霧島先輩復活の兆し(その2)
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
朝のオフィス。
まだ人影のまばらな時間帯、夢子は自分のデスクで密やかにMP台帳をチェックしていた。
その向こうに、少しずつ出社頻度を増やしてきた先輩――霧島陽子の姿がある。
「おはようございます、霧島先輩。今日も来てくださったんですね」
夢子はやわらかな笑みを浮かべた。
霧島はぎこちなく微笑む。
「ええ……少しずつね。MP制度に、まだ慣れなくて……。正直、怖いの」
夢子は軽く席を立ち、まるで秘密の儀式を始めるように身を寄せた。
「大丈夫です。今日は、“MPを味方につける悪知恵”を、ちょっとだけ教えますね」
霧島は目を瞬かせる。
「悪知恵? 夢子ちゃん、なんだか楽しそうね」
夢子は小声で囁いた。
「たとえば――コピー機をほんの少し詰まらせて、隣の部署の注意を引くとか。
廊下で小さなシュール現象を起こして、社長の健康数値を微妙に整えるとか。
……小さな操作で、会社全体の“流れ”を変えることができるんですよ」
霧島の目がわずかに輝く。
「なるほど……そう考えると、ちょっと面白いかも」
夢子は満面の笑みを浮かべ、続けた。
「MPは恐れるものじゃありません。使い方次第で、毎日の仕事がゲームのように変わる。
人の行動も、気分も、ほんの少しだけ“動かせる”。
少しずつ慣れれば、怖さなんて消えますよ」
霧島は深く息を吐き、肩の力を抜いた。
「夢子ちゃん……怖がってばかりだった私でも、使えそうね。
……その“悪知恵”、もう少し教えて?」
その日から、霧島は少しずつ出社日を増やしていった。
夢子は毎回、丁寧に、そしてどこか楽しげに“MPの活用法”を伝え続けた。
コピー機の小さな紙詰まり。
飲みかけのコーヒーが絶妙なタイミングでこぼれずに済む奇跡。
廊下で一瞬だけ起こる不思議な空調の揺らぎ――。
それらは、二人の間で“密かな遊び”になっていった。
夢子は心の奥で微かに笑う。
「MPの力で、先輩の心も、会社の空気も、少しずつ動かせる……面白いわ」
霧島は笑いながらも、確実に自信を取り戻していた。
MP制度に怯えていた日々は、いつしか、ささやかな愉しみへと姿を変えていく。
翌朝。
霧島は夢子の教えを思い出しながら、そっとデスク端末のMP値を調整した。
「コピー機、今日は詰まらないでね……」と心の中でつぶやくと、
昨日まで紙を噛み続けていた機械が、嘘のように滑らかに動いた。
その様子を見ていた夢子が、目だけで微笑む。
(上手くやりましたね、霧島先輩)
霧島は少し得意げに頷く。
「なるほど……“恐れるよりも、使う”ってこういうことなのね」
「ええ。小さな現象の連鎖が、大きな秩序を変えるんです」
夢子は軽やかに返しながら、自分の端末に指を滑らせた。
その瞬間、部長の席の照明がほんのりと点滅した。
霧島が小声で笑う。
「……今の、あなたでしょ」
「さあ、どうでしょう?」
夢子はあえて答えず、MP台帳を閉じる。
ふたりの間に、小さな共犯めいた空気が漂った。
恐怖から始まった制度が、今やふたりの密やかな“遊び場”になっている。
霧島は笑いながらも、確かに生気を取り戻していた。
MPの数値が上がるたび、かつての活気が少しずつ戻っていくのがわかる。
オフィスには今日も淡い朝光が差し込み、
その光の中で――不条理とユーモア、そして静かな共鳴が息づいていた。




