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田口さん、MP仕返し作戦決行

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

 人事部のデスクに座った月影夢子は、じっと営業部の田口を観察していた。

 コピー機の光が反射する彼の顔は、いつものとおり、責任感ゼロの軽薄な笑みで彩られている。


 (……今日こそ、仕返ししてやる)


 夢子の心に決意が宿る。

 田口の口癖「やっておいたから」。その魔法の言葉で、彼は数えきれない仕事を煙に巻き、実際には他人に肩代わりさせてきた。MP台帳が示す「上がらない数値」がその証拠だった。

 なのに本人は涼しい顔でオフィスを歩き回り、幽霊のように存在感を消しつつ、ちゃっかり給料だけは受け取っている。


 ——許せない。


 夢子は人差し指を唇に当て、小さく笑った。

 「仕返し作戦」はすでに完成している。


 最初の舞台はコピー機の前だった。

 夢子はあらかじめ紙詰まりを仕込んでおき、田口が近づくのを待つ。


 「田口さん、この資料のコピー、会議までに仕上がるんですよね?」


 彼は相変わらずの調子で肩をすくめる。

 「やっておいたから、大丈夫っす」


 夢子はにっこりと笑った。

 「さすがですね。でも、コピー機、今日はちょっとご機嫌斜めみたいですよ」


 次の瞬間、コピー機が無情にもガガガと唸り、紙をぐしゃりと吐き出す。

 「え、あれ……?」田口の額に、初めて汗がにじむ。


 次なる舞台は廊下だ。

 夢子はわざと肩をぶつけ、田口の手にあった書類を床に散らす。


 「大丈夫ですか? あっ、田口さん、これ落としてますよ」


 拾い集めようとした書類が、風に煽られコピー機の投入口へと吸い込まれそうになる。

 「う、うわっ……!」田口は慌てて飛びつき、危うく顔をぶつけそうになる。


 夢子は小声でつぶやいた。

 「ふふ……これで少しは、責任ってものを思い出すかしら」


 だが、夢子の作戦は「舞台装置」だけでは終わらない。

 仕上げは、営業部長・高橋を巻き込んだ“公式の問いただし”だった。


 昼下がりの会議室。

 高橋が腕を組み、田口を真正面から見据える。

 「なあ田口。夢子ちゃんが言うんだ。お前の“やっておいたから”ってやつ、そろそろ説明してくれよ」


 田口は目を泳がせる。

 「いや、その……やっておいたんですよ。だから大丈夫っす」


 「大丈夫かどうかを聞いてるんじゃない。何を、どうやって“やった”んだ?」高橋の声が鋭くなる。


 「えっと……やるべきことを……やったっていうか……やる感じを出したというか……」


 「出した?」


 「ええ、つまり、やっておいた“雰囲気”を……」


 会議室の空気が凍りついた。

 高橋は天を仰ぎ、「雰囲気で仕事すんな」と吐き捨てる。

 夢子は机の下で拳を握りしめ、心の中で拍手を送った。


 その時、不思議な現象が起きた。

 会議室の照明がチカチカと点滅し、田口の背後のホワイトボードに置かれたマーカーが次々と床に転がり落ちる。まるで、彼の「やっておいた」が虚構であることを暴くかのように。


 「な、なんすかこれ……」

 田口は青ざめ、椅子をがたんと倒す。


 夢子は冷ややかに微笑んだ。

 「田口さん。“やっておいたから”じゃ通用しない日もあるんです」


 その声は優しく響いたが、言葉の刃は鋭く田口の胸を突き刺した。


 高橋は机を軽く叩き、話をまとめる。

 「要は、お前は“やっておいた”んじゃなく、“やらせておいた”だけだろ。なあ、田口?」


 田口は口をパクパクさせた。

 「いや、その……やらせたというか……やっていただいたというか……」


 「どっちでも同じだ!」高橋の一喝に、会議室の蛍光灯が一斉に点滅した。


 夢子は心の奥で呟く。

 (……MP制度のことは秘密。でも、これで田口さんも、少しは社長の“若返り燃料”を提供してくれるかしら)


 コピー機が廊下で不気味に唸り、給湯室のコーヒーメーカーが泡を吹き、社内のシュールな現象が次々に重なっていく。


 まるでオフィス全体が、田口を「幽霊社員」から「責任ある存在」へと引き戻そうとしているようだった。


 会議の終わり。

 高橋は肩をすくめ、夢子にだけ聞こえる声で囁く。

 「……夢子ちゃん、なかなかやるな。お前の仕返し、俺は嫌いじゃない」


 夢子はにっこり微笑んだ。

 「ありがとうございます。これで少しは、田口さんも“生きて働く”実感を持ってくれるといいんですけど」


 ——オフィスに漂うシュールな静けさ。

 田口の顔からは血の気が引き、コピー機はまだ紙を吐き続けている。


 夢子の胸には、奇妙な満足感が広がっていた。

 それは仕返しの達成感であり、同時にブラックユーモアめいた“正義感”でもあった。


 (MP台帳に、今日の数字がどう現れるか……楽しみね)


 そう思いながら、夢子は背筋を伸ばし、再び人事部のデスクに戻っていった。

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