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雨の中を駆け抜けたい!!




 六月は梅雨の時期。よく雨が降り、その度に傘が大活躍する。今日もご多分に漏れず、朝には小雨だった雨の量が、放課後にはもうかなりの土砂降りとなっていた。雨粒が地面にぶつかる音が間断なく鳴り、かなり耳障りだった。

 もちろん僕は天気予報をあらかじめ見ていたため、傘に加えてタオルまで持ってきていた。授業も終わったし部活にも入っていないので、あとは帰るだけだ。

 ――そのはずだったんだけど。


「う~ん……」


 同じく帰宅部の川上さんが、昇降口で外を見ながら唸っているのを発見してしまった。腕を組んで、行ったり来たりを繰り返している。

 おおよその見当はつく。たぶん傘を忘れてしまったんだろう。……そういえば、鞄に折り畳み傘が入ってたような――。


「……ま、行けるか!」

「ん?」


 鞄の中をまさぐろうとしたそのとき。川上さんは軽快な声を上げると、勢いよく昇降口から飛び出していった。ええ~……。

 そのチャレンジング精神は評価したい。僕もちょっとした雨なら傘を差さずに走り抜けるだろうし。でも、この豪雨の中を駆け抜けるのは無理があるんじゃないかなぁ。……やっぱり評価するのは辞めよう。

 そして、案の定しばらくして川上さんは昇降口に戻ってきた。


「いや~さすがに無理があったか~」


 戻ってきたとき、彼女は僕の存在に気付き話しかけてきた。近づいてくると、川上さんが雨によって被った損害がよく分かった。

 そこまで長い時間雨にさらされていたわけではないのに、彼女の短めの髪はびしょ濡れだったし、白い夏服、も…………。


「こう、しゅばっと雨を避けられるかな~なんて思ってたんだけど」

「……いや、さすがに無理があるかと……」


 下駄箱に目を向けながら、そのバトル漫画かギャグ漫画でしか許されない馬鹿げた考えを否定する。……いや、バトル漫画でも許されないか。


「ま、そうだよね~」


 そんな僕のやや辛辣な言葉を川上さんは笑って肯定した。すると、今度は鞄のファスナーを開いて何やら中身を取り出し始めた。教科書やらノートやら、様々な教科のものが外に放り出される。置き勉とかするタイプだと思ってたけど、もしかして意外と勉強できるのかも。


 しばらくすると、現代文の教科書以外を鞄に戻し始めた。ん? 折り畳み傘の存在を思い出したのかと思ったけど、一体何を――。

 

「んじゃ、行ってきます!!」


 そう言うと、川上さんは現代文の教科書を頭の上に乗せて再び昇降口から出ようとした。ええ~……。


「い、いやいや! どうしてそうなるの?」

「んん?」


 思わず大声を出して呼び止めてしまった。でも、どう考えてもおかしい。百歩譲って鞄を雨避けにするなら分かるけど、なぜ現代文の教科書単体でどうにかなると思ったんだろうか。もちろんどうにもならないし、なんなら教科書が使い物にならなくなるだけだよ?


「だって、現代文の教科書って分厚いじゃん? だからどうにかなるんじゃないかなって」

「で、でも、授業とかで使うだろうし」

「大丈夫大丈夫。誰かから適当に借りて乗り切るから」

「……そういう問題なのかな」


 心を読まれてる問題はこの際、置いておくとして……相変わらずよく分からない。同じ人間なのかを疑いたくなるほど、考え方が違う。ある意味新鮮で面白いかもしれない。


「そういうわけで、行ってきま――」

「ちょ、ちょっと待って!」


 さすがにそんなお馬鹿なことをさせられない。馬鹿は風邪をひかないなんて迷信だろうし、これ以上雨に濡れたら大変なことになりかねない。……それなら。


「あ、あの、良かったらこれ……」


 僕は傘立てから自分の傘を、そして鞄からタオルを取り出して川上さんに差し出した。すると、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべていた。


「え? もしかして……くれるの?」

「いやいや!……貸すだけだよ。後日、返してくれればいいから」

「でも……いいの? 幸田くんが濡れちゃうよ?」


 珍しく申し訳なさそうな調子だった。なんというか、川上さんが僕と同じ人間なんだなぁと初めて実感することができた。……さすがに失礼すぎるかな。


「いや、大丈夫。折り畳み傘があるから」

「ふ~ん、そうなんだ。……じゃあ遠慮なく使わせてもらうね!」


 傘とタオルを受け取り、川上さんは身体を拭き始めた。……それにしても凄い雨だな。折り畳み傘で切り抜けられるだろうか。


「ありがとうね幸田くん! この恩は末代まで忘れないから!!」

「……返すときまで覚えてくれれば充分だよ……」


 やがて拭き終えたと思われる川上さんは僕に礼を言うと、傘を開いて昇降口から出ていった。傘をクルクル回して楽しそうに歩いていく。折角貸したのに、その使い方だとまた濡れるんじゃないか。そんなツッコミをする気力はもうなかった。




 さて。そろそろ僕も帰るとするか。正直、折り畳み傘って小さいから、この土砂降りだとイマイチ機能しない気もするんだよな。大丈夫かな……んん?

 鞄の中をもう一度確認する。な、ない。あれ? 

 中身を全て引っ張り出しさらに調べてみたが、やはりどう見ても折り畳み傘が無かった。ひょっとして教室に置き忘れたかと思って確認したけど、やっぱりどこにも見当たらない。


「……あ」


 そこで思い出した。先日、雨が降ったときに傘を持って行くのを忘れて折り畳み傘を使って帰宅したことを。そして、鞄に入れ忘れたまま今日という日を迎えたことを。……そういえば、それで出かける前に天気予報を見るのを心掛けるようになったんだっけ。

 だから、僕は知っている。今日は一日中、土砂降りが続くということを。


「…………」


 鞄から教科書やら何やらを再び取り出し、机とロッカーに無理やり仕舞い込む。……覚悟はもうできていた。


「うおおおおおお!!」


 鞄を頭の上に乗せ、雨の中を駆け抜ける。もちろんどうにもならず、鞄が守ってくれたのは頭頂部だけだった。

 ちなみに次の日、僕は酷い風邪を引いてしまった。意識が朦朧としながら、僕は自分のとんでもない馬鹿さ加減に、これじゃあ川上さんを笑えないなと自嘲したのだった。

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