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怒り

「あんな親父ぶった斬ればいいのよ!!」


 カスミは部屋に戻るなり人型に戻り、バンバンとベッドの上で暴れ回った。


 カスミはこの家に来てからというもの、この家については散々悪態をついていた。俺が虐げられるたびにこうして怒りを露わにしている。


 まあ、今や諦観し始めている俺の代わりに怒ってくれるのはありがたいことだけどな。


「いや、さすがに斬ったらまずいだろ。ムカつくけど」

「出て行けっていうのよ!? ――そうだ、いっそのこと斬り捨てて、ホロウがこの家の当主に……」


 と、カスミは悪い顔でくっくっくと笑みを浮かべる。


 おいおい、冗談でも発言が怖いぞ……。

 それに俺は当主の座に興味はない。こんな家こっちから願い下げだ。


「落ち着けよカスミ。確かにイライラするけどよ、遅かれ早かれこうなってたさ」

「もう……」


 カスミは少し拗ねた様子で唇を尖らせる。


 だが、実際問題。

 魔術師との実戦……今まで俺がやろうと思っても出来なかったことだ。ある意味いい機会ではある。


 剣豪の剣技を学び、魔術を斬れる術がある。

 スペックだけを見ればきっといい勝負が出来るはずなのだ。だが、俺には決定的に実戦経験がない。セーラとは剣同士だったし。


 勝敗はやってみなければわからない。

 仮にもクエン兄さんは性格は置いといて、戦闘センスは周囲からもかなり評価されている人物だ。


 アラン兄さんも一目置いている。学院でもかなりの好成績だと聞くし、弱いと言うことはないだろう。


「それにさ、いずれこの家は出ていこうと思ってたんだ。たとえ負けたとしても、ちょっと予定が早まるだけさ」

「そうだけど……負けて出てくとか絶対私嫌なんだけど」


 カスミがじとーっとした目で俺を見る。


「そりゃもちろん俺もさ。負ける気は毛頭ない。俺の成長はカスミが一番よくわかってるだろ?」


 ちょっとツンツンとしていたカスミの顔が、僅かに柔らかくなる。


「……はぁ、でも私はそんな条件がどうとかより、ホロウが家畜だのなんだの好きかって言われてぞんざいに扱われているのが腹立ってるんだけど」


 カスミは三角座りした膝の間から、上目遣いで俺を見つめる。


「はは、ありがとな。カスミが味方でいてくれるだけ俺は嬉しいよ」


 とその時、コンコンと部屋のノックがなる。


 誰だ……この部屋に来る奴なんてこの家にはいないが――てことはアラン兄さんか。


「カスミ」


 カスミは俺の返事にすぐさま頷くと、すっと刀へと切り替わる。


 俺はカスミを鞘に戻し、ドアへと近づいていくと、そっと開ける。


 そこには、予想通りアラン兄さんが立っていた。


「アラン兄さん」

「ホロウ……」


 アラン兄さんは、明らかに焦っていた。

 そりゃそうだろう、帰ってきてそうそうこんな事態だなんて想定外にも程がある。


 俺のことをいつも必要以上に心配してくれるアラン兄さんのことだ、いつも以上に心配なんだろう。


「どうしたの、アラン兄さん」

「……さっきの父さんの話さ」


 アラン兄さんの顔は、普段より険しい。


「あぁ。まさかクエン兄さんと戦うことになるとはね。確かに剣術の腕は磨いてきたけどさ。まあ魔術師にどこまで通用するか楽しみではあるよ」

「楽しみって……ホロウお前いいのか? 負けたら家を追い出されるんだぞ?」

「まあ、この家での生活に別に未練はないし……いずれ出る予定だったからそっちは気にしてないよ。それにほら、別に負けると決まった訳じゃ――」

「魔術師に勝てる訳がないだろ!!」


 そこで初めて、アラン兄さんが声を荒げる。

 握りしめた手が、僅かに震えている。


「アラン兄さん……?」

「魔術と剣術だぞ……! 下手したら、怪我だけじゃすまない……! いや、相手はあのクエンだ、手加減なんて絶対するつもりはないぞ……!」


 まあ確かに、手加減はしないだろうってのは同意だ。


「それなのに父さんは何を考えているんだ……負けたら追い出す? まだ十四の子供が、一人で追い出されて生きていけると思ってるのか!?」


 アラン兄さんの怒りは、どうやら魔術の強さという常識を知らない俺へのもの(もちろん心配しているが故だが)だったが、その怒りはそもそもこんなことをさせようとしている父さんへと向いていた。


 少しの沈黙のあと、アラン兄さんは頭を軽く抱え、深くため息をつく。


「……悪い、熱くなった」

「いや……アラン兄さんの言いたいことはわかるよ」


 この魔術全盛の時代で、魔術を使わないで戦闘に勝つというのがどれほど無謀なことなのか、それはセーラ先生から嫌と言う程聞かされている。父さんにも家畜だとずっと蔑まれてたしな。


 普段俺の剣術が凄いと褒めてくれるアラン兄さんがわざわざ俺に現実を突き付けるようなことを言ったんだ。本当に俺を心配してくれているんだ。


 それに、ただの貴族のボンボンが突然一人追い出されて何かできる何て普通は思わないだろう。それも、この時代では圧倒的に不利な魔術の使えない身体で。


「もう一度直談判してくる。……まあ望み薄だろうが。絶対にホロウを見捨てさせはしない」


 そう言って、アラン兄さんは部屋を後にした。


「いいお兄さんね、相変わらず」


 人型に戻ったカスミが頷きながら言う。


「まあな。父さんと違ってきっといい当主になるよ。非魔術師への差別もないし。だから、それまでは着実に成長していってもらわないと。俺なんて構ってないでさ」


 俺はそう言い、ふぅっと溜息をつく。


 クエン兄さんとの戦いは、たとえアラン兄さんの直談判があったとしても避けられないだろう。勝てば残り、負ければ追い出される。


 どうするか、俺の心は決まっていた。

 だがそれとは別に、純粋に魔術師と戦えることが楽しみでもあった。これは否定できない事実だ。


 その俺の顔を、カスミが覗き込んでくる。


「あ、なんか楽しそうな顔してる」

「バレたか。実は結構楽しみなんだよ。この家のこととか追い出されるとか正直どうでもいい。俺はただ、カスミから学んだ剣術が魔術にどれだけ対抗できるのか、それが楽しみで仕方がない」

「いいねぇ~。私も、あのムカつく親父とクエンの奴が度肝抜かれる姿を見たいわ」

「ははは! 任せておけよ、期待に応えてやるさ」

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