歯に沁みる
女性 想定20代後半〜30代前半。
彼氏が仕事で出張中の女性。
働き盛りの彼女は、家に帰ってきて何を思うのか。
ぱこんっ。
冷え切った室内に、冷凍庫を開く音がひびく。
有難いことに、近所にCostco商品を小売りする無人販売店が出来たお陰で、夕飯の支度が楽になった。
家に帰ってコートも脱がずに、冷凍食品と作り置きを電子レンジにかける。
それから暖房やらテレビを付けお湯を2リットル沸かす。
私って静かな家にいると悲しくなるみたい。
見やる事すらないテレビの音にこれだけ慰められるのだから。
沸いたお湯で会社の後輩に貰ったルイボスティーを入れて、机に夕飯を並べる。
立ち上る湯気を見て、ようやっと生きた気持ちがした。
台所シンクにボウルを置き、手拭いと一緒に残りのお湯を注ぎ込む。
火傷しないよう手拭いを菜箸で取って絞り、ストッキングを脱いでサッと手拭いで足を拭いた。
使い終わった手拭いをポーンと洗濯機に投げて、ストッキングは洗剤と一緒に残り湯に浸ける。
そうして、ふわふわのスリッパを履いて椅子に座る。
でもコートは着たままなの。
ちょっと可笑しいかしら。
でも部屋は寒いし、お腹はペコペコで我慢ならないからこのまま食べてしまうの。
ガリッと歯に当たる感じがしたと思ったら、冷たさが歯に沁みた。
全部まとめて電子レンジにかけたから、温め切れなかったんだわ。
冷たさに顔を顰めていると無性に淋しくなった。
ここに彼が居たらーー虫歯じゃないのかーーって揶揄ってくるだろうに。
そうしたら私はこう返すの。ーーあらただの知覚過敏よ、1日で貴方の素敵な彼女を忘れたのーーって。
怒っているフリをして言い返していれば、彼は吹き出して微笑みはじめて、私も1日の疲れを忘れてなんだか笑ってしまうの。
そう。いくらテレビを付けて音を流しても、1人お風呂に長く入ってリラックスしても、私が求めているものとは何かが違う。
2人の寝室をサッと手早く掃除する。
冷えやすい足先がさらに冷えている気がして、寝る時用の靴下の上から更に彼の靴下をはいた。
あら、意外と履けるものだわ。温かいし。
布団に潜り込んで、携帯で明日の仕事を確認してから、彼が出張から帰ってくるまでの日数を数える。
彼が出張から帰ってきたら夕飯に何を作ってあげようか、冷凍食品では駄目だわ。なんだか淋しくなってしまうもの。
やっぱり揚げ物かしら。それともハンバーグ?
肉物を買い込んでおかなくちゃ。
そんなことを考えながら、私は瞼を閉じた。
【お題】提供:お茶々
冷凍食品(無人販売)・靴下・遠距離恋愛・なんか違う(コレジャナイ感)・虫歯