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神主見習いと幼馴染の許嫁  作者: ブヒ太郎


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13/20

13話

壮一郎と巴が恋仲になった日の、翌日の朝。 午前6時。神社の静かな母屋に、いつものようにアラームの電子音が鳴り響く。


壮一郎は、それでいつも通り目を醒ました。 まだ薄暗い部屋の中、障子越しに差し込む朝の光が、畳の上を静かに照らしている。


スマホのアラームを止めた壮一郎は、まず自分の胸元にかかる確かな重みと温もりに対して、ゆっくりと視線を向けた。


そこには、巴が壮一郎の胸に頭を乗せ、掛け布団を二人で共有し、スヤスヤと実に気持ちよさそうに寝息を立てていた。


昨夜は風呂を出たあと、結局そのまま一つの布団で一緒に寝ることになった。 巴は、その状況に興奮して壮一郎に襲い掛かろうとする素振りを見せたが、壮一郎が(昨夜の風呂での仕返しのように)巴の身体をまさぐると、巴はすぐに「ぷしゅぅ」と頭から湯気が出そうなほど真っ赤になってしまい、そもそも壮一郎もそこまでする予定はなかったこともあり、事に至ることはなかったのだ。


壮一郎は、その無防備な寝顔を見つめ、愛おしそうに巴の頭をそっと撫でた。 ここ連日、巴が毎朝4時半に起きて、壮一郎宅に通ってきていた無理がたたっているのだろう。 加えて、今日は土曜日で巴が学校が休みなのも相まって、壮一郎はこのまま寝せておこうと思い、巴を起こさないように細心の注意を払いながら、ゆっくりと自分の身体を起こした。


だが、壮一郎が布団から出ようとした、その瞬間。


巴が何の条件反射か、寝ぼけたまま「ん…」と声を漏らし、急に飛び起きると、壮一郎の腰回りにガッシリとしがみついた。 まるで、どこかへ行かせないとでも言うように。


「………」


その(逃がさないという)強い意志を感じる寝ぼけ眼の行動に、壮一郎は一瞬、唖然とする。


巴は、自分が何をしたのか、数秒かけてようやく気付き、 「…ご、ごめん…身体が勝手に…」 と、顔を真っ赤にして謝った。


壮一郎は、その姿に呆れるよりも先に、愛しさがこみ上げた。


「…へいへい、可愛いやつだな、お前は…」


そう言って微笑み、巴の頭を優しく撫でる。


「もう巴を置いて、どっか行ったりしないから安心しろよ…」


「壮一郎…」


巴は、その(全てを理解しているかのような)優しい言葉に、壮一郎を見つめた。 そして、ハッと何かに気付いたように目を見開く。


「…誰から聞いたの!?」


壮一郎は、その鋭い反応に、しまった、と顔を引きつらせた。


「あ、やべ…」


以前に巴の父、譲から、壮一郎が不在だったこの2年間の巴のあらましを聞いていた壮一郎は、巴の自分に対する独占欲が、並々ならぬものであることは重々理解していた。 今の「もうどっか行かない」という言葉は、その事実を知っていたからこそ出た、完全な失言だった。


「…ど…ど…どこまで知ったの…?」


巴は、恐る恐る壮一郎に聞いた。 今更、誰に聞いたの、などという詮索はどうでもいい。 巴にとって最大の弱みを、壮一郎がどこまで知っているかどうかが、最大の焦点になっていた。


「えーっと………巴の部屋に、俺の切り抜き写真集があることまで?」


壮一郎は、正直に白状した。


巴は、その答えを聞いた瞬間、布団に突っ伏した。


「全部じゃねぇかよぉぉぉぉぉおおおおおお」


その絶叫が、静かな朝の居間に響き渡る。


壮一郎は、突っ伏して恥ずかしさのあまり震えている巴の頭を撫でながら、 「まぁ、巴…アレだ…」 と、何とかフォローしようとするが、


巴は顔を布団に伏せたまま、くぐもった声で叫んだ。


「…聞きたくない聞きたくない…キモいって思っただろぉぉ…」


壮一郎は、その(あまりにも乙女な)反応に、困った顔で笑いながら、 「ん-…まぁ、それも含めて巴だからな…」 と、その重すぎる好意を、丸ごと受け入れた。


巴は、その(拒絶されなかった)言葉に、顔をようやくあげた。


「うぅぅ…これから壮一郎との駆け引きが致命的不利に…」


しかし、巴はまだよくわからない事を言いだす。


「いや、何を想定してたんだお前は…」


壮一郎には、その返答に困るしかなかった。


「………ぐぁぁぁ…負けっぱなしは性に合わない…」


巴は、まだよくわからない事を言って、悔しそうに唸っている。


「…なんだ、もしかして、お前まさか…「あたしが一方的に好きみたいじゃないか」とか、思ってんのか…?」


壮一郎は、巴が気にしているであろう核心を、あえて突いてみた。


「…」


図星のようで、巴は言葉に詰まり固まる。 確かに、これまでの経緯を考えれば、巴の猛攻によって壮一郎が折れた形に見える。かもしれないが…


壮一郎は、そんな巴の不安を払拭するように、意地の悪い笑みを浮かべた。


「…「卒業まで待て」って言って、約束守れなかった俺は、その場合どうなるんだろうな…」


巴は、その言葉の意味にハッとした。 (壮一郎も、待てなかった)


「壮一郎っ」


「…ま、そういうこった。だから、まぁ、安心しろよ」


壮一郎は、自分も巴と同じくらい彼女に惚れていることを、そうやって暗に伝えた。


巴は、その(不器用な)壮一郎の告白に、今度こそ照れたのか、急にモジモジし始めた。 その分かりやすい反応を見た壮一郎は、愛おしさが込み上げ、巴の顔にそっと手を伸ばし、引き寄せる。


そして、ゆっくりと、朝の挨拶代わりの口づけをするのだった。



巴は、壮一郎が昨夜貸した寝巻のまま、早速神代家の台所のあるじのように、朝食の準備をしていた。


壮一郎は、自分用の作務衣にさっさと着替え終わり、台所へと向かった。 そこでは、朝食用のハムエッグと味噌汁を作っている巴の、小さな背中があった。 壮一郎は、その背中に優しく声をかけた。


「巴、お前、連日無理してたんだから、ゆっくり寝てろよ」


壮一郎は、彼女が毎朝4時半起きを続けていたことを本気で心配していた。


だが、巴はフライパンの上で卵を割りながら、照れたように、しかし威勢よく反論した。


「…朝から、あんなにチュッチュされたら頭も起きるわっ!!」


そう。先ほど布団の中で、壮一郎は照れる巴を面白がり、一度ならず二度三度と、朝の挨拶代わりのキスを重ねていたのだ。 しかし、壮一郎はその事実を棚に上げ、


「でも、お前、嬉しそうな顔してたろ?」


と、しれっと平気でそう言った。


図星を突かれた巴は、その壮一郎の(余裕綽々な)態度に、 「…うがぁぁぁぁああああ、これからこんな毎日が続くのかぁぁあ!!」 と、若干発狂気味に叫んだ。 それでも、料理の手は止めないのが彼女らしい。


そんな巴の反応を見て、壮一郎はまたからかいたくなり、音もなく巴の背後に立つと、その細い腰を後ろから抱きしめた。


「なんだ?嬉しくないのか?巴」


壮一郎が、わざと巴の耳元でそう囁くと、 巴は、ビクッと体を震わせながらも、その腕からは逃げない。


「嬉しいです…」


小声で、壮一郎にだけ聞こえるようにそう言うが、壮一郎はわざと聞こえないふりをして、


「ん?聞こえないぞ。もっと大きな声で言ってくれ」


そう責め立てた。


それに観念した巴は、顔を真っ赤にしながら、やけくそ気味に叫んだ。


「あー、もうっ!!嬉しいですっ!!朝から壮一郎とイチャイチャ出来て、あたしは幸せです!!」


壮一郎は、その(ようやく引き出した)満額回答に、満足そうな顔をして、 「よし、合格」 などと、偉そうに言ってみせた。


「……このドSが」


と、巴は恨めしそうに、しかし心の底から幸せそうに、そう呟くのだった。



居間で朝食を並べ終えた巴は、広々とした座卓の、壮一郎の向かいの席は当然のように空けたまま、いつもの指定席である壮一郎の真横にちょこんと腰をおろした。


二人で並んで朝食を取りながら、巴は味噌汁を一口啜ると、意を決したように、しかしどこか緊張した面持ちで壮一郎に話しかけた。


「…あたしさ、今日から壮一郎のとこで一緒に暮らしたい…」


巴は、壮一郎からの返答を身構えて待っていた。 まだ学生なんだから、とか、世間体がある、といった、いつもの彼らしい真面目な返事が返ってくると想定していたが…


「ん?別に構わんぞ。客室あけようか?」


壮一郎は、ハムエッグを口に運びながら、実にさらりと言った。


そのあまりにも予想を裏切る軽い回答に、巴は一瞬きょとんとして驚きながらも、すぐに畳みかけるように、さらに踏み込んだ要望を出した。


「いや、その…壮一郎と同じ部屋じゃ…ダメかな?」


壮一郎は、その言葉に箸を止め、少し悩む素振りを見せた。


「…俺の部屋か………まぁ、いいんじゃないか?」


壮一郎は内心で冷静に計算していた。 東京で暮らした六畳一間とは違い、実家の自室は十畳と広い。布団を二組敷いても、巴が荷物を持ち込んだところで、特に問題はないだろう。 彼は、それほどまでに巴が生活に入り込むことを、もはや当然のこととして受け入れていた。


「やったっ!!あとで、家から荷物持ってこなきゃ!!」


巴は、そのあっさりとした承諾に、子供のようにはしゃいで喜んでいた。


その様子を見ながら、壮一郎は味噌汁を置いた。


「俺も手伝うよ」


「えぇ?いいって、いいって。家事全般は未来の嫁であるあたしに任せなさいよ」


巴は、そう言ってどんと胸を張ったが、壮一郎は珍しく真剣な顔をしていた。


「…ついでに、巴が卒業したら嫁に貰うって話も、ちゃんとご両親にしておこうと思うから、ちょうどいいんだよ、巴」


巴は、その(事実上のプロポーズの確認とも言える)言葉に、喜びよりも先に照れが来て、顔を赤らめた。 あと8か月もすれば、自分は「月城 巴」から「神代 巴」になる。その実感を、改めて噛みしめていた。


「…そうだね、じゃぁ、お願いしちゃおうかな…それに、もしもお父さんとお母さんが反対したら、あたしが全力で壮一郎の味方するからね…」


その言葉は、彼女なりの覚悟に満ちていた。


「あぁ…その時は頼むよ」


壮一郎は、そんな巴の覚悟を真っ直ぐに受け止め、優しく言ったのだった。



朝食を終え、二人は巴の荷物を取りに月城家へと向かった。 歩いて10分ほどの距離だ。


土曜ということもあって、丁度、父の譲も母の弥生も家にいたため、壮一郎は玄関先で改めて深々と、丁重に頭を下げた。


「すいません、大事なお話があって参りました」


その壮一郎の真剣な様子に、譲と弥生は「まぁまぁ」と顔を見合わせ、彼を居間へと通す。 巴は、両親との(おそらくは形式的な)大事な話は壮一郎に任せ、自分はさっさと自室に戻り、早々と神代家へ移住するための荷物を纏めていた。


「壮一郎、大丈夫かな…お父さんに殴られたりしてないかな?」


巴は、トランクケースに着替えや漫画を詰め込みながら、ふと、漫画でよくある「娘はやらん!」という父親の激昂シーンを思い浮かべて、少しだけ心配していた。


しかし、その心配は杞憂に終わる。 10数分で荷物を纏め終え、大きなトランクケースを引きずりながら自室を出て、階段の半分を降りていく巴。


すると、下から壮一郎がひょいと階段をあがってきた。


「巴」 「重いだろ、危ないから俺が持つよ」


そう言って、壮一郎は巴の手から当たり前のようにトランクケースを受け取ると、片手で軽々と持ちながら、階段を下りていく。


「あ、お父さんとお母さんとの話し合いは終わったの?」


巴は、その後ろ姿に聞きながら、自身も階段を下りていく。


その際に、丁度、リビングから話が終わったらしい譲と弥生が出て来て、その場に鉢合わせた。


「あぁ、ちゃんと済んでるぞ。良かったな、巴」


父の譲は、実に晴れやかな顔をしている。


「巴…子供出来たら、ちゃんと連絡頂戴ね」


母の弥生に至っては、気が早すぎる釘を刺してきた。 二人はどこか安心した顔で、荷物を持った壮一郎と、その隣に立つ巴を見つめた。


そんな両親の(あまりにもあっさりとした)反応を見た巴は、内心複雑だった。


「…決着着くの早いだろ!?「お前にはまだやらんっ!!」とかなかったの!?」


譲は、その娘の不満を、楽しそうに笑い飛ばした。


「ははは、でも巴。そうなると、巴は進学か就職だぞ?」


弥生も、その言葉に強く同調し、 「そうよ、巴…お兄ちゃんと違って、あんた勉強してこなかったんだから…」 と、現実を突きつける。


巴には、壮一郎よりも5歳年上の優秀な兄がおり、彼はとっくに都会に出て暮らしていて、実家には滅多に帰宅しない。それと比べられ、巴はぐうの音も出なかった。


巴は、その正論に、せめてもの抵抗で怒ってみせる。


「うがぁああああ、親なんだから、少しは心配ってものは!?」


当たり前の事を言ってみる巴だが、


「むしろ、こんな娘を貰ってくれる壮一郎くんの方が心配なんだが…」


譲は、娘に向かって割と酷い事を平然と言う。


「神代家って、何代にも渡って紡がれた名家だから…先代とか厳しそうな気が…」


と、今度は弥生が、壮一郎の将来を案じ始めた。 もっと家柄や学がある娘を貰えば良かったのに、と壮一郎が先代、つまり壮一郎の祖父から言われないか心配であった。


しかし、壮一郎はそんな二人の不安を払拭するかのように、穏やかに笑った。


「いやいや、元はと言えば、その先代の爺ちゃんが父さんに「昔からの仕来りだ。家系を途絶えさせないために、壮一郎には許嫁を作っておけ」って言ったのが始まりですし…」


譲は、その言葉に当時のことを思い出し、声を上げて笑った。


「あはは、そうだったね。懐かしい。厳さんのお父さん、壮一郎くんのお祖父さんはお元気にされてる?」


壮一郎は、その問いに笑って答える。


「相変わらず元気ですよ、あの人は」


「あら、ほんと、良かったわ…巴の嫁入りがこんなに早く決まって…」


と、弥生は心の底から安心したように言った。


巴は、その(自分そっちのけで)和やかに進む話の様子が、どうにも悔しくなったのか、 「うがぁぁぁあああ!!このバカ親どもがっ!覚えてろよ!!次会う時は、壮一郎と式あげるときと、子供が出来たときだ!!!」 と、盛大な啖呵を切って、玄関から外へ飛び出す巴。


「おい、巴!すいません、失礼します」


壮一郎は、慌てて両親に一礼し、トランクケースを引きながら巴を追いかけて出ていく。


玄関先で、弥生はその二人の慌ただしい背中を見て、 「行っちゃいましたね~」 と穏やかに言った。


譲は、その背中を、父親として実に満足そうに見つめる。


「何はともあれ…これで巴の将来は安泰だから、親としては安心だよ」


「そうですね…孫が出来るまで、暫くは二人でゆっくりしましょうか、譲さん」


「そうだね、弥生さん」


そう言って、月城家の両親は、娘とその許嫁の背中を見つめるのだった。

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