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神主見習いと幼馴染の許嫁  作者: ブヒ太郎


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14/20

14話

家に戻った壮一郎は、居間でノートパソコンを開き仕事をしていた。 父がいなくなった広い座卓は、即席のオフィス代わりだ。


巴は今頃、壮一郎の部屋(今日から二人の部屋だ)で荷解きをしているだろう。 そう思いながら、壮一郎は8月の夏祭りに向けた資材の発注や企画書立案など、神主見習いとしての事務作業に集中していた。


カチ、カチ、とキーボードを叩く音だけが響く静かな居間。 仕事に集中していると、ふと、視界の横から湯気の立つ湯呑みが差し出される。


「ん?荷解き終わったのか?巴」


壮一郎は、画面から目を離さず、お茶を差し出した主に話しかけた。


「うん、終わったよ、壮一郎」


そう言いながら、巴は壮一郎の隣、その指定席に当然のように腰を落とす。 そして、壮一郎の肩にこてん、と自分の頭を乗せた。


何かを期待し、そわそわしてる様子の巴だが、それに気付かず(あるいは気付かないふりをして)黙々と仕事を進める壮一郎。


10数分が経った時、巴が痺れを切らしたように、 「…ねぇねぇ、構ってほし~い」 と甘えた声を出すのだった。


壮一郎は、その(わかりやすすぎる)要求に苦笑し、キーボードの手を止めた。


「構ってんだろ?」


と一言。 巴は「どこがだ?」と言いたそうな顔をして、壮一郎の顔をじっと見つめる。


「社務所じゃなくて、わざわざ居間で仕事してるんだから…これなら巴も俺の隣でのんびりできるだろ?」


巴は、その(壮一郎なりの最大限の配慮であり、逃げ道のない)正論に、悔しそうな顔をしながら 「ぐぬぬ…」 と呻いていた。


壮一郎は、その不満げな顔を見て、困った顔をして 「あとで、構ってやるから…」 そう言って、巴の頭をわしわしと撫でた。


「…今はこれで我慢してやる…」


巴は、不満そうに言いながらも、その感触が嬉しいのか、再び壮一郎の肩にもたれかかっていた。


静かな時間が流れる。 壮一郎が仕事に戻って暫くすると、隣からすー、すー、と静かな寝息が聞こえてきた。 連日の早起きと、午前中の引っ越し騒動で疲れたのだろう。巴がうつらうつらしている。


「無理してたんだ、少し寝てこい。布団敷いてやるから」 と、壮一郎は優しく声をかけるが、


「…やだ…壮一郎の傍がいい」


と駄々を捏ねる巴。 目こそ閉じているが、その意志は固い。


壮一郎は仕方ないという顔をし、 「はぁ…なら、ほら…膝貸してやるよ」 と、あぐらをかいた自分の膝をポンポンと叩いた。


「いや…子供じゃないんだし…」 巴は、さすがに恥ずかしいのか、一瞬そう抵抗したが、


「じゃぁ、いいのか?俺、仕事に戻るぞ」 と壮一郎が言うと、


「…よくない…」


巴は、小さな声でそう言うと、観念したように壮一郎の膝の上にゆっくりと頭を乗せたのだった。


壮一郎は、その重みと温かさを膝に感じながら、 少しすると、巴の穏やかな寝息が聞こえてきて、 その無防備な寝顔に小さく微笑んでから、また仕事に意識を戻すのだった。



どれほど時間が経っただろうか。暫くすると、巴が目を醒ました。


「ん…今何時…?」


巴が壮一郎の膝の上で首をくねらせ、壮一郎の顔を眠そうに見上げた。


「もうすぐ12時ってところか…」


壮一郎はノートパソコンの画面を見ながら、時間を答えた。


その言葉を聞いた途端、巴は驚き、勢いよく壮一郎の膝の上から飛び起きた。


「12時!?寝すぎたっ!」


壮一郎は、その慌てぶりに、 「まぁ、そうだな」 と苦笑しながら、巴の頭を乗せていたほうの、痺れた足を摩っていた。


巴は、壮一郎が足が痺れているだろうに、それでも自分を起こさなかった事に対して、愛おしそうに壮一郎を見つめた。


「…起こしてくれてもよかったのに…」


そう巴が遠慮がちに言うと、壮一郎は足をさすりながら、平然と答えた。


「いや、いいんだ。巴の寝顔を見ながら働くのも悪くないと思ってな」


そんな顔から火が出そうなくらい恥ずかしい事を、壮一郎はさらっと言ってみせた。


巴はそんな壮一郎の言葉を聞いて、 「うっ…ぐっ…」 と言葉を詰まらせながらも、嬉しそうに頬を赤らめ、照れた。


「お、お昼ご飯作ってくるよ」 巴は、その恥ずかしさから逃れるように、すごすごと居間を出て台所へ向かうのだった。



それから少ししたあと。


「壮一郎、お昼ご飯できたよー」 と、巴が昼食の乗った盆を持って居間に入ってきた。


今日の昼食は、焼きうどんと味噌汁のようだった。


「お、ありがとう」 そう言って、ノートパソコンを脇に寄せる壮一郎。


いつも通り、巴は壮一郎の向かいではなく隣に座り、横並びで昼食を食べ始めた。


ふいに、壮一郎は壁のカレンダーを見ながら、思い出したように巴に聞いた。 「そういえば、巴…期末テストってそろそろじゃないか…?」


「…げっ…そうでした…」 巴は、その言葉に、嫌な事を思い出したかのような顔を浮かべた。 だが、それも一瞬のこと。すぐに悪だくみを思いついた顔になる。


「…フヘヘヘヘ…そ、卒業したら壮一郎のお嫁さんになるし、この際、赤点取っても…」


その悪魔的な発想に、壮一郎は呆れかえる。 「お前な…それでもいいかもしれないが、そんな事になったら、夏休みは補習で俺との時間減るぞ?いいのか?」 壮一郎は、巴にとって何が一番の罰になるかを理解して、そう言った。


巴は、その言葉を聞いた瞬間、顔を真っ青にした。 「そ、それだけは嫌だぁぁぁぁぁああああ、折角、父さんもいなくて二人っきりでいられる貴重な時間が減ってしまうぅぅぅぅぅぅ」 巴は、絶叫した。 壮一郎は、その巴の中にある揺るぎない将来設計に気が付き、苦笑するしかなかった。


「…そうだな。なら、期末テストの勉強頑張らないとな…」


巴は、その壮一郎の言葉を聞いた途端、ころっと表情を変え、 「ねぇねぇ、壮一郎…またお勉強の面倒見てよぉ~」 と、甘えたように壮一郎の肩に顔をこすり付けた。


「…仕方ないな…いいぞ」 壮一郎は、その猫のような仕草に絆され、あっさりと了承する。


巴はその言葉を聞き、 「やった…ぐへへへ…お礼にまたお背中流しますぜ、旦那…」 と、例の奇妙な笑い方をするのだが、


「…いや、別に昨日も一緒に風呂入ったんだから、今更、お礼に一緒に風呂ってのも…」 壮一郎は、冷静にそう返した。


そう言われた巴は、昨夜、風呂場で壮一郎に胸を触られた出来事を一瞬にして思い返していた。 そうして、自分の胸をぎゅっと抑えると、 「お、おお、おぉぉお、男だなぁ、壮一郎っ!こんな真昼間からっ!!」 と、何か変な想像をしたようで、顔を真っ赤にしながらとんでもない事を言い始めた。


壮一郎はその(あらぬ誤解をされている)様子を見ると、さぞ面白そうに、あえて乗っかることにした。 「…そうだな。俺も一応『男』ではあるからな。お礼には期待しておこうかな」 と、自分から止めたわりに、巴の『お礼』をせがむのだった。


巴は、そんな意地の悪い壮一郎の返しに、一瞬戸惑ったが、すぐにいつもの調子を取り戻し、 割と真剣な顔で、 「…え?なら、お礼に『子作り』いっとく?」 としれっと言ってみせた。


壮一郎は、そんなある意味、覚悟が決まってそうな巴を見て、 (あぁ…こいつはそういう奴だった…) と、自分の許嫁に対する認識を、改めて深くするのだった。



17時ごろ。 ようやく今日の事務仕事を終えた壮一郎は、ノートパソコンを閉じ、凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをした。 そのまま立ち上がり、縁側から庭に出る。


深呼吸して初夏の空気を肺いっぱいに吸い込むと、庭の物干し竿で洗濯物を取り込んでいた巴に声をかけた。


「手伝うよ、巴」


そう言いながら、乾いたタオルに手を伸ばす壮一郎だが、


「いや、いいって。少し休んでなよ。それに嫁の仕事を盗るな」 と、巴はきっぱりと断る。まるで、この家の洗濯物を取り込むのは、既に自分の仕事であるとでも言い張るように。


そんな巴の姿を見た壮一郎は苦笑しながら、 「じゃぁ、任せるわ」 と言い、手伝うのをやめて縁側にどっかりと腰を下ろした。


夕暮れ前の柔らかな日差しの中、かいがいしく洗濯物を取り込む巴の背中を眺める。 こういう穏やかな日常が、この先も続いていく。壮一郎は、そんな未来をほだらかな気持ちで受け入れていた。


やがて、巴が全ての洗濯物を取り込み終えると、洗濯かごを抱えたまま、縁側の壮一郎に声をかけてきた。


「壮一郎、これからなにする?」


壮一郎は、縁側から見える柱時計を改めて見て考えた。まだ夕食には少し早い時間だ。 「今からだと、カラオケか、ボーリングか、それでついでに飯食って帰るって流れか?どれがいい?」 壮一郎は、いつもの休日の定番コースを提案する。


しかし、巴は少し悩むように首を傾げ、そして悪戯っぽく笑った。 「ん-…あたしとしては………言いたい事わかるでしょ?」 場所などどこでもいい、ただ壮一郎の傍に居たい。その視線が雄弁に語っていた。


壮一郎はその言葉を聞き、如何にも巴らしいと思いながら、苦笑した。 「…そうだな、なら…巴のテスト勉強でも見るかな…」 壮一郎は、あえてその期待を裏切る提案をした。


しかし、巴はその予想外すぎる回答に絶句していた。 「…確かにあたしとしては壮一郎の傍に居れれば、どこでもなんでもいいが、よりによってお勉強!?」


壮一郎は、その反応を見て、 「一石二鳥だろ?」 とニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて言った。 巴の学力向上と、自分の傍にいたいという巴の願望。その両方を満たす、実に合理的な提案だ。


巴は、その反論できない正論と壮一郎の笑顔に、戸惑いながらも、 「…わかったよ…仕方ない、頑張りますか…」 と、しぶしぶ頷くのだった。


こうして、父の厳もいない、二人だけの家で、来たる期末テストに向けた勉強会が、静かに幕を開けたのだった。

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