月影夢子、社内シュール操縦術
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
人事部のデスクに座った月影夢子は、静かにPC画面を見つめていた。MP台帳の数字が、かすかに揺れている。
最初は恐ろしく感じたこの制度も、今ではちょっとした遊び場のようだった。
机の下で指先を軽く動かすと、蛍光灯が微かにチカチカと点滅を始める。すると廊下の書類棚の角度がわずかに傾き、コピー用紙の束が滑るように落ちる。通りすがりの小林は慌てて拾おうと手を伸ばすが、資料はまた少し滑る。
その瞬間、彼は顔をしかめ、肩をすくめるしかなかった。夢子にとって、それはただの“数字演出装置”に過ぎない。
「ふふ、どう反応するかしら……」
小林は、コピー機の紙詰まりと資料の混乱に翻弄されながらも、必死に手を伸ばす。書類の束が宙に舞うたび、彼の眉が少しずつ動き、肩の力も微かに緩む。夢子はそれを見て、内心ほくそ笑む。
“数字は増える、社内の反応は操れる、これがMPの魅力ね”
午前中、夢子は部長室の照明を少し明るくし、会議室の椅子を微妙に揺らす。
昼休みには、コーヒーカップを不自然に傾け、液面に小さな波紋を作る。社員たちは何が起きたのか分からず困惑した表情で机を整えるが、誰も悪意を疑わない。
夢子にとって、これは単なる“数字演出の余波”だ。
「ちょっとした遊び心も必要でしょう?」
夢子は独り言のように呟く。
午後、コピー機が再び紙を詰まらせた。小林が慌てて直そうと手を伸ばすと、資料の一枚がふわりと宙を舞い、彼の肩に落ちる。
「な、なんだこれ……」
思わず口をついて出た言葉に、小林自身も少し笑ってしまった。緊張で固まっていた肩の力も、少しずつ緩んでいく。
夢子は机の下で拳を握り、MP台帳の数字を確認する。ほんのわずかに増えただけだが、その数字が社内の揺れや反応にリンクしていると考えると、優越感を覚える。
“社長も、この数字の変化に気づいてるかしら……”
しかし考えたところで、社長は別の世界にいる。数字が増えれば笑い、減れば眉をひそめる。夢子はもう怖くはなかった。
“怖いんじゃない、面白いのよ。操れるのがね”
その日の午後、夢子は指先で微かに操作を加える。するとコピー機の紙が一枚、ふわりと宙に舞い、資料の山が少し傾く。小林は驚きの声を上げながら、書類を必死に抑える。
周囲の社員は困惑した表情で見守るだけだ。夢子は数字の増減と社員の反応を楽しみながら、静かにMPの原理原則を体感していた。
廊下から小林がそっと顔を出す。
「……またですか?」
夢子は軽く肩をすくめ、微笑む。小林は知らぬ方が幸せだと悟ったような表情を浮かべ、そっと引っ込む。
夕方。オフィス全体がいつもより少し静かになる。コーヒーカップは揺れるが零れない。蛍光灯は微妙に点滅を繰り返す。数字が増えれば、社長室から遠くで笑い声が微かに響く。社員たちは無意識に顔をしかめたり、笑ったりしながら、いつもと同じような日常を過ごす。
夢子はそっとPCを閉じる。今日の数字の増減は僅かだが、社内の空気は確実に変化していた。
“MPはただの制度じゃない。日常を操る道具……そしてちょっとした皮肉の演出装置でもあるのよ”
人事部のデスクで微笑む夢子。その背後で、MPによる小さな奇跡と不条理の物語は、今日も静かに社内を揺らしていた。




