第5話:封印が“ざわめいた”日
数日後。
俺たちは、課外授業のために《第五訓練遺跡》と呼ばれる山岳遺跡へとやってきた。
険しい崖と苔むした石碑、そして山全体に漂う“魔力の濃度”が異様に高い。
「空気、重いね」
隣でリリスがぽつりとつぶやいた。
その銀髪が、冷たい風にふわりと揺れる。
俺は頷きながら、周囲を警戒する。
「……まるで、生きてるみたいだ」
ぞくり、と背筋を冷たいものが走る。
この場所、どこか“懐かしい”。
いや、違う。“知っている”気がする。
(やっぱり、ここには何かある)
遺跡の入り口に立つと、ミランダ先生が振り返って言った。
「それじゃあ、ここから先はペア行動になります。制限時間は三時間。無理はしないでね!」
生徒たちは次々と遺跡に入っていく。リリスと俺も、その流れに続いた。
生徒たちは順に遺跡へと入っていく。
俺とリリスも、その流れに続いた。
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遺跡内部は、昼間にも関わらず薄暗く、光の届かない奥から湿った空気が漂ってくる。
天井は高く、壁には古代文字のような模様がびっしりと刻まれていた。
足を踏み入れるたび、石畳の床がわずかにきしみ、どこかから水が滴る音が反響している。
「……空気が淀んでる。普通の遺跡じゃないね、やっぱり」
リリスの声は静かだが、その瞳は警戒心に満ちていた。
俺もこの場所に来てからずっと、何かが内側で“ざわついて”いる。
「こっち。微弱だけど、魔力の流れを感じる」
リリスが迷いなく先を歩き出す。
その姿は、まるでこの遺跡の構造を知っているかのように確信に満ちていた。
「……お前、やけに手馴れてないか?」
冗談めかして聞くと、リリスはふと足を止め、少しだけ表情を曇らせる。
「……昔、似たような遺跡に来たことがあるの。子供の頃にね」
「誰と?」
「……覚えてない。たぶん、忘れた方がいい記憶」
それ以上は聞けない空気だった。
沈黙の中、しばらく黙ったまま進むうち、通路が開けて広間へと続いていた。
天井の高い石造りのホール。崩れかけた柱がいくつも並び、まるで古代の神殿のようだ。
「なんだ、ここは……」
「……中心部。あの地図にあった“封印の間”の直前、たぶん」
リリスが言い終えるより早く。
――ドンッ。
突然、頭の中に“何か”が流れ込んできた。
焼けつくような熱と、寒気を同時に感じる奇妙な感覚。
思わず、膝をついた。
「アイン君!?」
リリスが駆け寄る。けど、その声さえも遠く感じた。
頭の中に、火の粉が舞うような記憶が流れ込む。
暗い夜。紅蓮の炎。誰かの悲鳴。血の匂い。――あの夜の記憶。
そして、俺の封印の“内側”がざわめいていた。
『おまえは、まだ終わっていない』
(……なんだ、これ)
鼓動が速まる。封印の縁が、わずかに軋む音がした。
「アイン君、聞いて……!」
リリスが俺の手を強く握る。
その瞬間、不思議と、苦しみがすっと引いた。
「……お前、なんで……」
「たぶん、ここはあなたの魔力と“リンク”してる。だから、刺激された」
リリスの表情は真剣で、でもどこか悲しそうだった。
「ねえ、アイン君。ここで何があったの?」
「……知らない。けど、知ってる気がする」
自分でも矛盾してると思う。でも、それが正直な気持ちだった。
すると――
バキッ。
石壁の一部が崩れ、魔力の奔流と共に、何かが這い出してきた。
黒く濁った目を持つ、魔物。
しかも一体じゃない。三体。どれも、そこらの訓練用魔獣とは格が違う。
「アイン君、下がって」
リリスが前に出ようとする。その手には氷の刃が生まれていた。
でも、俺は。
「……違う、今度は俺が前に出る」
そっと、手を胸に当て、封印に触れる。
(まだ完全には開けない。けど、少しだけ――力を貸してくれ)
胸の奥で、何かがうなずいた気がした。
右手が、黒い光を帯びる。
そして、魔物の一体がこちらへ跳びかかる――!
――瞬間。
封印の力が、ほんの一瞬だけ“開いた”。
黒き光が走り、魔物を吹き飛ばす。
「黒い稲妻……?」
遺跡内に、静寂が戻った。
「……アイン君。いまの、あなたの……」
「……少しだけ、開けた」
そう言う俺を、リリスがじっと見つめていた。
その瞳は、どこか安心したようで――でも、深く何かを決意しているようだった。
「やっぱり、ここには来るべきだったんだね」
「……お前、何を知ってるんだ?」
「それは、、、、」
リリスが微笑む。
その笑顔が、なぜかやけに遠く感じた。
⸻
(続く)