夢子、営業部長の餌食(高橋部長反撃編)
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
朝のオフィス。高橋営業部長は昨夜、ふと気づいた。
(昨日の一件…夢子のせいで、やけに疲れた…いや、負けてはいられない)
今日こそ、反撃してやる――そんな決意を胸に、高橋はデスクに腰を下ろした。
額に浅い皺を寄せ、唇をきゅっと引き結ぶ。普段は見せない硬さが頬骨のあたりに走り、目つきはいつもより鋭くなっている。言うなれば、その表情そのものが「今日はこちらから仕掛けますよ」と周囲に宣言しているかのようだった。
まずは簡単な策だ。コピー機の順番を先に押さえ、夢子の作業をさりげなく邪魔する——軽い牽制で流れを変えようと考えている。彼の手つきは淡々としているが、内側では細やかな計算が巡っていた。
しかし、夢子は微笑みを崩さずにPC画面を覗き込み、その視線はどこか楽しげだ。彼の決意が顔に刻まれているのを、彼女はたった一瞥で見透かしたかのように思わせる。
「おはようございます、高橋部長。今日はどんな調整を…?」
夢子の声に、部長は一瞬だけ微笑みを作る。
高橋は表面上落ち着いているつもりだが、眉のわずかな動きや唇の端に浮かぶ小さな緊張が、内心の反撃意思を静かに物語っている。そして、背筋には冷たい汗がじんわりと伝い、肩はほんの少し硬直している。
夢子は、その反撃意思を必死に隠そうとしている感じを受けた。
その一見平静を装う姿と、顔ににじむ小さな可愛らしい反抗心のギャップが、周囲に知られずとも夢子は感じとり何とも愛らしく映った。
コピー機に向かうが、紙送りは妙にスムーズだ。
むしろ部長の資料が混ざって、あちこちに散らばる始末。
慌てて拾おうとするが、紙は跳ねて隣の社員の机に飛び、資料が床に散乱する。
「えっ、俺の資料…!」
小さな悲鳴混じりの声に、周囲の社員も一瞬立ち止まるが、部長の焦りに気を取られ、誰も夢子の仕業には気づかない。
夢子は机の下で微妙にMPを微調整する。
部長が考える“反撃”のつもりは、ほんの一瞬で倍返しされ、彼自身はその理由がまったくわからない。
それでも顔には、必死に平静を装うぎこちない笑みが浮かぶ——自分でも気づかぬうちに、完全に掌の上で踊らされていることに。
次に、部長は会議室でのプレゼンで夢子を出し抜こうと試みる。
「今日は絶対に…」
プロジェクターの電源を入れると、画面が微妙にちらついた。
部長が操作すればするほど、隣の資料は乱れ、自分のスライドだけが飛び飛びになる。
(なんだこれは…!)
しかし高橋は負けじと、飛び飛びになったスライドに合わせて無理やり説明をつなごうとする。
指先をスライドの順に合わせて軽く指し示し、声のトーンを少し上げて間を埋める。
「えーと、こちらが…あ、次に…あの…その…」
言葉はぎこちなく詰まりがちだが、必死に視線と手の動きで説明をつなぎ合わせる。
その様子は、焦りと反撃心が同居した、どこか子犬のように可愛らしい必死さを醸し出していた。
夢子は微笑みながら、会議室内の照明や空調の微妙な変化を通じて部長の心理を揺さぶる。
部長の焦りは倍になり、次第に言葉が詰まる。
さらに不条理現象が加速する。
電話を取ろうとすれば受話器のコードが絡まり、机の上のカップは微妙に傾く。
コピー機は紙を飛ばし、書類は周囲の社員の机にまで降りかかる。机の引き出しも勝手に開閉し、部長の手が届くたびにカオスは連鎖する。
「もう…!」
顔面蒼白の高橋は机に突っ伏し、社員たちは困惑しつつも「操作ミスだ」と思い込む。誰も真相には気づかない。
遠くから冷静に見守る夢子は、心の中で微かに笑う。
「ふふ、高橋部長…反撃も、少し工夫すればこうして倍になって戻ってくるのね」
顔面蒼白の部長は机に突っ伏したまま、己の焦りと不条理な出来事にただ震えるしかない。
昼休み、部長はようやく気づく。
(俺の焦り…何もかも、今日はうまくいかない…夢子に…負けた…しかも、反撃のつもりが…)
心の中で「今日はもう何もできない…」と諦めるしかなかった。
一方、夢子は微笑みながら台帳を確認。
昨日までの微調整が、部長の反撃を予想して倍化するように設定されていた。
「やっぱり…ポイントと現象を正しく連鎖させれば、誰も制御できないわ」
その笑みは冷静で、しかしオフィスの空気に微妙な恐怖を漂わせる。
夕方。高橋部長は自分の席に座り、頭を抱えたまま、紙の山とプロジェクターの残骸を眺める。
夢子は淡々とデスクでメールを整理する。
社員たちは気づかず、ただ日常の業務をこなしている。
しかし、高橋部長だけは今日も、夢子による不条理現象とMPの連鎖で、完全に翻弄されていた。
ラスト、夢子の心の声。
「ふふふ…反撃も、逆に楽しい波に変わるのね。これがMPの力…ブラックユーモアの極みってやつかしら」
部長の焦りと混乱は、日常的なブラックコメディとして、オフィスの空気に静かに、しかし確実に刻まれる。
そして明日も、部長の小さな反撃は夢子の操作によって、予測不能の不条理現象に変わるのだった。




