天下り役員、夢子の手駒に
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
社内の空気はいつも通り、微妙な緊張とシュールな笑いに包まれていた。コピー機が勝手に紙詰まりを起こし、照明がわずかに点滅する。社員たちは「ああ、またか」と慣れた様子で通り過ぎていく。だが、唯一、状況を完全に掌握しているのは夢子だけだった。
天下り役員――増田さんは、その日も分厚い書類を抱えながら廊下を歩いていた。肩書きは立派だが、歩くたびにどこか空気が軋む。時折、少し疲れた表情を見せる。
増田さんが、コピー機を使っているとき突然詰まった。
役員は「ん…?」と眉をひそめ、書類を持った手が止まった。
夢子は微笑みながら近づく。
「大丈夫ですか?少し紙が詰まっているだけですから、すぐ直せますよ」
その声のトーンは柔らかく、自然で、しかし役員の心に小さく作用する。紙詰まりのストレスと微妙な困惑が、夢子の言葉で軽く緩和され、無意識に「夢子に頼る」という心理を刷り込まれるような感覚だ。
役員は一瞬息をつき、夢子に感謝の微笑みを返す。
「ありがとうございます…ああ、そうか、ちょっと落ち着いて対応すればいいんだな」
コピー機を直す間も、夢子は役員の心理に軽く触れる。小さな選択肢や判断を誘導しつつ、数字の微調整でMPを操作する。役員は知らぬ間に、夢子の意図通りの行動パターンに従う。
「ふふ…こうして紙詰まりの瞬間も、MPで操れる…心理誘導も含めれば、社内の均衡は完璧にコントロールできるわね」
心の中で思う。
コピー機の紙詰まりが解消され、役員は少しホッとした表情を見せながら再び歩き出す。その動きも、夢子の微調整によるシュール現象の一部であり、社員から見れば単なる“偶然の混乱”にしか映らない。だが夢子の目には、すべてが完璧な連鎖として理解している。
社員Aがぼそりと呟く。
「最近、増田さんの動きって……なんか絶妙じゃない?」
「偶然だろ。いや、でもあの人、会議でいいタイミングで助け舟出すんだよな」
来たばかりの偉そうな印象は何故か自然と消えていた。社員たちは首をかしげる。だが理由を知る者はいない。
夢子はデスクで微笑んだ。
「なるほど……これぞMPの最大活用。社長の寿命も、社員の気分も、増田さんの無意識の動きも、私の手中にある……」
午後の会議。増田さんは夢子の目をちらりと見てから、まるで何かに導かれるように小さな提案を口にする。その一言が、場の空気を和ませ、議論をすっと前に進めてしまう。本人は気づいていないが、夢子が数字を調整し、会議が自然と調和するように仕組んでいたのだ。
「ふふ……気づけば、増田さんは私の手駒になっているわね。MP操作の快感、たまらない……」
その瞬間、照明が一度だけ激しく点滅した。社員たちは「あー、またか」と苦笑いし、議事録を止めることなく続ける。もはや社内の日常に組み込まれた“異常”だった。
コピー機の前で増田さんが軽く紙詰まりを直す。何気ないその行動も、夢子の微調整による演出の一部。社員たちにはただの偶然にしか見えないが、夢子の目には“MPの調整の結果”として完璧に映っていた。
「社内の均衡を保つのも、時に微妙な不条理を演出するのも、すべて私次第……」
夢子はひとりごちる。社員が笑い、増田さんが動き、社長が安心する。
その全てを繋ぐ見えない糸は、MPと呼ばれる数字のなせる業だった。
日が暮れ、社内が静まり返る。夢子は椅子に深く座り、MP台帳を眺めた。
「これで社内のバランスは完璧。増田さんも、知らぬ間に私の思い通りに動く。これぞMPの魔法、いや……快楽ね」
社員たちは何も知らない。増田さんも、社長ですらも気づかない。
ただ夢子だけが知っている――社内に満ちる微妙な不条理と笑いの正体を。
夢子は唇の端をわずかに吊り上げ、台帳を閉じた。
「さあ、明日も“MP”で社内を少しだけ混乱させましょう……ふふ、これが本当の面白さよ」




