部長がMPの説明をする
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
夢子は人事部の小さなデスクに腰掛けながら、前日から気になって仕方のないことを思い切って口にした。
「部長……MPって、結局なんなんですか?」
平岩部長は新聞を畳み、深く息を吐いた。
どこか達観したような笑みを浮かべて、コーヒーカップを指先でくるりと回す。
「……まあ、そろそろ説明してやらんとな。新人だからって黙っていればいいってものでもない」
夢子は身を乗り出した。
昨日から、数字が増えたりするたびに社長の姿が微妙に変わっていくのを感じていた。
白髪が薄くなったり、背筋が少し伸びたり……あれは気のせいではない。
「昨日も軽くいったが、MPは“ミステリーポイント”と呼ばれとる。だが、うちでは社外に口外しない決まりだ。人事部と一部の人間しか正体を知らん。一般社員には、ただの管理ログの一種だと思わせとる」
「じゃあ……この数字は、社員の働きを表しているんですか?」
「半分正解だ。だが正確には、“責任の重さ”を数値化したものだ。上の立場にいる人間は、その役割に応じた責任を背負っているから、普通に働いても数字はそう大きくは動かん。逆に、新人や下っ端が常識外れの成果を上げると、数字は爆発的に跳ね上がる」
夢子は背筋を伸ばし、昨日のことを思い出した。課長の代わりに自分が対応したあのクレーム電話……あの時に紙に記されていた“+3,200MP”という異常な数値。それがその説明と符合する。
「……でも、その増えた数字は、どうして社長の寿命に?」
部長は口の端をゆるめ、声を潜めるように言った。
「そこが一番の肝だ。MPは“肩代わり”の指標なんだよ。社員の誰かが背負いきれないほどの責任を一気に引き受けると、その負荷は社長に流れる。つまり、社長が社員全員分の“余分な責任”を背負ってるわけだ。数字が跳ねるほどに、社長の責任は解放され、そして社長を若返らせるように見える」
「若返る……」
夢子の目に、昨日の社長の姿がよみがえる。入社式で見たときよりも、少し髪が黒々としていたあの光景。
「でも、それじゃ社長は……」
「そう。社員の善行や努力が、時に毒になる。だが、逆に会社を動かす力にもなる。
だからこそ、俺たち人事が数字を調整しなきゃならんのさ。台帳をいじるのはそのためだ」
PCのモニタ越しにMP管理台帳のアプリケーションを見せる。
夢子は黙り込み、モニターに並ぶ数字を見つめた。
責任の重さが数値になり、それが社長の命と繋がっている。善意の行為も、時には狂気に変わる仕組み。
部長は、軽く肩をすくめた。
「怖いか?だが忘れるな。MPは恐ろしくもあり、便利でもある。お前がどう付き合うか次第で、この会社での運命は決まる」
夢子はごくりと喉を鳴らし、ただ小さくうなずいた。
肩代わりした、私たちはどうなるんですか?と夢子は、部長へ質問する。
「本当かはわからんが、1MPあたり、0.5秒寿命が縮むと言われているが、証明はされていない。
現実問題、疲労が増したり、疲れが抜けなかったり、病気の直りが遅かったりと現象は個人差がある。
そんなに気にする必要はない。君が昨日得たのは3200MPだっけ、25分ぐらい寿命が縮んだだけだ。はっはっは!」
台帳を何気なくぺらぺら見ていると平岩部長の名前もあり、合計157980MPだった。
「君が受けた責任は、未来永劫消えない。退職しても転職しても、次の社長に効果は自動継承。中途社員が入社しただけで社長が若返ることだってある」
夢子は息をのむ。
「じゃあ、私は……ただの“寿命供給装置”ってこと?」
「言い換えれば、会社の善意担当……いや、社長延命マシーンだね」
夢子は心の中で叫ぶ。
“これ、ブラックユーモアの域を超えてる……!”
背後で、再び社長が若返ったかのような笑顔通り過ぎていく。
夢子は深く息をつき、覚悟を決めた——
「これから私は、社長の命と自分の命のバランスを背負って働くのか……」




