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神主見習いと幼馴染の許嫁  作者: ブヒ太郎


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2話

壮一郎は実家の居間、使い慣れた座布団の上に座り、父の厳と真正面から向き合っていた。 畳の匂い、柱時計のコチコチという音、全てが2年前と変わらない。この変わらない空間に、ようやく帰ってきたのだと実感する。




「2年間、地元から離れてみてどうだった?」




厳は、息子が神職の資格を無事取ってきたことに安まずかな安堵の色を浮かべつつも、まずは世間話といった様子で問いかけた。




「どうって…別に特には…あー…買い物とか遊ぶところには困らなかったかなー。美影町だとスーパーとコンビニが転々とあって、カラオケとゲーセンくらいだし」




壮一郎は都会の利便性を思い出しながら、何気なく台所の方へ視線をやった。 そこには、先ほどまで自分を振り回していた少女――巴が、まるで我が家のように勝手知ったる様子で食器棚を漁り、お茶やお茶請けを用意している姿があった。 その手際は、週に一度や二度来ているレベルではない。毎日通っていると言われても信じてしまいそうなほど、淀みないものだった。




「父さん…なんで巴がうちのお茶っ葉の位置やお茶請けの場所を把握してるんだ…」




壮一郎のその疑問は、当然のものだった。2年間、壮一郎がいなかったにも関わらず、巴がこの家の内部事情に精通している。その事実に、壮一郎は軽い眩暈を覚えた。




厳は、息子が何をそんなに驚いているのか分からない、といった風に不思議そうに答えた。




「なんでって…そりゃぁ」




「そりゃぁ、将来あたしの第二の家になるところだもの、知ってて当たり前でしょ?」




厳の言葉を遮り、巴が湯気の立つ湯呑みと煎餅の乗った小皿を、器用に盆に乗せて運んできた。そして、二人の前へすっと差し出す。 その所作は、来客のものではなく、完全にこの家に住まう家族のそれだった。




壮一郎は、その堂々とした態度と衝撃的な発言に、心底困惑した。




「第二のって…それは父さんも了承…」




厳は、壮一郎の「まさか本気じゃないですよね?」と問うような非難めいた視線を受け、すっと目を逸らし、気まずそうに曖昧な笑みを浮かべた。




「済みかい!?」




息子の再会第一声がこれか、というような父の態度に、壮一郎は思わずツッコミを入れた。 この父親、完全にこの女のペースに乗せられている。




厳は、ポリポリと頭を掻きながら、なおも気まずそうに答えた。




「まぁ…壮一郎も別に構わんだろう?一応許嫁ではあるし…それに…」




「…それに?」




「巴は良い子じゃないか」




厳は、心の底からそう思っているかのような、実に晴れやかな顔で言い切った。




壮一郎は、2年ぶりに会う父親が、完全にこの幼馴染の手のひらで転がされている現実を直視し、げんなりとした顔で見つめ返した。




「洗脳済みか!?」




思わず、壮一郎の心の叫びが畳の間に響き渡った。




その様子を見ていた巴は、くつくつと満足げに笑いを漏らし、さも当然のように壮一郎の隣、そこが自分の指定席であるかのように自然に腰を下ろした。




「まぁまぁ、壮一郎?お父さんもこう言ってるんだし、腹ぁ括れよ男だろぉ?」




巴は、ぽんぽんと壮一郎の肩を叩きながら、まるで全てを理解した姉女房のように、しかしその口調はどこかふざけているように聞こえた。




壮一郎は、両側から外堀を埋められたような状況に、ますます頭を抱えた。




「巴…お前も何も、そんな昔の口約束を別に気にせんでも…」




巴は、自分が出したお茶請け(壮一郎の好物でもある)の煎餅をバリバリと小気味よい音を立てて食べながら、あっけらかんと答えた。




「あたしはこう見えても義理堅い女だからね…ふっ、幸せにしてやるぜ?壮一郎?」




わざとらしく片目を瞑り、イケメン風に(しかし全く似合っていない)カッコつける巴を、壮一郎は心底呆れきった目で見つめていた。 そして厳は、そんな二人(片方は全力で拒否しているが)の様子を、実に満足げに、目を細めて見つめていた。 (ダメだこの父親…早くなんとかしないと…)







壮一郎が東京での修行や生活について一通り報告し終え、厳がそれを静かに聞いてから小一時間ほど経った頃。厳は「さて」とでも言うように、不意に立ち上がった。




「壮一郎。せっかく帰ってきたんだ。巴と遊びにでも行ってやりなさい。積もる話もあるだろう?」




その言葉を待っていましたとばかりに、巴は効果音が鳴りそうなほど瞳をキラキラさせて厳を見つめた。まるで「よくぞ言ってくれました!」と賞賛するかのようだ。




「さっすが、お父さんっ!わかってらっしゃるっ!」




「えぇ!?俺、今さっき帰ってきたばっかりじゃん!?荷解きもまだなのに!?」




壮一郎は当然の権利として反論するが、最強の味方(厳)を得た巴には、その声は届かない。




「ほら、壮一郎行くよー、久しぶりにカラオケ行こっか?」




有無を言わさず、巴は壮一郎の手首を掴むと、ぐいぐいと力強く引っ張っていく。帰宅したばかりの荷物トランクは、まだ玄関に置かれたままだ。 「ちょっ、荷物!荷物くらい置かせろ!」 壮一郎は抵抗する間もなく、引きずられるようにして部屋をあとにした。




その様子を厳は満足げに眺めていた。まるで、仲睦まじい二人を見送る父親のように。




神社の参道を下り、駅前まで戻ってきた二人。カラオケ店に向かって、すっかり見慣れた田舎町の商店街を歩く最中だった。 さっきまでの喧騒が嘘のように、二人きりになると妙な静けさが流れる。




壮一郎は巴に話しかけた。




「なぁ、巴、気になることがあるんだ?聞いてもいいか?」




突然、改まった口調になった壮一郎に、巴は「ギクッ」と効果音がつきそうなほど大げさに身構えた。




「な、なんだ!?まさかあたしの体重か!?それはセクハラだぞ!」




「いや、なんでだよ…人の体重なんか気にしねぇよ…」




そう言いながらも、壮一郎は改めて巴の全身をまじまじと見つめた。 2年前とは違い、高校生の制服ブレザーの上からでも分かるほど、その体つきは格段に女性らしい丸みを帯びている。背も少し伸びただろうか。薄いブレザー越しにも、身体のラインがはっきりとわかる。




「や、やめてよ、そんなマジマジと…照れるでしょ…」




先ほどまでの猛獣のような積極性はどこへやら、巴は急に乙女らしく両腕で自分の身体を隠すようにして、顔を赤らめた。




その様子を見て、どこか安心感を覚えた壮一郎。 (多少見た目や態度は変わったが、中身は昔の巴のままだな…こういうところは変わらない)




「そ、その…見ようと思えばいつでも見れるんだから、今見なくても…」




さらに頬を染め、恥ずかしそうに俯きながらも、巴はしれっととんでもない爆弾発言を投下した。




ピシッ。




先ほど芽生えたばかりの壮一郎の「安心感」に、決定的な亀裂が入る音が聞こえた。 前言撤回。こいつは変わった。悪い方向に。




「いや…巴。2年前はそんなんじゃなかったろ?2年の間で何があったんだ?」




壮一郎の記憶の中の巴は、確かに他の女子よりは距離が近かったものの、あくまで「面倒くさい幼馴染」であり「近所の女友達」の範疇だった。高校1年生(16歳)の頃は、まだこんな風に、男女関係を露骨に匂わせるような積極性はなかったはずだ。




「…いやぁ…やっぱり今まで近くにいた人が居なくなるのってのを実感すると、色々変わるもんだよ、壮一郎…」




巴は、少しだけ遠い目をして、商店街の先を見つめる。




「でも、巴…別にメールだと普通だったじゃないか。こんなグイグイ来る感じじゃなかったろ」




そう指摘されると、巴は「うっ」と言葉に詰まり、気まずそうに視線を泳がせた。




「いや、メールだと伝わらないものがあるし」




明らかに何かをごまかそうとしている巴を見て、壮一郎はこれ以上深く追求するのを止めた。なんとなく、これ以上聞くとロクなことにならなそうだ。




「そうか…」




「それに、変なメール送って逃げられても困るし。捕まえるなら、直接会ってからじゃないと」




「いや、それが狙いか!?獣かお前は!?俺は獲物か!?」




壮一郎のツッコミがよほど面白かったのか、巴は「くっくっ」と悪戯っぽく口元を抑えて笑った。




「くっふっふ…あたしの手の届く範囲にのこのこ戻ってきおって…さぁ、もう逃げられはせんぞ…」




まるで獲物を罠にかけた悪役のような、妙に芝居がかった台詞を言い出す巴。




「…お前、そんな言葉どこで覚えてきたんだ…」




「え?漫画」




巴は、何を今更という顔で、ごくごく当たり前のように即答した。




そのあっけらかんとした、思考が透けて見えるような単純な答え方に、壮一郎は(…今のは昔の巴っぽかったな)と、少しだけ安堵するのだった。 やはり、根本的なところは変わっていないのかもしれない。 (いや、変わってないからこそ厄介なのか…?)




話しているうちに、錆びた看板が目印の、町に一軒だけのカラオケ店が入った雑居ビルが見えてきた。 目的地はもうすぐ近くだ。

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