二人三脚をやりたくない!!
『超制限じゃんけん』――それはカードを使ってじゃんけんをするゲーム。僕は川上さんとこのゲームで勝負することになった。僕が勝てば川上さんになんでも一つだけ命令でき、逆に川上さんが勝てば二人三脚をやらなければならない。
ちなみにルールはこんな感じだ。
・お互い、三枚のカードを使って勝負する
・カードには三種類あり、グー、チョキ、パーがある
・先攻がカードを出したあと、後攻がカードを出す
・勝敗の決め方は通常のじゃんけんと同じ
・使い終わったカードは二度と使えない
・三本勝負
・先攻、後攻は交代で行う
一見、単なる運否天賦の勝負であり必勝法なんて無いような気もする。しかし、僕はゲーム開始前から自分の勝利を疑っていなかった。
「じゃあ、出すよ~」
川上さんは全く悩むことなく、手札から一枚のカードを取り出して場に出す。それを見た僕は、自分の手の中のグー、チョキ、パーのカードを確認した。
普通に考えれば、相手に勝つ確率は三分の一。ただし僕はあいこでも勝ちなので、実質的には三分の二。適当にカードを選んで出しても問題ないけど……。
「これは……グー?」
場に置かれたカードを指差しながら、彼女の顔を伺う。川上さんの表情は動かない。
「じゃあ……チョキ?」
川上さんは動かない。
「なるほど、パーか」
「うひゃあ……!?」
ひっくり返ったような声に、開いたり閉じたりと忙しない口。彼女は間違いなく動揺していた。むしろ露骨すぎるくらいには。
でも、僕は知っている。川上さんは、カードの正体を言い当てられたフリができるほど器用ではないと。ならば、取るべき選択は一つだ。
僕は手札からチョキのカードを人差し指と親指で摘み、場にセットする。そして、お互いのカードを裏返しにした。
僕がチョキで川上さんがパー。一戦目は僕の勝利だ。
「ぐ、くそぅ……」
顔を伏せてこぶしを握り締め、悔しそうに呟く川上さん。やっぱり分かりやすい。
表情、しぐさ、声の調子……。それらを隠すのが苦手な川上さんに、心理戦で僕が負ける要素なんてない!
使い終わったカードを隅に置き、続いて二戦目。川上さんは先ほどとは違い、ゆっくりとカードを場に置いた。気づいているのかもしれない。この二戦目が終われば、残りのカードはお互いに一枚のみ。三戦目は自動的に勝敗が決まる。つまり、ここが正念場だということを。
でも、やることは変わらない。僕はさっきと同じようにカマをかける。
「グー?」
川上さんの肩が僅かに動いたように見えた。ただ、さっきと比べてイマイチ分かりにくい。
「チョキ?」
「…………」
今度は変化を見出せない。楽勝だと思っていたけれど、案外ちゃんと物事を考えているようだ。
「う~ん……」
悩んだ結果決め切れなかったのでまた同じように揺さぶりをかけてみたが、特に反応が変わらない。……これはかなり難しいぞ。ここまで動揺をスッと消されると、決め手に欠けるなぁ……。
「……よし」
悩みに悩んだ末、僕はグーを出すことに決めた。理由はほぼ直感に近いが、尋ねたときの反応がチョキの場合よりも少し大きかった気がしたからだ。
恐る恐るグーのカードをセットする。……大丈夫だ。人間、いきなり変わることはできない。どれだけ動揺を押し殺そうとしても、必ず何かしらにその痕跡があるはず。僕はそれを見抜けたはずなんだ。
「じゃあ……開くよ?」
「う、うん……」
僕たちは伏せたカードに手を付ける。彼女がグーを出せば二戦目はあいこになる。だが、そうなると自動的に三戦目の勝負では僕がパー、川上さんがチョキとなってしまい、一回でも負けたら僕の負けという約束がある以上敗北してしまう。
泣いても笑っても、ここで全てのケリがつくのだ。
覚悟を決めて、僕はカードを裏返す。もちろんそのカードはチョキだ。同時に、川上さんも同じようにカードの表裏を逆転させた。僕はそのカードを……カード、を?
「え、は、はあ?」
目をこすってもう一度確認する。だが、確かに目の前の光景は変わらなかった。僕は自分の頭がおかしくなったのではないかと一瞬疑うほどに、信じられなかった。
彼女が伏せたカード――それは、パーだったのだ。
「よしっ! 私の勝ちだね!」
素直に喜びを露わにする川上さんをよそに、僕はただひたすらに困惑するほかなかった。
「い、いや、え? な、なにこれ? どういうこと?」
ありえないのだ。彼女は一戦目でパーを出したはず。なのに、どうしてまたパーが場にあるのか。
「う~ん。まあ実は、ね? こういうことなんだ」
そう言って、川上さんは手元に残った最後の一枚を僕に見せた。それを見た僕はもっと戸惑った。なんと、それもパーだったのだ。
つまり、彼女が持っていたカードは三枚ともパーだったということになる。
「いやいや! これってイカサマじゃない!?」
納得できない事態に、毅然とした態度で抗議する。だって、そうじゃないか。グー、チョキ、パーの三つのカードで勝負するってルールに――
「ううん、イカサマなんかじゃないよ。ルールをよく見て!」
何言ってるんだ。絶対イカサマだよこんなの。僕は若干イラつきながら、渋々ルールの書かれたノートを見てみた。
・お互い、三枚のカードを使って勝負する
・カードには三種類あり、グー、チョキ、パーがある
「……ん?」
よく見ると、三枚のカードを使うとはあるが、その三枚がグー、チョキ、パーでなければならないとは書いていない。つまり――全部パーでもありってこと!?
「い、いやいや! こんなの認められないよ! だって、だって……こんなのズルいじゃん!?」
自分でも分かっていた。駄々をこねる子どもみたいに、往生際が悪いってことは。でも、内心侮っていた川上さんに完全にしてやられたという事実を、どうしても認められなかった。はっきり言って、めちゃくちゃ悔しい……。泣きたい。
そんな無様な僕を気遣ってかは分からない。川上さんは目を伏せ、申し訳なさげにこう言った。
「……まあ確かに、私もちょっとズルいかなぁって思ってたんだ。だから、こうしない?」
僕の目を痛いほど見据えて、彼女は人差し指をピンと立てた。
「二人三脚は一緒にやってもらうけど、幸田くんも私に一つ命令できるってことで。要するに、引き分けって感じで」
「ううん……」
痛み分けってことか。川上さんにアレを聞けるのはいいけど、二人三脚をやってまで聞きたいかっていうと微妙なところだなぁ……。
ただ、やや納得いかないとはいえ、僕がゲームに負けたのは事実。それなのに、僕に配慮して譲歩をしてくれた。そこを考慮せずにうだうだと不平不満を垂れ流すのは、いくらなんでもカッコ悪すぎるのではないだろうか。
二人三脚は確かにやりたくない。でも、これ以上川上さんに醜態をさらし続けるくらいなら――
「……分かった」
苦渋の思いで承諾した。すると、咲き誇る花畑のような笑顔で、川上さんは僕の手を素早く手に取った。あまりにもスピーディーだったので、全く抵抗できずされるがままになってしまった。
「良かった!! 二人三脚、一緒に頑張ろうね!!」
「う、あ、う、うん……」
握り締められた手を離そうとしても、彼女のとんでもないパワーの前には無力だった。そのせいで、近くにある川上さんの顔から逃げることができない。
パーソナルスペースに無理やり入り込む侵入者にたじろぎながら、僕は深く大きく、そして強くため息をついた。が、その侵略者は恐ろしいことに、満足気な微笑みを浮かべ続けていた。