかったよ」


「...///」


「あ、そうだ。せっかくだし、一緒に遊ばない?」


「いいね、波のプールとかさ」


「ついでに、巴のイチャイチャっぷりも観察できるし」


「観察すんな!」


「俺たちはいいけど、巴は?」


「...まあ、せっかくだし」


照れくさそうにしながらも、巴は友人たちと一緒に遊ぶことに同意した。


こうして、五人は一緒に波のプールへと向かった。


波のプールでは、ブザー音と共に、定期的に大きな波が押し寄せてきていた。


「きゃあ!」


「うわっ、でかい!」


女子たちは歓声を上げながら波に揺られていた。


「ねえ巴、壮一郎さんに捕まってないと流されちゃうんじゃない?」


「...別に大丈夫だし」


強がりながらも、巴はしっかりと壮一郎の隣をキープしていた。


「ほら、また来るよ」


「うん...!」


ひときわ大きな波が押し寄せてきて、巴は思わず壮一郎の腕を掴んだ。壮一郎がその体をしっかりと支えた。


「あー、やっぱり捕まってるー」


「素直じゃないんだから」


「う、うるさいなあ!」


「でも、お似合いだよね、二人とも」


「うんうん。巴、よかったね」


「...///ありがと」


照れながらも、巴は少し嬉しそうに微笑んだ。


しばらく遊んだ後、みんなでプールサイドの休憩エリアに移動した。


パラソルの下のベンチに座り、それぞれが持参した飲み物を飲んだ。


「はー、疲れた」


「でも楽しかったね」


「ねえねえ、壮一郎さん」


「ん?」


「巴とはいつ頃から付き合ってるんですか?」


「正式には...7月からかな」


「え、最近じゃん!」


「でも、もっと前から仲良かったよね」


「まあ、幼馴染だからね」


隣で黙って聞いている巴の顔が、また赤くなっていた。


「...///」


「巴、顔真っ赤だよ?」


「暑いからに決まってるでしょ!」


三人は笑いながら、巴をからかい続けた。壮一郎は穏やかに笑いながら、その様子を見守っていた。


「でも、巴が幸せそうで、私たちも嬉しいよ」


「うんうん」


「壮一郎さん、これからも巴のこと、よろしくお願いしますね」


「もちろん」


「...あんたたち、何勝手に話進めてんのよ」


照れ隠しに文句を言いながらも、巴は本当に嬉しそうだった。


それから少し休憩した後、閉園時間が近づく17時近くになって、再び朱音たちと出会った。


「あ、巴!壮一郎さん!」


「また会ったね」


「私たち、そろそろ帰ろうと思ってるんだけど」


「ねえ巴、この後カラオケ寄ってく?」


巴は一瞬迷った表情を見せて、壮一郎に視線を向けた。


「壮一郎は?」


「俺は夏祭りの最後の発注書の仕事あるから先に戻るよ。時間になったら連絡くれれば迎えにいくよ」


「じゃぁ、あたしも一緒に帰るよ」


即答だった。壮一郎が少し驚いた表情を見せた。


「え、いいの?せっかくだから遊んでいけば」


「ううん、壮一郎の仕事手伝えることあるかもしれないし」


「...流石嫁」


「完全に嫁の思考じゃん」


三人は呆れたように、しかし微笑ましそうに笑った。


「な、何よ!」


「いやいや、素敵だと思うよ。じゃあ、また学校でね」


「お疲れ様」


「壮一郎さん、お仕事頑張ってください」


「ありがとう。気をつけて帰ってね」


三人と別れ、壮一郎と巴は更衣室へと向かった。


帰りの車中。


夕暮れ時の県道を、壮一郎の運転する車が走っていた。西日が車内を鮮やかな橙色に染めていた。


助手席の巴は、少し疲れた様子で窓の外を眺めながら呟いた。


「楽しかったね。来年もまた来ようね」


「そうだな、また二人で来ような」


「…その時は2人じゃなくて3人になってるかもね…」


何気なく言った巴の言葉に、壮一郎は少し驚いて視線を向けた。もちろん、運転中なのですぐに前方に視線を戻したが。


「・・・」


「ど、どうした!?壮一郎、あたし不味い事言ったか!?」


慌てて確認する巴に、壮一郎は少し呆れたように笑った。


「いや…巴は積極的だなぁ…とな」


「ふ、ふへへ…そうかな」


少し得意げな表情を浮かべた。しかし、壮一郎の次の言葉に、その表情が固まった。


「ただ、来年の今頃に子供生まれても連れてこれないだろ…」


「!?もう産まれてるってこと!?つ、つまり今がもうすぐ8月だから…10月には仕込みが…」


巴の顔がみるみる赤くなっていった。壮一郎は笑いながら手を振った。


「やめろやめろ」


壮一郎が笑った。その反応を見て、巴は少し落ち着きを取り戻した。そして、今度はニヤッと意地悪く笑った。


「…ま…でも壮一郎は来年あたしと籍入れるんだし、そうなっても構わないってことだよね…?」


「はぁ…そうだな…ただその仕込むだなんだの、どこで覚えてきたんだ、ほんと…」


呆れたように溜息をつく壮一郎。巴は視線を逸らした。


「・・・」


「また漫画か…どんなジャンルだよホントに…」


「NTRもの…」


「・・・・・・・・」


車内に重い沈黙が流れた。壮一郎の表情が固まった。


「いや、別にあたしがNTRされたいとかじゃなくて、そういう展開そそるじゃない!?」


慌てて弁解した。壮一郎は深いため息をついた。


「はぁ…子供の教育に悪いから、子供出来たら、その本は燃やして捨てます…」


「ひっ、酷い!あたしのバイブルが!!」


巴が叫ぶように抗議した。


「はぁ…じゃぁ、子供がそんなの見たら、どう説明するんだ…」


「もぉー、心配しすぎだよ、壮一郎〜。漫画っていっても、今どきはスマホで見るデジタルの…あっ、やべ…」


言いかけて、巴は自分の失言に気づいた。壮一郎の視線が、一瞬だけ鋭くなった。


「……………」


「け、消さないでぇぇぇぇぇ」


「はぁ…わかったわかった…とりあえず、そういうアプリは誰かが簡単に開けないようにしておけよ…」


「やった!流石壮一郎!!」


喜んだ。そして、彼女はニヤリと笑って提案した。


「…あ、壮一郎もあとで見る?」


「…何をだよ」


「あたしのバイブルの一つ」


「…やめとく」


即答で断る壮一郎。しかし、巴は食い下がった。


「えー?どうして〜?このNTR展開、すっごいそそるよ〜。幼馴染が都会から来た色黒男性にNTRされる話なんて…」


楽しそうに語った。しかし、壮一郎の次の言葉に、彼女の動きが止まった。


「…そういうのを俺が見て、嫉妬心から今夜お前に無理やり仕込む…って展開になってもいいんならいいんだぞ?」


低く、少し危険な響きのある声だった。巴の顔が一気に赤くなった。


「………や、やめておきます…」


小さな声で、巴は引き下がった。


「はぁ…わかればよろしい」


壮一郎は満足そうに頷いた。


車は夕暮れの道を走り続けた。少しの沈黙の後、巴が恐る恐る口を開いた。


「…ね、ねえ壮一郎」


「ん?」


「さっきの…本気じゃないよね…?」


「さあ、どうだろうな」


「え…」


「巴の態度次第かな」


「…///」


顔を真っ赤にして、巴は黙り込んだ。車内には、エアコンの音だけが静かに響いていた。


やがて、二人の住む神社の近くまで車が戻ってきた。夕暮れの空が、少しずつ藍色に変わっていった。

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