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恩返しがしたい!!




 あの土砂降りの翌々日。空はすっかり晴れ、雲一つない青い海が広がっていた。実に清々しい気分……とはならなかった。

 熱は引いたものの、未だに体調が悪かったのだ。休んでも良かったけど、あまり欠席すると授業についていけないかもしれないし、できる限り登校した方がいい気がして。


 まあそんなわけで、今日、僕は白マスクを着けて学校に来たのだ。


「う~ん……」


 僕も体調がおかしいが、今日の川上さんも様子が変だった。ときどき僕の方に視線を移しては唸ったりため息をついたりと、一言でいえば挙動不審だった。いや、挙動不審なのはいつも通りか……。


「……っよし!!」


 川上さんは自分の頬を叩き、席から立ち上がってこっちに向かってきた。なんの用なのかは分からないけど、きっとロクなことじゃないんだろうな。


「ねえ。もしかして風邪引いちゃったの? だから昨日学校に来なかったんでしょ?」


 ……あれだけ葛藤してた割に、なんだか普通のことを聞かれたな。ちょっと身構えて損したかもしれない。いや、普通が一番だけどさ。


「う、うん。まあ実を言うと……」


 その先を言おうとしたとき、ふと一昨日の出来事が頭に浮かんだ。傘とタオルを貸そうとしたとき、川上さんの申し訳なさそうな顔が。天真爛漫な彼女が見せる意外な一面が。

 もし……僕が正直に事の顛末を話したらどうなるだろう。折り畳み傘を持っていなかったことに気付かずに傘を彼女に貸し、結果濡れて風邪を引いたのは間違いなく僕の落ち度だ。

 ただ、川上さんはそうは思わないかもしれない。真実を話したとしても、川上さんは僕が気を遣って嘘をついたのだと考えるかもしれない。つまり、彼女は自分のせいで僕が風邪を引いたのだと結論づけかねないということだ。

 それなら。僕がここで馬鹿正直に全てを話す必要はない。

 僅かな時間だったけれど、不思議と頭は良く回った。


「一昨日、お腹出して寝ちゃって。でも、ここまで酷くなるなんて」


 我ながら中々いい嘘を吐けたと思う。少なくとも、罪悪感を与えることはないだろう。

 しかし、川上さんの反応は芳しくなかった。むしろ、さらにテンションが落ちているような気がした。まさかバレた?


「……私ね。傘を貸してもらったあと、近くのコンビニに寄ったの。唐突にチーズが食べたくなっちゃってね。それで、見ちゃったんだ」

「……何を?」

「雨の中、傘も差さずに走っていく幸田くんを」

「…………」


 確かに道中にコンビニはあった。でも、まさか見られてたとは思わなかった。だとしたら、下手な嘘を吐くべきじゃなかった。


「……やっぱりあれは幸田くんだったんだね。ごめんね。声掛けておけば……ううん、そもそも傘を借りなければこんなことは……」

「い、いや。違うよ。全然違う」


 どんどん落ち込んでいく川上さんの姿は……なんというか全く似合わない。川上さんはもっとおかしくなきゃ駄目だ。こんなの川上さんじゃない。


「僕が折り畳み傘を持っているかちゃんと確認しなかったのが悪いんだ。それに、コンビニとかでビニール傘を買うとかすれば良かったんだし……」


 事実、そうだ。僕が全面的に間抜けだったんだから、川上さんが気まずさを感じる必要なんてないじゃないか。しかし、彼女は全く納得してくれなかった。


「でも、私にも責任はあるし」

「いやいや。あれは僕が悪いんだって」

「でもでもでも、風邪を引いちゃったのは事実だし」

「いやいやいやいや、だからそれは僕のせいであって――」

「でもでもでもでもでも――」

「いやいやいやいやいやいや――」


 激しい言葉のぶつかり合い。人とのコミュニケーションに慣れていない僕でも、自分が悪いと確信していると饒舌になった。そして、どれだけ否定しても全く退いてくれない彼女に、僕は段々とイライラが止まらなくなってしまった。


 だから、冷静でいられなくなってしまった。


「――うるさいんだよっ!!」

「え……」


 勢いよく立ち上がって今までにはなかった大声を出した僕に、川上さんは面食らっていた。僕はそれが分かっていながら、それでも口から出る言葉が止まらなかった。


「僕が悪いって言ってるじゃんか!! いい加減にしてくれよ!! しつこいんだよ!!」

「あ……」


 呆気にとられ、目を丸くさせる川上さんの様子を見て僕はようやく我に返った。気が付けば教室中の視線が僕たちに――いや僕に集中していた。当然だ。今まで目立たなかった奴が急に怒鳴っていたんだから。


「はぁ……はぁ……」


 なんだか……胸が苦しい。体調が悪いのに大声を出したからなのか、妙に気分が悪い。身体が重くなっていくような――


「幸田くん!?」


 椅子や机、床がどんどんぼやけていく。――頭が上手く働かない。


 薄れゆく意識の中で僕が最後に辛うじて捉えた光景は、川上さんだった。――やっぱり似つかわしくしない顔で、僕を見つめていた。






「ん……」


 混濁した意識が統一され、目を覚ました先にあったのは白い天井だった。身体に掛かっていた布団を退けて上体を起こし周りを見てみると、白いカーテンやら何やらがあった。見たことはないけれど、たぶんここは――


「保健室、か?」


 たぶんあのあと、意識が飛んだ僕を誰かが保健室へ運んでくれたんだろう。でも、まさか気絶するなんて思わなかったな。どれくらい寝てたんだろう。

 そのとき、扉の開く音が聞こえてきた。少しすると、その人物は僕のベッドの周りにあるカーテンを開いた。


「あ……もしかして起こしちゃった?」


 その人物は川上さんだった。心配そうな顔で僕の様子を伺っている。もしかして彼女が僕を運んでくれたんだろうか。


「い、いや、ちょっと前には起きてたから」

「そう? ならいいんだけど」

「…………」

「…………」


 き、気まずい。あれだけ饒舌な川上さんがここまで無口になるなんて。やっぱり僕が怒ったことを気にしているんだ。……どうにかしないと。


「ごめん。大きな声出しちゃって。でも、別に怒ったわけじゃなくて――」

「でも、悪いのは私だし。怒られても仕方ないよ」


 駄目だ。いくら川上さんの責任じゃないって言っても、意味がない。むしろもっと罪悪感を覚えさせるだけだ。

 それなら……僕がやることは一つだ。


「だったらさ、飲み物買ってきてくれないかな」

「飲み物?」

「うん。ちょうど喉が渇いちゃったからさ。それでチャラってことにしよう」


 そう言うと、川上さんの目はキラキラと輝き始めた。きっと、ようやく謝罪とその礼ができるようになったからだろう。


「じゃあ行ってくるね!」

「え……いや、炭酸は駄目だからそれ以外で――」


 僕の言葉を最後まで聞いたのか怪しいが、川上さんは弾けるような笑顔を浮かべて保健室から出ていった。大丈夫だよな? 炭酸は本当に身体に受け付けないんだけど……。

 一抹の不安を抱えながら待っていると、川上さんはビニール袋を持ってやってきた。どこかから椅子を持ってきて、それに座った。


「はい! コーラでよかったよね?」


 ちっとも良くない。やっぱり聞いてなかったんじゃないか。でも、せっかく買ってきてくれたんだし、無下にするのもアレだしなぁ……。


「――なんてウソウソ! コーラはないよねコーラは。それだけは天地がひっくり返ってもありえないよ」


 確かに炭酸は苦手だけど、そこまで言わなくても良くない? なんかコーラが可哀想だ。まあでも、コーラじゃなくて本当に良かった――


「はい! カルパスソーダね!」


 同じ! 炭酸苦手な人から見たら同じだから! もうこれわざとだろ! 僕に嫌がらせしようとしてるでしょこれ!


「あ、ああうん。本当にありがとう――」

「はい。オレンジジュースね」

「…………」


 袋から三本目を取り出し、僕に渡してきた。なるほど、どうやらいつもの調子に戻ったみたいだ。……確かに落ち込んでいる姿が似合わないとは思った。でも、やっぱり戻らない方が良かったかもしれない。

 何はともあれ、オレンジジュースを受け取って飲む。うん、特筆するほどではないけどなかなか美味しい。

 そんな僕を川上さんはじっと見つめていた。……ちょっと飲み辛いな。

 ちょっとして、彼女は椅子から立ち上がった。


「じゃあ授業始まるからそろそろ行くね。……でも幸田くん」

「ん?」

「このジュースは風邪にさせちゃったお詫び。傘やタオルを貸してくれたお礼は必ずするからね!」


 彼女はそう言って去っていった。……まあもう何でもいいか。好きなようにさせた方がきっとスッキリするだろうし。


 少し疲れて再び枕に頭を埋め、目を閉じる。うん、なんだか僕もスッキリしたな。これなら熟睡できそうだ。

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