婚約破棄した相手の復縁の求め方がヘタクソ過ぎる
少しでも笑っていただけたら嬉しいです。
※タイトル詐欺みたいになっていたので、タイトルを変更しました。申し訳ありません。
……あ、またいる。
わたくしの元婚約者
──ヘタクソカ侯爵家の令息ジェイスが。
なんで毎回、あの石畳の上なのよ。
しかも、今日も全身が土まみれって……
わたくしと目が合った瞬間に、膝をつくのも、いつも通りね。
花束も持ってるし……もう、何度目なのよ、それ。
「マリーナ! すまなかった。お願いだ、話を聞いてくれ!」
いつも通りね。まずは謝罪から入る。もはや「ごきげんよう」という定型文みたいよ。
「ジェイス、あなた……今度は何を演出してるつもり?」
「演出なんかじゃない! 本気なんだ! 俺が君を裏切ったこと、心の底から後悔してる。だからせめて……思い出だけでも語らせてくれ!」
「断るわ。というか思い出って何を語る気よ?」
「あの春の夜のことを覚えてるか!? 君が白いドレスを着てて、月明かりが君を照らして……まるで夢の中だった。俺、手が震えてたんだよ!」
「そのあと、わたくしのドレスの裾を踏んづけて転ばせたの、忘れてないわよ?」
「それはお返しさ。あの瞬間、俺の心は君に完全に踏み潰されてたんだ。だから、君の心も踏み潰したんだ……」
ぽか~ん……だわ……。
『心を踏み潰す』って、どんな比喩よ……。
え、死んでない?
わたくしの心が物理的な攻撃で殺されてない?
「僕の心は、君の笑顔で蘇生されたんだ……」
やっぱり、死んでるわ……。
ジェイスの心は生き返ったけど、わたくしの心は……?
「マリーナ……君の全てを愛している……。今でも、そしてこれからも……」
だから、わたくしの心は! 放置なの!?
気になるから聞くしかないわ。
「ねぇ、わたくしの心は死んだままなの……?」
「あと、君の歌声で僕の心は、いつも生き返った。だから僕は、『生まれたての小鹿』のようになった。見てごらん……。足が震えているだろう」
いやいや、
確かに足がプルプル震えているけど……。
え、無視?
わたくしの質問は無視?
「そうだ、『マリーナ詩集』……持ってきたんだ。朗読していいか?」
「断るわ。燃やして灰にしてから出直して」
「『マリーナのまつ毛は神の筆』って詩から入ろうと思ってたんだ」
「わたくしの話を聞いてよ! しかも、どんな詩よ!」
「『マリーナのまつ毛は神の筆』
作:ジェイス・ヘタクソカ
マリーナのまつ毛は 神が最後に与えた筆
一瞬のまばたきで、空が裂け
二度目で、山が吹き飛び
三度目には、太陽が黙って沈んだ
君が目を閉じただけで、
海が割れ 大地も割れた
まつ毛が風に揺れるたびに
月の一部が欠けていく
そして今──
僕は、崩壊した世界の中心で
そのまばたきを、もう一度お願いしている
滅んでもいい、
君の愛があれば……!」
ドヤ顔……してる……。
いやいや、なんでそんな壮絶な破壊力持ってるの!?
わたくしは邪神?
世界を滅亡させる存在?
「君こそが、僕の世界の『魔王』なんだ!」
じゃ、邪神じゃなかった……
魔王だった……
でも、どういうこと……?
わたくしは、愛されているの?
それとも、恐れられているの?
「じゃあ、次の詩を読むよ……。『おじいちゃんの肋骨が一本多い』」
え、なんなの……そのタイトル?
わたくし、関係なくない?
「『おじいちゃんの肋骨が一本多い』
作:ジェイス・ヘタクソカ
おじいちゃんには
十三本の肋骨があった
普通の人より一本多いらしい
ある夜、おじいちゃんは静かにこう言った
「これは恋の残り香だ」
若き日に、ただ一度だけ
心の底から、魂の奥まで
『好きだ』と叫んだとき
肋骨が、ぽん、と生えたのだという
十三本目の肋骨は、
『心が本気で震えた時』だけ
人間に生えるのだ──
……僕の胸にも、ある
これはたぶん、
おじいちゃんから受け継いだ──
愛の形
そのうち、
十四本目が生えたらどうしよう、と
ちょっとだけ心配している
愛しているよ、マリーナ」
……うん、
わたくしが関係あるのは、最後だけじゃない?
また、ドヤ顔しているし……
「それじゃあ、今日の最後の詩を朗読するよ……。聞いてください、『りんごをかじったら、歯茎から血が出た』」
え、今度は何? 日記なの?
「『りんごをかじったら、歯茎から血が出た』
作:ジェイス・ヘタクソカ
りんごをかじったら、
歯茎から、血が出た
赤い果実に、赤い雫
これは祝福か、呪いなのか──
それともただの、朝の出来事か
血の味は、少し懐かしかった
遠い昔、転んで膝をすりむいた日を思い出した
僕は黙って、もう一口かじった
何も言わない、何も聞こえない
ただ、血の味が広がる
それでも僕はかじり続けた
それが、僕の選んだ朝食だったから
終わりは、静かだった
血の味は、もうなかった
でも確かに、ひとつの戦いだった
そして僕は、その戦いの勝者だった」
そっか……
良かったね……
頑張ったね……
ん、何か口をパクパクしているわ……
「アン…… コー……ル…… アンコール!」
はっ!
し、しまった……
アンコールって言ってしまったわ!
や、やばい……
ジェイスが満面の笑みを浮かべている……
「ありがとー、じゃあ、アンコールにお応えして……聞いてください、『馬』」
馬!?
今度はタイトルが詩っぽいわ……
「『馬』
作:ジェイス・ヘタクソカ
僕の馬は茶色の毛
本当は白馬が良かったのに……
茶色の馬に跨がるとき
茶色の服が着れない……
『お前、そんなに茶色が好きなのか?』
そんな言葉を言われそう
だから、茶色の服が着れない
茶色の服が好きなのに……
茶色は木のイメージ
土の色でもある
だから、落ち着いて見られる
大人に見られたい
でも、うんちの色も茶色さ」
ぽか~ん……だわ……。
この詩のタイトルは『馬』じゃなくない?
『茶色』で良くない?
しかも、私は全く関係なかった……
最後に、うんちだし……
「じゃあ、マリーナ。また来るよ」
ジェイス……
あなたは、何をしに来たの……?
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