王都で人探し
「この顔! 見おぼえない!?」
カスミはドン! と男に詰め寄り(これが噂に聞く壁ドンか)、手に持った一枚の紙をその眼前に叩き付ける。
男は降参しますと小さく両手を上げ、困ったように眉を垂らす。
「いやっ……えっと……ええ?」
「だーかーら! この顔! 見おぼえない!?」
「ひぃぃ」
「カスミ……それくらいにしてあげてよ」
俺はやれやれと肩を竦め、体を押し付けるカスミの肩を掴んでグイっと引き戻す。
男はやっと息が出来るという風に、ふぅっと大きく息を吐く。
「すみません……ちょっと人を探していて」
「あ、ああ、そういうことなら……。女の子に詰め寄られるのは初めてで困惑しちゃったよ」
「すみません……」
カスミは、私は悪くないもんという風に、後ろで腕を組みぷくりと頬を膨らませている。
王都に来てから一週間。
俺達の人探しは、上手く行っているとはいいがたい状況だった。
とりあえずカスミが持っている紙を受け取ると、俺は丁寧に男に見せる。
「この人なんですけど」
「どれどれ……」
男は細い目をさらに細めて、じぃーっとその紙を見つめる。
どんな結果が出るか、ごくりと唾を嚥下する。
後ろではカスミが、興味津々にその様子を覗き込んでいる。
そして、男はパッと顔を上げると。
「――あの、これ……」
「何か分かりましたか!?」
男はポリポリと頭を掻くと、申し訳なさそうに小さな声で言う。
「ちょ、ちょっと……絵が……これって人間なんでしょうか……?」
「――――」
「どどどどど、どういうことよ!!!!」
カスミは顔を真っ赤にして、手足を振り回して暴れるのだった。
本日3回目の出来事である。
◇ ◇ ◇
「私の絵のどこが下手だって言うのよおおおお」
カスミはおいおいと泣きながら、テーブルに顔を突っ伏す。
「まあまあ……結構味がある絵だと思うよ」
「本当に?」
「…………う、ん。本当だよ」
「それなら……いい」
カスミはグスンと鼻をすすると、姿勢を元に戻す。
決してうまいとは言えないカスミの絵。だが、これだけしか今手掛かりがないのだ。
「私がホロウが強くなりたいならって連れてきたのに、見つけられないんじゃ私のせいだよね」
「そんなことないよ」
俺はポンポンとカスミの頭を撫でる。
いつもはお姉ちゃんというかお母さんみたいな感じのカスミの、こういうちょっと幼い風な一面が見えると、なんだかカスミも可愛いところがあるなとほっこりする。
「それで、ネルフェトラスの手がかりだけど……あっ、今は違う名前なんだっけ」
「そう。手掛かりはこの私の描いた絵だけ」
ネルフェトラス。
六百年前、カスミと行動を共にしていたことがある、最後の吸血種。つまり、吸血鬼だ。
吸血鬼は特殊な力を持ち、魔術師と違い、体内ではなく体外の魔力を使い魔術を使う。その技を身に付ければ、ホロウももしかするとその“魔力過敏体質”でも、魔術を使えるようになるかもしれない、というのがカスミの狙いだった。
その提案を受けたとき、俺は快諾した。
オーク討伐の功績のお陰で俺は一階級上がり、赤階級冒険者となった。
リーズ達と引き換えに。
だが、今はとてもじゃないが冒険者として上を目指すというモチベーションは持てなかった。
それよりもまず、俺は強くならないといけない。今は少しでも可能性があるのなら、それに賭けたい。
もう、仲間を失いたくないから。
だから、俺達はこの王都「オルテウス」へとやってきたのだ。
「六百年前だから、今は名前変えてるんだったっけ」
「確証はないけど、多分そう。まったく……人に紛れて暮らしたいからって、あいつ名前を変えながら生きてるのよ。今は何て名前何だか」
カスミは降参だーと言いながらベッドに仰向けに倒れこむ。
カスミが最後に吸血鬼と会ったのがこの王都だったという。
だから、こうして俺たちは王都へとやってきた。
すぐに見つかるとは思っていなかったが、ここまでとは。
ジェネラルオーク討伐の報酬が俺一人に渡されたことで、当面の生活費には困っていなかった。
この少しいい宿も、カスミが「お金があるならいい暮らし! 使うの渋ってもリーズ達が喜ぶわけないじゃないでしょ」と言ってくれたから使っているものだ。
だが、お金もいつまでもある訳じゃない。そろそろこの王都に根を張って、冒険者として働きながら吸血鬼を探すということも考えないといけない。
けど、しばらくは一人で良い。仲間を守れないなら、仲間何て持つべきじゃないから。
また仲間の命が掛かった場面で、俺はちゃんと戦えるだろうか。
あの場面を経験しても、まだこうして悩んでしまう。すべてはきっと、自分が弱いせいだ。
その弱い自分を超えるためにも、今は少しでも強く。
――と一人じっと拳を見つめていると、後ろからぎゅっとカスミの腕がお腹に回ってくる。
「寝よっか、今日は」
「……」
じっと見上げるカスミの瞳。
その目には、大丈夫? という心配が籠っているのがハッキリとわかる。
俺はふぅっと溜息をつくと、はいはいとカスミの腕を解く。
「だね、明日また頑張ろう」
こうして、俺達は眠りについた。
◇ ◇ ◇
「――うっさいわね! これでも上手い方でしょうが!」
きーっと怒るカスミを置いて、目の前の男は足早に去っていく。
朝になったからと言って人相書きが分かりやすくなっているはずもなく、誰に見せてもあまりいい反応は得られなかった。
確かにカスミの絵は下手だが、特徴はちゃんと書かれていた。
白髪に赤い目。きっと見たことがある人ならああ、確かにこんなんかも、というくらいはわかるはずなのだ。
つまり、本当にまだ吸血鬼を見たことのある人に当たっていないだけなのだ。
「はあ、まったく、記憶力がないやつばっかりなんだから」
「記憶力というか、パズルというか……」
「これだけ聞いて知らないとなると、今は王都に居ないのかなあ。けどあいつ、いっつも王都に巣食ってたし、今も王都だと思うんだけど――」
「ホロウ」
不意に少女の声がして、俺は後ろを振り返る。
するとそこには、青髪の見慣れた少女がたっていた。
「セ、セシリア……!」