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天下り、MP会社に降臨

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

ある日、夢子の会社に奇妙な噂が流れた。どうやら国の役所か大企業から“謎に偉い人”が送り込まれてくるらしい。社員百名ほどの規模の中小企業に、年功序列の頂点みたいな人間が役員としてやって来るのだという。社内はざわつき、昼休みの食堂はその話題で持ちきりになった。


「天下りだってよ。マジかよ」

「なんでうちみたいな会社に?」

「やばいぞ。俺、名刺交換のマナーも怪しいんだが」


 社員たちはざわめきながらも、どこか滑稽に浮き足立っていた。


 夢子は自分の机に戻り、静かにMP台帳を開く。

 そこに記されたMPを、彼女だけが読むことができる。

 噂の天下り役員――名前は増田 剛。記録されているポイントの数字約10万、桁外れだった。


「……ふふ。面白い人材が来たわね」


 夢子は心の中で微笑む。社長の寿命も、会社の成長速度も、MPの増減ひとつで左右できる。

それを知っているのはこの会社で人事部だけ。増田の存在は、夢子にとって格好の“実験台”だった。


 初日。増田は革張りの椅子にふんぞり返るなり、机に書類をドサリと積み上げた。

「これを明日までにまとめておけ。それから――」

 意味不明な指示が飛び交い、社員たちは狼狽する。コピー機はガチャガチャと紙を詰まらせ、蛍光灯はチカチカと不気味に瞬く。


「なんだよ、また照明か?このビル古いのか?」


「うわっ、コピー用紙が全部黒く出てきたぞ!」


 社員たちが大騒ぎする中、夢子は目を伏せ、静かに笑みをこらえた。


「……七不思議が反応したのね。触れただけで、この有様」


 小声で呟くが、誰にも聞こえはしない。


 増田はといえば、まったく意に介していない。

「機械が壊れるのは部下が無能だからだ」

と鼻で笑い、昼休みには「昔はな、俺が電話一本で官僚が動いたんだ」などと豪語している。


 だが現実には、彼が椅子に腰掛けるだけで空調が止まり、彼が資料に朱を入れるとパソコンがフリーズした。社員たちは日々の不可解な現象に神経をすり減らし、ついには「増田が歩いた後のコピー機には近づくな」という暗黙のルールまで生まれる始末だった。


 ある日。会議室でプレゼンが始まろうとした瞬間、プロジェクターが爆音を立てて停止した。画面には「ERROR 88」という謎の文字列。社員が青ざめる中、増田は悠然と胸を張った。

「私のオーラに耐えきれんのだろう」


 社員Aが小声でつぶやく。

「……オーラじゃなくて呪いだろ」


 夢子は表情を崩さずに議事録を取りながら、心の中でくすくすと笑っていた。


「七不思議が暴れている。けれど――これを私が抑えれば、社長の寿命も会社の成長も、思い通りに調律できる」


 夜、帳面を閉じるとき、夢子は悪魔のような笑みを浮かべた。

「増田……あなたは最強の実験台よ」


 翌日からも、不可解な現象は続いた。

 増田がコピーを取ろうとすると、なぜか紙がすべて「おみくじ」の形式で印刷される。大吉、中吉、小吉――しかも本人が引くたびに必ず「凶」が出る。

 昼休みに社員食堂に現れると、なぜか増田のカレーだけが冷たい。誰も原因を説明できない。

 役員室の時計は、彼が部屋に入るたびに逆回転を始める。


 社員Bが恐る恐る夢子に聞いた。

「夢子さん、あれ……偶然ですよね?」

「オーラのせいよ。きっと」

 にこやかに答える夢子の背後で、蛍光灯がパチパチと点滅する。


 社員たちは困惑しながらも、いつしか日常に混乱を楽しむ空気すら漂い始めていた。

「今日は増田さん、何を壊すんだろうな」

「予想しようぜ。俺はプリンターに一票」

「いや、エレベーターが止まるに違いない」


 ブラックユーモアの渦中で、増田本人だけは“自分は偉いから問題なし”と思い込んでいる。


 夢子は帳面を開き、再び数字を確かめる。

「ふふ……社長の寿命も、会社の未来も変えられる。増田は、最高の駒だわ」


 社員たちが日常の不条理を笑いに変え、会社全体が奇妙な活気を帯びていく。

 そして夢子だけが知っている――この天下り役員が、社長の命運を延ばし、会社のMPを跳ね上げる最強の触媒になることを。


「面白くなってきたわね。ここからが本当の実験……」


 夢子は椅子に深く腰を下ろし、ひとり口元をゆがめて笑った。

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