コーヒーを飲ませたい!!
「ねえねえ! おしゃれなカフェに行こうよ~!!」
と、川上さんに言われてなんとなくついていったけど――。
「はい! ここがシャレオツカフェで~す!」
シャレオツって久しぶりに聞いたなと思いながら、カフェの外装に目を向ける。パッと見は木組みの店で、確かにおしゃれな雰囲気は感じる。看板には『喫茶ナイトメア』と書いてあった。……まずカフェではないし、ついでに名前が喫茶っぽくないし、何よりも不吉過ぎる。
川上さんが店の扉を開き、中に入っていく。僕もそれに続いて中へ入った。
ナイトメアという尖った名前のわりには内装は普通だった。茶色い木製の机に茶色い木製の椅子が並び、そうなると当然木のいい匂いが漂ってくる。なるほど、これはおしゃれかもしれない。
気になるとすれば、お客さんが誰もいないことだけだ。
「おやっさ~ん、こんにちは~!!」
「ああ、しほちゃん。いらっしゃい」
奥のカウンターから出てきたのは、七十代くらいのお爺さんだった。たぶんここのマスターだ。その紳士を思わせる人の良さそうな笑顔で、川上さんと親しげに会話をしていた。
「んじゃ、いつものやつお願いね!!」
「はいはい。……おや。お隣にいるのは……もしかして彼氏さんかな?」
僕の方を見て、マスターは見当違いなことを口走っていた。……もしかしてそう見えるのかな。そんなこと言われたのは生まれて初めてだ。
「い、いや。僕はただの……ク、クラスメイトです」
「え……そうなの? 相棒じゃなかったっけ?」
「……認識にだいぶ差があるみたいだね……」
僕が呆れていても、川上さんは全く気に留めない。入り口から一番遠いテーブルに行き、ドカンと大きな音を立てて腰を下ろしていた。僕も向かい側に座り、机の上にあったメニュー表を見てみた。コーヒー、紅茶、牛乳。……ん? 三つしかないけど。
「うん。このカフェはメニューが少ない代わりに質を追求してるんだよ」
「……なるほど」
そういうのもあるのか。あんまりこういうところに来たことがないから分からないけど、それならめちゃくちゃ美味しいコーヒーが飲めるのかも。
「ご注文はお決まりかな?」
「あ、はい。このコーヒーを……え!」
一杯五百円!? お、思ったよりも高い! 他の奴にしようかな。……紅茶六百円に、牛乳七百円……七百円!?。紅茶はともかく、なんで牛乳が一番高いんだよ!
「……一応、量を少なめにすることで半額で提供することもできますよ」
様子を察してくれたのか、マスターは解決案を提示してくれた。こういうのはありがたいな。
「あ、すみません。じゃあこれでお願いします」
「かしこまりました。ちょっと待っててくださいね」
マスターは僕の注文を紙に書いたあと、カウンターへ去っていった。
「いや~楽しみだな~」
川上さんは両肘をついて、頬に手を当てて微笑んでいた。……そんなに美味しいのかな。まあ値段も高いしそうじゃなきゃ割に合わないよな。
「あ、あの……ここにはよく来るの……?」
「うん。月に一回は来るかな? オープンからここの常連なの」
「そうなんだ……」
「だから、”裏メニュー”も頼めるってわけ!」
「”裏メニュー”?」
聞いたことはある。メニュー表には書いていないけれど、店に足繫く通い利益をもたらした常連客にのみ提供される特別メニュー、”裏メニュー”。なるほど、”いつものやつ”っていうのは裏メニューのことだったのか。
「そ、その裏メニューってどういうやつなの?」
「それは来てからのお楽しみ……お! もう来たね」
「裏メニュー、『アルティメット・ミックス・牛乳』でございます」
中学生でもやらないようなネーミングとともに出されたものは、コーヒー牛乳によく似た、茶色い飲み物だった。香りはなかなか悪くない気がする。……いや、それにしても。
「……なんかカップの縁ギリギリまで入ってる……」
そのアルティメットは、液体がこぼれない絶妙なギリギリを攻めていた。あまりカフェの経験はないけど、さすがにこれはどうなんだろう。風情が台無しのような気が……。
「お客様にはできる限り長く味わって頂きたい。当店のモットーです」
「……ドリンクバーではしゃぐ小学生みたいな発想だと思ってました」
「う~ん、味わい深いな~」
川上さんはとびっきりの笑顔を浮かべながら、そのアルティメットを飲んでいた。ちなみに僕のコーヒーはまだ来ていない。アルティメットの方が手間かけてそうなのになぁ。
それにしても、美味しそうに飲むなぁ。そんなに美味しいんだろうか?
「お? じゃあ飲んでみる?」
そう言って川上さんは僕にコーヒーカップを差し出してきた。なんかナチュラルに心を読まれた気がするけど……いいのかな。一応常連さんだけが飲める特別なものなんじゃ……。
「これはね、コーヒーと紅茶と牛乳全てをミックスさせたやつでね。私が提案して作ってもらったやつなんだよ」
「そうなんだ」
「そうそう。だから私が作ったようなものなの。ね、飲んでみて?」
凄いぐいぐい来る。これ、飲まないと終わらないやつだ!
僕は川上さんからコーヒーカップを受け取り、カップの縁を確認してから少しだけ飲んでみた。なるほどなるほど……うん。別に不味くはないけど美味しくはないな。少なくとも味わい深さは感じないぞ。……でも正直に言っちゃうと、いくら川上さんでも落ち込んじゃうよな。
「どう?」
「あ~、うん。なかなか美味しいね」
「え、そう? 変わった味覚してるんだね」
川上さんは満面の笑みから一転し、ちょっと引いていた。……世の中は理不尽だ。
「お待たせしました。コーヒーでございます」
今度は僕のコーヒーがやってきた。アルティメットを飲んだせいで、正直期待値はかなり下がっているけど……ん?
「なんか……少なくないですか?」
注がれたコーヒーの量は、容器の半分どころか三分の一もなかった。底の方にしか液体がなかった。
「お金を落とさないお客様には厳しくあれ。当店のモットーです」
「……客の見る目も厳しくなりますよ」
飲んでみる。めちゃくちゃ不味かった。
「おやっさんとはね、公園の砂場で泥団子を作ってた時に知り合ったの」
「……ってことは結構昔からの知り合いなんだ」
「うん。二年前くらいだったかな」
「……十年以上前を想定してたんだけど」
喫茶ナイトメアを出たあと、川上さんは結構最近の昔話を始めた。初めて会った時から気が合ったそうで、雪だるまならぬ泥だるまを作って遊んでいたらしい。
「それで、カフェを開業したいって話を聞かされてね。色々相談に乗ってたの。あの質を重視したメニューも、お客さんへの接客態度も全て私が提案したことなんだ。凄いでしょ?」
「……ある意味、そうだね……」
全ての黒幕は川上さんだった。でも、それを聞かされても全然驚きはなかった。なんというか、ある種予想通りだったのかも。
「で、今どこに向かってるの?」
「スターパックスだけど?」
「え?」
スターパックスと言えば、全国的にもチェーン展開されているカフェだ。つまり、コーヒーを飲むような場所であり、さっきの喫茶店とやることがほぼ一緒なんだけど……?
「喫茶ナイトメアに行ってからスタパのコーヒーを飲むとね、めちゃくちゃ美味しく感じるんだよ~。だから、ナイトメアは味わい深いんだよね~」
「…………」
マスターに同情はしなかった。だって、コーヒー不味かったし、ついでに量も少なかったし。
彼女の後をついていきながら、僕は心に決めていた。二度と喫茶ナイトメアには行かないことを。
ちなみに、スタパのコーヒーはとても美味しかった。やはりスタパは素晴らしい。値段もリーズナブルだし、味も高水準。行かない理由がない。
やっぱりスタパは最高だぜ!!