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入社式と、運命の翌日

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

入社式の日。月影夢子は緊張で胸が張り裂けそうだったが、会社の内部は思いのほか普通だった。

社員たちは各々机に向かい、書類を整理したり、パソコンを操作したりしている。

初めて訪れるオフィスは、どこに行けば何をするのかさっぱりわからないものの、空気は静かで、MPのような奇怪な制度の影は微塵も感じさせなかった。

夢子は、スーツの肩が少しきつく感じられ、手のひらにうっすらと汗がにじむ。式典の会場へ進む。

白と木目を基調にした落ち着いた内装で、華美さはないが清潔感があり、初めての社会人生活への一歩で緊張が走る。


夢子は受付を済ませて、入社式に参加する。

壇上には、社長が現れた。白髪交じりの髪をきちんととかし、老眼鏡をかけた小柄なおじいちゃん風の社長だった。

目元には柔らかい皺が刻まれ、口角は少し上がっていて、初めて見る夢子にも穏やかに微笑んでいる。

声は意外にしっかりしていて、年齢を感じさせない張りがあった。


「皆さん、ようこそ我が社へ」と社長は言い、手に持った資料を軽く開いて指を滑らせる。

それら全てが長年会社を支えてきた重みを物語っている。声は低く落ち着いたトーンだが力強く、夢子はその話に耳を澄ます。

入社式は、どこにでもある普通の会社の日常だった。


夢子はその姿に、どこか安心感を覚えた。

社長の白髪は光に反射して銀色に輝き、しかしどこか温かみを帯びている。

まるで、長年この会社を見守ってきた時計のようだ。


「我が社は一つひとつの行動に責任を持ち、慎重かつ確実に歩むことを大切にしています。

 皆さんも、どうかその一歩を大切にしてください。」

そんな言葉で社長は挨拶を締めくくった。夢子は礼儀正しく頭を下げた。


夢子は一生懸命メモを取りながら、同期たちの顔を横目で確認する。

同期もそんなに多くない。今年は3名ほどだった。希望に満ちた顔をして社長の話を熱心に聞いていた。


入社式は淡々と進み、会社の規則や福利厚生、部署の説明が続く。


誰もMPの存在など気にしていない。夢子自身も、そのときはまだ、この数字が命と直結するとは思いもしなかった。


式が終わり、夢子は研修室へ案内された。そこではパソコンの操作方法や資料整理の基本が教えられ、社員の誰もが親切に接してくれる。会社は一見、平和そのものだった。




しかし次の日——運命はすぐに動き始めた。


夢子が一夜明けたオフィスで、総務部長の平岩に呼ばれる。

応接室に入ると、机の上には奇妙な一枚の紙。「+3,200MP」と大きく書かれていた。


夢子の脳裏に、昨日の社長の笑顔と声が蘇る。

あの優しそうな表情の裏に、MPという恐怖の通貨が関わっているとは夢子には想像もできなかった。

普段の社長は、白髪交じりの柔和なおじいちゃんのようで、時折笑うと目尻の皺が一層深くなる。

髪の根元から黒みが消えかけているのが、ほんのわずかに気になった程度だ。


「これが……現実なの?」夢子は心の中でつぶやいた。

責任の重さが、数字となり、目には見えない形で自分の寿命に影響する。

まだ体感はないが、じわりと背筋が寒くなる。


彼女は頭の中で、昨日の一連の出来事を反芻した。

課長の急な腹痛、そしてその課長が担当するはずだった超重要クレーム電話に、夢子が“間違って”出てしまったこと。

相手は年商500億の取引先社長——昨日見たあの温厚なおじいちゃんの顔と比較し思い浮かべると、その威圧感とは裏腹に、少しコミカルさすら感じられた。しかし、心の片隅で背筋に冷たいものが流れる。


「最後に、書類を落としたあの音……“ガシャーン!”」夢子は思わず口元を押さえた。

あの瞬間、きっと電話の向こうでは社長は眉をひそめ、少し驚いた表情をしたに違いない。

その音と責任がどう結び付くのかは疑問だった。


善意の行動が、自分に微妙な不利益として返ってくるという、理解し難い理不尽さ。


夢子は深呼吸をし、心の中で言い聞かせる。

「善いことをするほど、自分に返ってくる……。でも、目に見えないだけで、確かに影響しているのね」


窓の外を眺めると、社長の白髪交じりの髪が、昨日より少し黒々としているように見えた。

夢子の心はざわつき、身体の奥底に微かな疲労を覚えた。これが、ミステリーポイントの“肩代わり効果”なのか——。


一方で、社内は普段通りに動いている。

コピー機の音、電話の呼び出し音、同僚たちの談笑……夢子だけが、見えない数字の重さを背負っている。

ブラックユーモアのようなこの理不尽さを、夢子はどう受け止めればいいのか迷った。


こうして、入社二日目にして夢子は知った——社長の寿命をわずかに肩代わりするという、自分にとっての恐怖と日常が交錯する世界の存在を。


平岩部長はにやりと笑いながらコーヒーをすすり、夢子に告げる。


「ポイントは貯めるも自由だが、増えると少しだけ面倒なことになる……」


夢子は静かに、しかし確実に覚悟を決めた。

善行の代償は目には見えない——だが確実に、今日も彼女を試しているのだ。


背筋が寒くなる。入社二日目にして、夢子は初めて知った——ミステリーポイントは、笑い話ではなく、自分の“命”にも関わる恐怖の通貨なのだと。

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