増田さんの空回りと威厳の剥落
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この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
社内の空気はいつも通り、微妙な緊張とシュールな笑いに包まれていた。
コピー機が勝手に紙詰まりを起こし、照明がわずかに点滅する。社員たちは「ああ、またか」と慣れた様子で通り過ぎていく。だが、そのすべてを冷静に眺めているのは夢子だけだった。
天下り役員――増田さんは、今日も分厚い書類を片手に、威張り散らして廊下を歩く。
「おい、これはどうなっているんだ!」
怒鳴り声に、社員たちはビクビクと頭を下げる。
仕事はほとんどしないのに、威厳だけは満タン。それが彼の社内での立ち位置だった。
窓際のデスクから、夢子は静かに目を細める。
「さすが天下り……威張るだけで“七不思議”を稼げるんだから。少しギャフンと言わせる価値はあるわね。私には優しいのに……妙な話」
彼女はそっとMP台帳を開き、数字を微調整する。すると、増田さんがコピー機を使った途端、紙詰まりが連続して起きた。
「な、なんだこれは……!」
慌てる増田さんを見て、社員たちは口元を押さえ、こっそり笑う。
さらに机のペンが勝手に転がり、資料がわずかにずれる。
夢子は柔らかな声で言葉を投げた。
「大丈夫です。落ち着いて対応すれば、すぐ解決できますよ」
不思議なことに、その言葉に導かれるように増田さんは深呼吸し、冷静さを取り戻す。だが、コピー機やペンの“偶然の混乱”は止まず、彼の威厳はじわじわと削がれていった。
午後の会議。増田さんが発言しようとした瞬間、プロジェクターがちらつき、スライドが勝手に入れ替わる。
「えっ、これは……?」
一瞬固まる増田さん。その隙に場の流れは自然と別の方向へ進み、結果的に会議は円滑に進行した。
夢子はにやりと笑う。
「ふふ……“七不思議”のさじ加減ひとつで、この人も社内の潤滑油に変わる。これは快感ね」
夕方。コピー機は直り、照明も落ち着いたが、増田さんの胸には妙な不安が残っていた。
――自分の威張り方が、なぜか空回りしている。
デスクに戻った夢子は小さくつぶやく。
「今日もMPの実践訓練は完了。さて、明日はどんな顔を見せてくれるかしら」
社員たちはまだ気づかない。だが社内の空気は確実に変わりつつあった。
増田さんもまた、知らぬ間に夢子の“掌の上”で踊らされていたのだ。




