第4話:繋がる過去と、交わした小さな約束
──翌日、朝のホームルーム。
「はーい、みんな注目!」
ミランダ先生の弾む声に、教室の空気が一変した。
ざわつきながらも、全員が視線を向ける。
「来週から、課外特別授業をやります!」
ぱちぱち、と小さな拍手が起こる。
……が、俺はすでに嫌な胸騒ぎがしていた。
(課外特別授業……?)
それは、学園外で行われる実戦形式の特別訓練。
普通の授業とは違い、実際に魔物と遭遇することも珍しくない、まさに”地獄週間”だ。
さらにミランダ先生は、さらっと恐ろしいことを口にする。
「今回はペア単位で行動してもらいます! パートナーはこの前と同じ!」
どよめく教室。
少しざわつきながらも、みんななんだかんだ楽しそうだ。
――俺以外は。
ちらりと横を見ると、銀色の髪を揺らしながら、リリス・アルヴェーンが俺に手を振った。
無表情なのに、なぜか存在感だけは抜群だ。
(……絶望)
心の中で、何度も叫んだ。
しかも、先生の追い打ちは止まらない。
「今回の課題は、“遺跡調査”です! 古代遺跡を探索し、内部にある指定アイテムを回収してきてもらいます!」
遺跡。調査。
しかも魔物が出るかもしれないおまけ付き。
(おい……俺の静かな学園ライフはどこへ……)
崩壊どころか、火の海だ。
⸻
放課後。
嫌々ながらも、俺はリリスと一緒に、寮のラウンジで作戦会議をすることになった。
テーブルには、リリスが持ち込んだ地図が広げられる。
古びた羊皮紙。
ところどころ焼け焦げた跡まであり、見た目だけで不穏さを醸し出していた。
「これ、どうやって手に入れたんだ……?」
俺が眉をひそめると、リリスは無表情で答えた。
「ちょっと、裏ルート」
まるでコンビニでジュースを買ったみたいなテンションだ。
(……こいつ、どんな交友関係してるんだ)
俺は若干引きつつ、地図に目を落とす。
中央付近に、奇妙な記述があった。
《中心部に、“封印の間”あり》
封印。
その言葉を目にした瞬間、胸の奥が凍るような感覚に包まれた。
冷たい汗が、背筋を伝う。
「アイン君……顔色、すごく悪い」
リリスが俺の顔をのぞき込む。
その瞳は、相変わらず何かを見透かすように澄んでいた。
「この遺跡に、なにか……?」
「……どういう意味だ」
つい、声を強めて問い返してしまう。
リリスは一瞬だけ目を伏せ、そして、少しだけ戸惑うように口を開いた。
「――なんでもない」
何かを隠している。
そんな気がした。
けれど、その先に続いた彼女の言葉は、俺の予想を裏切った。
「でも、一つだけ、言える」
リリスは、俺をまっすぐ見据え、静かに笑った。
「私は、あなたを助けたいって思ってる」
不意打ちだった。
予想もしていなかった真っ直ぐな言葉に、俺は一瞬、何も言い返せなかった。
信頼、というにはあまりにも重い。
けれど、否定できない温かさがあった。
(……ずるいだろ、こんなの)
胸の奥で、何かが静かに、でも確かに揺れた。
リリスは小さく手を伸ばした。
「じゃあ、約束ね」
小さな手。
けれど、そこに込められた意志は、どんな盾よりも強く感じた。
「次の遺跡調査、絶対に一緒に生きて帰ること」
俺は、少しだけ迷った。
けれど、目の前の少女の覚悟を、裏切ることはできなかった。
そっと手を伸ばし、その小さな手をぎゅっと握る。
「……ああ。約束だ」
力強く、静かに、そう返した。
――だが、この時はまだ知らなかった。
俺たちが踏み込む“封印の間”が、
そして、そこで待つものたちが、
どれほど残酷な運命を連れてくるのかを――。
⸻
(続く)