二人三脚をやりたい!!
体育祭。それは大して面白くもない、虚無に塗れた学校行事。
こう評するということは、つまり僕は体育祭があまり好きではない――いや嫌いという感情を持っているということだ。
理由はシンプル。僕の運動神経が壊滅的だからだ。走れば亀のごとき進みの遅さ、跳ぶ姿は魚のように惨め。運動するたびに自己肯定感が消えていくわけだ。僕が時折、大学生になりたくて仕方がない衝動に駆られるのもこれが原因だ。
ただまあ、小、中に比べればだいぶマシだ。あのときの体育祭は異常だった。勉強の量がそれほどではないせいで無駄に練習時間が長く、加えて生徒たちがその行事に注ぐ情熱にもついていけなかった。高校は良くも悪くも淡白で、心を無にすればいつの間にか過ぎ去ってくれる。
そういえば、そんな感じのことを川上さんに言ったことがあった。全く共感してくれなかったけど。
「よ~し。じゃあ障害物競走最後の一人は日向で決まりだなあ」
担任の教師がめちゃくちゃダルそうに言う。この先生はいつもこんな感じで、身なりもかなり汚らしいため生徒ウケがすこぶる悪い。ただ、僕はこの適当さが結構好きだ。無関心で全く干渉してこないというのは、人と関わるのが苦手な僕にとって超お気楽。
「じゃあ、最後だな。……二人三脚。男女二人でやるやつだが、誰かやりたいやつはいないか~」
「…………」
誰も何も言わない。皆一様に目線を先生からずらしていた。そんなにやりたくないのか。もちろん僕はやりたくない。でも、これって付き合ってる人同士がやるやつだよな。まさかクラスで誰も恋愛関係に至っていないのか。これだから最近の若者は困るよなぁ。少子化が進むわけだ。
「はいは~い! 私がやりま~す!!」
しかし、沈黙を打ち破る大声が隣から響き渡った。堂々と右手を挙げて立候補したのは、僕の隣の席でニコニコしている川上さんだった。
正直、そんな気はしてた。こういうの好きそうだし。最初に何も言わなかったのは、たぶんカップルたちに配慮したんだろう。
「お~、さすが川上だな。あとは男子だけだ。誰かいないか?」
心無い賞賛の言葉を投げかけたあと、今度は男子に重点的に視線を移してきた。もちろん男子たちは窓の外を見たり、シャーペンを器用に回したり、先生の向こう側を見ていた。ちなみに僕は人生について深く考えている。
「みんな酷いな~。これじゃあ私が人気ないみたいじゃんか~」
「ま、あんたと組んだら酷い目に合いそうだからね……」
ほうぼうから笑い声が聞こえる。川上さんと田山さんのコンビはやはり息が合ってるなぁ。
そのとき、小学校からお馴染みの規則正しい音がスピーカーから鳴った。先生は大きくため息をついき、先ほどまでよりももっとダルそうな態度を取っていた。
「はぁ……。じゃあ明日また聞くわ。誰もいなかったらくじ引きとかで決めるからな。そんじゃ、ホームルームに入るぞ」
ホームルームが終わり、僕はすぐに教室を出た。今日は珍しく川上さんに絡まれることはなかった。
次の日の朝。僕はいつも通りに登校してきた。すると、すでに川上さんが席についていた。まあそんなに珍しいことじゃない。僕が教室に入ってくるなり、彼女は満面の笑みを向けてきた。
「おはもーにんぐ! いやぁ今日もいい天気だね!」
「……そうだね。曇りって結構過ごしやすいし」
ちょっとズレた会話をしながら僕は着席した。鞄から本を取り出していつも通り楽しもうとすると、川上さんは机の前に立ってきた。これもそんなに珍しいことじゃない。……そう、さっきから珍しいことはないんだ。なのに、どうしてだろう。なぜか嫌な予感がする……。
彼女はノートとトランプと同じ大きさの紙を何枚か持ちながら、ひまわりのような純真な笑顔をしていた。……なんだこれ?
「どう? 私と勝負しない?」
「え、勝負?」
「そう。その名も『超制限じゃんけん』」
川上さんは手に持ったノートと六枚の紙を机に乗せた。開かれたノートには数行の文字が並べられており、六枚のうち、表になった三枚の紙にはカタカナでグー、チョキ、パーと書かれていた。……ネーミングには若干の問題があるけれど、大体何をするのか分かった。
「昨日、寝ないで考えてね。ようやく発案したゲームなの」
「……あ、そ、そうなんだ。凄いね」
オリジナリティは感じないが、もし自分で考え出したのなら確かに凄い。
「ありがとう。じゃあルールはノートに書いてあるから!」
「あ、うん」
促され、僕はそのノートを見てみた。
・お互い、三枚のカードを使って勝負する
・カードには三種類あり、グー、チョキ、パーがある
・先攻がカードを出したあと、後攻がカードを出す
・勝敗の決め方は通常のじゃんけんと同じ
・使い終わったカードは二度と使えない
・三本勝負
・先攻、後攻は交代で行う
うん、やっぱり想像してた通りだ。唯一違うところは、先攻、後攻の概念があることくらいだ。
「ルール分かった? じゃあ始めようか」
「え? う、うん。大丈夫」
川上さんは確認する前に裏返しになったカードを自分の手元に引き寄せ、僕に見えないように手に持った。……いつも思ってることだけど、マイペースだなぁ。
とはいえ、この程度で文句は言わない。僕も彼女と同じように残りのカードを手に取った。
「あ、もちろんただのゲームじゃないからね?」
「……ん?」
不穏なワードが耳に入ってきた気がして、カードから目線を川上さんに移して聞き返す。彼女はにんまりと笑っていた。
「私が一回でも勝ったら二人三脚のペアになるってことで」
「え?……ええええ!?」
教室内にすでに人がいるのについ大声を出してしまうほど、衝撃的だった。雷が頭に落ちたようだった。……いや実際に落ちたことはないけど。
「な、なんで? どうして僕が……」
「……前に言ってたよね。体育祭楽しくないって。でもね、それってちょっと違うんだよ」
「違う?」
「きっとつまらなかったのは、積極的に参加しなかったからなんだよ。どこか他人事みたいに考えてたから、気持ちがアガらなかったんだと思う」
今までとは一転して、真面目な顔つきで言葉を紡いでいた。それは、単なる思いつきではなく彼女なりに考えた上での行動であると示していた。
「だからさ。一回思い切ってやってみようよ。そしたら、案外楽しいかもよ?」
理屈は……分かる。でも、僕はそんなの望んでない。……それに。
「一回でも勝ったらって、そっちに有利過ぎるような……」
「それはそう。だから、その代わり全部の勝負で私が先攻になるよ。これならどうかな?」
確かにそれなら結構有利になるとは思う。川上さんは表情に出やすいから、カマをかければ簡単に場のカードの正体を看破できるだろう。でも、そういう問題じゃない。
「まあいきなり言われても困るよね。じゃあ、もし私が負けたら一つだけ何でも言うこと聞くっていうのはどう?」
「え……?」
思考を先読みされた……? いや、そんなのどうでもいい。何でも言うこと聞く、だって……? そんな簡単に言っちゃっていい言葉なのか?
「もちろん私は本気だよ! 三日間パシリでも、ジュース一本奢るでも……なんなら中学時代の黒歴史を教えてもいいよ!」
「あ……ああうん。そうなんだ」
そこそこ交流を深めて、なんとなく分かったことがある。客観的に見れば冗談のような言動も、川上さんにとっては本気そのものなんだ。……ただ、深く考えてないだけで。
しかし。僕は一つ気になることがあった。中学時代の黒歴史? まあそれも気になるけど、そうじゃない。
「……それって質問でもいいの?」
「ん? もちろん。バンバン答えちゃうよー」
前々からずっと疑問だった。でも、なんとなく聞きそびれてた。もしかしたら、ちょうどいい機会なのかもしれない。
「……分かった。じゃあ勝負しよう」
僕が承諾すると、川上さんはまた何も考えてなさそうな、能天気な笑顔を浮かべていた。なんというか、ある意味安心する。
「オーケー。そんじゃあ、始めようか!!」
こうして川上さんとの勝負が幕を開けた。『超制限じゃんけん』……絶対に負けるわけにはいかない。二人三脚を何としてでも回避して、彼女にあのことを聞くんだ!