田口のずる賢化と不可解な日常
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
仕返し作戦から数日後。月影夢子は、人事部のデスクからオフィス全体を見渡していた。
田口の動きが、どうも以前と違う。いや、変わった、というよりも……一層ずる賢くなったのだ。
まずコピー機の前。
「田口さん、この資料の件は……」夢子が声をかけると、彼は笑顔で肩をすくめるだけ。
だがその背後で後輩の鈴木くんが必死にコピー機と格闘している。紙が詰まるたび、鈴木くんは焦って駆け回る。
田口は何事もなかったかのように通路を歩き、資料を受け取り、軽やかに会話を交わす。
——本人は全く気づかないが、その背後で後輩たちが必死に働くことで、知らぬ間にMPは自然に増えている。
夢子は小さく眉をひそめる。
「……仕返しのはずが、逆にずる賢さを強化してしまった?」
廊下でも同様だ。
田口が通ると、書類の束が微妙にずれ、コピー用紙が床に滑り落ちそうになる。
後輩が慌てて拾う。
田口はそれを「偶然」としか思っていない。
しかし夢子の目には、明らかに**“操作された偶然”が織り込まれた日常**として映る。
昼下がり。夢子は高橋部長を呼んだ。
「高橋部長、田口さんの……ちょっと確認してほしいんです」
高橋はいつも通りの疲れ顔で椅子に腰掛けるが、その目は何かを察したように鋭い。
「なるほど……ああ、知ってるよ。そういうやつだ」
二人は田口を呼び出す。
「田口、最近の仕事ぶりについて話がある」
田口は軽やかに現れ、いつもの口癖を口にする。
「やっておいたから大丈夫っす」
夢子は薄く笑う。
「今日はそれじゃ通用しないんですよ」
高橋が問いただす。
「具体的に何をやったのか、教えてくれ」
田口は肩をすくめ、しかしどこか誇らしげだ。
「えっと、僕はね……部下に頼んでやってもらったんです」
——背後の後輩たちは必死に書類を整理し、コピー機と格闘し、コーヒーを運び、蛍光灯の微妙な角度まで調整しているかのようだ。
その結果、MPは知らぬ間に増えている——夢子の目には、その不条理さがはっきりと映った。
夢子は机の下で拳を握る。
「ブラックユーモア、ここに極まれり……!」
彼女の計画は、田口本人に自覚を促すどころか、ずる賢さを強化してしまったのだ。
高橋部長は肩をすくめる。
「これぞ、人事が見守るブラックコメディだな。社員は必死、でも知らぬ間にずるい奴に力が集まる……」
夢子はため息をつきながら、田口の動きを観察した。
“このままだと、次はどうなるのか……”
オフィスの不条理はさらに加速している。
田口のずる賢さ、後輩の必死さ、MPの不可思議、社長の若さ——すべてが交錯する日常。
その日、夢子は密かに決めた。
「次は、もう少し直接的に向き合わないと……MPを逃れる者には、必ず代償を」
オフィスの空気は、いつになくシュールで不気味に笑っているかのようだった。
夢子の心には、次の“仕返し計画”への火種が静かにくすぶり続ける——
そして、近い未来、田口のずる賢さがどのような結末を迎えるのか、それはまだ誰にも分からない。
ただひとつ確かなのは、オフィスの日常は、今日も不条理で、少し恐ろしく、でも確実に面白いということだった。




