第7話:再会と誓い
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強烈な光が視界を覆い、耳鳴りが遠ざかっていく。
次の瞬間、俺は現実の《第五訓練遺跡》の広間へと引き戻されていた。
まだ、空気が重い。
だが、記憶の中で感じていた、あの息が詰まるような絶望とは違う。
俺の足元には、崩れかけた石畳。
すぐ横には、誰かが倒れていた形跡。
そして、目の前には――
「アイン君っ!」
リリスの声が響く。
振り向いた瞬間、彼女が駆け寄ってきて、そのまま俺に抱きついた。
力強く、そして震えるような抱擁だった。
「よかった……! 帰ってきてくれて、本当によかった……!」
その声が、胸に染みる。
温かい。優しい。……それでいて、切実だ。
俺は、そっとその背に手を添えた。
「……ただの迷子になってただけさ。ちょっと派手にこけただけ」
努めて軽く言う。
リリスの肩がピクリと動いた。
そして、呆れたように、でも安心したように、小さくため息をついた。
「ほんと……もうちょっとだけ、心配したんだから」
俺は笑った。
でも、その笑顔の奥で、自分の中に確かに芽生えたものを噛みしめていた。
――決意。
俺は、過去と向き合った。
失ったものは戻らない。
それでも、生きて、前に進む。
だけどそれを声高に語るつもりはない。
英雄ぶる気もない。
俺は――
(“凡人”でいいんだ)
皆の前では、普通でいよう。
ちょっとだけ、できる奴くらいでちょうどいい。
何も知らないフリをして、のらりくらりやり過ごせばいい。
それで十分だ。
本当に力が必要な時だけでいい。
本当に、守るべき何かがある時だけ――
「……お前こそ、大丈夫だったか?」
リリスの顔をのぞき込むようにして訊くと、彼女は少しだけ表情を和らげてうなずいた。
「うん。アイン君が、帰ってくるって信じてたから」
少し照れるように言うその姿は、いつものクールさとは少し違って見えた。
「……バカみたいでしょ?」
「いや。ありがと」
素直に、そう言えた。
それだけで、今はいい。
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崩れかけた“封印の間”の奥から、なおも微弱な魔力のうねりが漂ってくる。
この遺跡は、まだ終わっていない。
だが、俺の中の迷いは終わった。
リリスが、横に並ぶ。
彼女の氷の魔力が、ほんの少し空気を引き締める。
「……これから、どうするの?」
リリスが尋ねる。
俺は少しだけ間を置いて、肩をすくめる。
「さてね。とりあえず、凡人らしく無茶はしない、ってことで」
「……ふふ、似合わないよ、そういうの」
「そうか?」
笑いながらも、俺は視線を封印の奥へと向ける。
(力は、使うときだけ使えばいい)
(本当の力ってやつは、騒がない方が強いって……昔、誰かが言ってた気がする)
「行こうぜ、リリス。もう少しだけ、奥を見てこよう」
「うん。私も……あなたの横で戦いたいから」
彼女のその言葉が、じんわりと胸を満たす。
俺は、リリスと並んで歩き出した。
凡人を装って。けれど、心の奥では、確かに“覚悟”を灯して。
――それが、アイン・クラウスとしての、新しい在り方だった。
(続く)