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友達を紹介したい!!




「おはよ~」

「おはよう」

「おは~」


 朝の挨拶はバリエーションが豊富だ。各々が自由な挨拶を交わし、そうして一日が始まる。

 まあ、僕には関係のない話だ。挨拶とはある程度親しい人同士がするものであって、ずっと友達のいない人間にとって挨拶なんてものは無縁なのだ。

 

 少なくとも、六月に入るまでは全く関係のない話だった。


「幸田くんおはお~。今日もいい天気だね~」

「あ……お、おはよう」


 独特な挨拶をしてきたのは、やはり川上さんだった。着席して本を読んでいる僕に、気さくに声をかけてきた。

 隣の席になってから、こうしてよく挨拶を交わしている。正直、挨拶されるたびに、挨拶するたびにちょっと緊張する。経験が足りないからだろうか。


 ただ、今日はいつもと違った。彼女の隣に一人の女子が立っていたのだ。


「ほら。いずみも挨拶してよ」

「……おはよう幸田君」

「え……あ、お、おはよう」


 こんなことは今までなかった。僕には川上さん以外に話ができる人はいないけれど、川上さんは僕以外にも友達は沢山いる。でも、僕と話すときは常に一人だった。それが僕に対する配慮かどうかは分からないけど(正直、アヤシイ……)。

 とにかく、一体どうしたんだろう。川上さんには何か企みがあるのだろうか。


「紹介するね。こちら、私の友達、田山いずみ。ちなみに性別は女子だよ~」

「そんなの見りゃ分かるでしょ……」

「ど、どうも……」


 田山さんは呆れ返りながらツッコんでいた。なんというか、いつも苦労してるのがなんとなく分かる気がした。

 彼女と同じように僕も呆れていると、川上さんは僕を見てにっこりと笑った。なんだろう、いやな予感がするぞ。


「じゃああとは二人でごゆっくりね~。私は……なんか、あれ。ト、トイレとかに行かなきゃいけないから!」

「え……あ……」


 めちゃくちゃ下手くそな嘘をついて川上さんはその場を去り、他のグループの会話に混ざっていった。うん、もう少し嘘を隠す努力をしようか。

 とにかくこの場には、僕と田山さんの二人だけが残ることになった。はっきり言って気まずい。当たり前だけど田山さんと会話なんてしたことがない。彼女がどういう人物で、何を言ったら駄目なのか全く分からない。……怖い。


「……あ~。なんか悪いね幸田君」


 僕が彼女の顔を見られないでいると、田山さんはきまりが悪そうに唐突に謝ってきた。どうして謝るんだろう。謝らなきゃいけないのは川上さんの方だと思う。


「え、あ……」

「志保に幸田君と何かあったのかって聞いたら、じゃあ直接幸田君に尋ねてみたらって言われてさ。……二人きりにさせるのは意味分かんないけど」


 川上さんの方を見て、彼女は吐き捨てるようにそう言った。

 何かあったのかというのは、まず間違いなく僕が風邪を引いたときのことだろう。僕らはあのとき、少しばかり教室で口論になった。ただでさえ影の薄い僕が大声を出してしまったことで、悪目立ちしてしまったようだ。……やっぱりもう少し冷静になるべきだった。


「ていうかさ、幸田君はどうして志保と仲良くなったわけ? 今まで全然話してなかったよね?」

「い、いやそれは……」


 正直、分からない。分からないのは話すようになったきっかけではなく、僕たちが本当に仲がいいのかってことだ。確かに放課後に遊びに行ったりはしたけれど、それは仲がいいと言えるのか。いや、傍から見ればそうなんだろうけど、なんだろう。上手く言えないけど、それは違う気がする。


「あ、同じ帰宅部だから。それで話すようになって……」

「ふぅん。まあいいんだけどさ」


 もみあげをいじりながら、彼女は興味なさげにそう言った。どうも求めていた答えとは違ったようだった。


「じゃあ喧嘩していたのはどうして?……まあ聞くまでもなく志保が悪いんだろうけど」


 川上さんに対する信用の無さが凄い。ある意味、信用されていると言えるのかもしれない。

 でも、今まではともかく今回は川上さんが悪いわけではない。そこは訂正しなければ。

 僕はあの日に起こったことを、ところどころ言葉を噛みながら田山さんに全て話した。田山さんが相槌を打ちながら聞いてくれたので、とても話しやすかった。

 話が終わると、彼女は少し微笑んだ。仏頂面で無愛想な人だと思っていたけれど、案外そんなことはないらしい。


「なるほどね。確かにそれならキレるのも無理ないか」

「いや、別に怒ったわけじゃ……」

「でも、安心したよ。深刻な喧嘩をしたんじゃなくてさ」


 どうやら本当にそう思ったようだ。僕自身、それを感じ取って安心した。もしかしたら、田山さんは僕と川上さんの仲を快く思っていないのではないかと推測していたのだ。お前ごときがおこがましいことだと。

 いや、別にそう思われてもいいけどさ。


「けどね、幸田君」


 しかし、田山さんはその言葉とともに、その場の雰囲気を変えた。静かで柔らかな空気が一変し、そこに少しばかりの辛さが加わった。


「もし()()()()()()なら……別に止めはしないけど、覚悟した方がいいよ」

「え?」 


 言葉の意味を理解する前に、田山さんは続けていく。


「じゃ、そろそろ席戻る。話せてよかったよ」


 時計を確認した彼女は、話を打ち切って去っていった。何が言いたかったんだろう。よく分からない人だな。




 しかし。僕はこの時点ですでにその意味を察していたのだ。()()を頭の中で形にしなかったのは、きっと内心で()()を認識できていなかったからだろう。

 

 いや、あるいは()()を認めたくなかったのかもしれない。

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