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夜道

 薄暗い洞窟で、きらりと赤く光るヘルハウンドの双眸。


 その赤い光は、左右に揺れるように動くとぐんと上昇し、一気にこちらに近づいてくる。


「ふッ!」


 俺はそれを居合で一息に切り裂く。


「ガ――――」


 カパッと開いた口に水平に刀が滑り、ヘルハウンドはその身体を上下に二分される。


 分解された肉体は後方の壁に勢いよくぶつかり、ぐしゃっと音を立てる。


 初動の一体が一瞬にして死んだことで、後続のヘルハウンド達が二の足を踏む。

 俺はその隙を見逃さず、一気に詰め寄る。


 それを察知し、なりふり構わずヘルハウンドが叫ぶ。


「グラアアアア!!!」


 必死の形相で飛び掛かるヘルハウンド達。既に統率は取れていない。


 最小限の動きでヘルハウンドの突撃に刀を合わせ、矢を叩き切るように一体ずつ切り裂く。


 ものの数秒で、その場にはヘルハウンドの死体が積みあがった。

 低く唸る獣の声はもう聞こえない。


 カチンと刀が鞘に収まる金属音が響く。


『お疲れ、ホロウ』

「――ふぅ。カスミもありがとな」


 俺は僅かに掻いた汗を手の甲で拭う。この迷宮は異様に熱い。他の冒険者が言うには、下層の方はマグマが沸々と湧いており、その熱気が上層に上がってきてるそうだ。


 リドウェル近郊の巨大迷宮(ダンジョン)"多層洞窟"。そこの上層に現われるヘルハウンドの皮の採取任務。三週間前、俺たちが断念した依頼を俺は赤階級となりやっと受けることが出来た。ヘルハウンドの皮は防具に使われているようで、この依頼は定期的に出ているらしい。


 俺は持ち込んだナイフでヘルハウンドの皮を剥ぎ取り、持ってきた鞄にしまう。


「――うし、依頼数通り採取完了!」

「じゃあ戻りましょうか、リドウェルに」


 迷宮ダンジョンを出ると既に陽は傾き始めていた。

 ここから徒歩で二時間ほどでリドウェルに戻れる。夜になっていなかっただけラッキーだ。今日中には戻れそうだ。



「いやあ、やっぱり実戦は特訓になるな」


 そう言って俺はもう一つの刀を軽く振りながら言う。


「そうね、実戦の緊張感はやっぱり強くなるには欠かせないから」

「だね。この調子で頑張ればすぐ蒼階級になれるかな」

「うーん、それはどうかな」

「カレンさん達はどれくらいかかったんだろ。今度聞いてみるか」


 カレンさんは現在蒼階級。一般的な冒険者が生涯を終える階級だ。

 カレンさん達はリドウェルではそこそこ有名らしいから、結構早く昇格していそうだな。となると、年齢を考えると(勝手に二十代後半だと思ってるけど)、四年とか五年とか……それくらいは覚悟した方がいいかもしれない。


 カレンさん達はいわゆるパーティを組んでいる。

 理由は明確で、複数人で組んだ方が効率も安全性も高いからだ。カレンさんはシオンさんとの二人パーティ。他にも、冒険者ギルドに居ると四人、五人くらいのパーティをよく見かける。


 依頼も、"赤階級(四人以上)"なんてのもあるくらいだ、冒険者というのはパーティを組むのが結構当たり前なのかもしれない。そう考えると、あの試験もキルルカさんの忠告も分かってくる。


 俺はカスミもいるし、しばらくはソロで鍛えるのが良さそうだけど。そもそも、魔術の使えない剣士をパーティ入れてくれるもんだろうか……。


「……ま、地道にだな」

「うんうん、赤階級でも今日みたいになかなか良い修行になるし、一緒にがんばろ!」


◇ ◇ ◇


 陽も暮れ、暗くなったリドウェルに俺達は帰ってくる。


 ギルドに任務達成の報告をし、その後近くの酒場で軽く夕食を取ってそのまま帰路につく。


 月明りだけが地面を照らしている。やけに明るいなと思ったら、今日は満月だ。


 俺とカスミは少し涼しい夜風に当たりながら、路地裏を行く。


 冒険者ギルドから俺たちが利用している宿屋は少し距離があるんだが、ここ数週間でこの街にもなれ、いくつかの近道を見つけた。


 路地裏は結構物騒なイメージだが、冒険者のような手練れが多いからか、この辺りはそこまで治安は悪くない。

 

 ――だが、不思議と普段より人気がないような気がする。


 まあ、気のせいだろう。夜はそもそも人などそんなに出歩いていない。ましてや、こんな路地裏なんて。


 ヒタヒタと俺とカスミの足音が響く。


 路地裏をこのまま進み、正面の突き当りを曲がってさらにまっすぐ進めば、宿屋に近い大きめの通りに出る。


 このまま突き当りまで行けば問題ないのだが……俺はピタリとその場で足を止める。


「――……カスミ」


 俺は少し後ろを歩くカスミの方に手を伸ばす。


 カスミはコクリと頷くと、すぐさま刀へと変形し俺の手に収まる。


 確証はない。

 根拠もない。

 ただの予感。――それも、嫌な予感。


 これが第六感と言われる感覚なのか、はたまた俺の肌が空気中の何かを感じ取っているのかそれは今の俺では判別はつかない。


 戦闘中、背後の死角にいる敵の動きが不思議とわかることがある。

 それと同じものかもしれない。


 とにかく、この角を曲がったところに()()()()

 カスミからも、何かを感じ取っているのが伝わってくる。


 俺は最大限警戒をしながらゆっくりと歩を進める。


 まとわりつく空気が重い。

 さっきまでの空間と同じとは思えない。


 あと少し。


 そうして突き当りにたどり着き、俺は静かに息を吐く。


 ――行くぞ。


 俺は勢いよく角から身体を出す。


 しかし、その場には誰も居なかった。

 遠くに、俺達が目指した通りが見える。


「あれ…………誰も……いない?」

『おかしいわね、何か感じたんだけど……』

「気のせい――」


 ――が、視線がゆらゆらと少し下へ動いたその先。

 俺が無意識に箱か何かだと思っていた黒い影が、決してそんなものではないと気づく。


「あれって……!」


 俺は慌ててそこへと駆け寄る。


 暗くて良く見えないが、それは確かに――――人だった。


「大丈夫か!?」


 その倒れこむ人間の周りには、血が湖の様に広がっていた。

 俺の靴の裏にべっとりと赤いそれが張り付く。


「血が……! 止血しないと……!」

『ホロウ……もう死んでる』

「!」


 その人は既に、生命活動を終えていた。


 良く見ると腹の辺りが切り裂かれたように服が裂け、そこから赤黒い液体が漏れ出している。


 死因はどうやら腹を切り裂かれたことによるものらしい。


 さらに、その両腕は何があったのか、肘から先がまるで肉が溶けたかのように骨が剥き出しになっていた。


「うっ……酷い……」


 俺は込み上げてくる気持ち悪さをぐっと抑え込み、眉をひそめる。


『溶けた死体……』

「…………"腐食の切り裂き魔"」


 まさか、あの噂……。

 この死体はその犠牲者……?


「……カスミ。確か、切り裂き魔って魔剣を探してるかもって噂、あったよね」

『そんなこと言ってたわね』

「まさか、俺達を追って――――」


「動くな」

 

 突然、背後から声がした。

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