次は君の番
僕は足を引っ張る人間が嫌いだ。
努力した者が報われない世界も嫌いだ。
僕は努力してきた。
周りに迷惑をかけないように。
世の中の役に立てるように。
そうしてそれなりの大学に入った。
平凡な能力しかなかった僕にとっては快挙だった。
それなのに、いつだって得をするのは何もしていない人間たちだ。
僕はそれが許せなかった。
特に、弱者だというだけで世の中から甘やかされている人間たちが一番嫌いだった。
僕だって弱者なのに。
努力をしたから人より優れているのに。
努力しない人間が優遇される世の中なんて間違ってる。
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「つまり優性思想に基づく選民的発想ではなく、現代福祉を下地とした選択的配慮であります。自己決定のできない方々に対して最善手を提案することで個人では到達できない結果を導くとともに、社会にとっても最善の決定を下すことができるというわけです。」
拍手が鳴り響く。
ここは国会議事堂で、僕はその真ん中にいた。
テレビでよく見るあの場面だ。
この日、一つの法案が可決された。
法案の名前は「選択的弱者救済法」だ。
通称「足切り法」とも呼ばれている。
日本国民に対し、成人した段階でIQ試験を受験させ、一定に達しない人間に安楽死を施す。
要するに足手まといを切り捨てる法律だ。
法案は審議の段階で世間の強い注目を浴びた。
賛成する者も、反対する者もいた。
あるものは弱者の保護を叫び、あるものは弱肉強食を叫んだ。
この法案は僕がゼミで提案したものだった。
ゼミでの熱い答弁が評価され、大学を通じて政府に提言されると、僕は弱冠21歳にして法案立案の主要メンバーとして国会に招致された。
「いや~、いい答弁だったよ。なんというか鬼気迫るものを感じたね。若さゆえの情熱みたいなものがあふれていたよ。」
向こうからやってきたのは僕の面倒を見てくれている中原教授だ。
大学のゼミの担当教授でもある。
この業界では名前が通っていて、僕がこの大学を選んだのも教授に師事するためだった。
「在学中から国会に招致された学生は君が始めてだ。君はお世辞にも成績がいいほうではなかったが、この結果は努力のたまものだろう。誇ってもいい」
「いえ、先生のご指導のたまものです。」
僕はとても満足していた。
人生の絶頂であるとさえ思った。
これで世の中は僕の理想に少しだけ近づくだろう。
そして僕は理想の世の中で偉人として歴史に名を刻むことにあんるのだ。
「まずいことになりました。」
向こうから女性がやってくる。
厚労省の川野辺さんだ。
「どうしたというんだ」
教授が聞き返す。
「××君の家に民衆が殺到しています。」
彼女はスマホを僕らのほうに向けた。
生放送のニュースが移っていた。
『足切り法 可決』の文字とともに、画面には僕の家に詰めかける人々の様子が映し出されていた。
「荷物は我々の手で回収しました。このままで街にでれば興奮した民衆に危害を加えられることになるでしょう。××さんにはほとぼりが冷めるまで我が省が手配した潜伏場所に潜伏していただきます。」
「わかりました。迅速な手配ありがとうございます。」
民衆とはこういうものだ。
どんな決断に対しても必ず批判するものが現れる。
あっちを立てればこっちが立たず。
自分では何も生み出さないくせに何かを生み出した人間の足を引っ張ろうとする。
愚かだ。
こうして僕はしばらくの間、身を隠すこととなった。
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―2年後―
僕は山奥の小さな村に暮らしていた。
ここには僕の支援者が住んでおり、何不自由なく暮らすことができた。
初めは田舎の生活に戸惑いもあったが、ようやく慣れてきたころだった。
そんなとき、僕の家に来客があった。
ピンポーン!
(こんな時間にいったいだれだろう)
僕は玄関へ向かい、扉を開ける。
そこには、厚労省の制服を着た女性と、教授の姿があった。
「ついに帰れる時が来たんですね!」
僕は興奮気味に問いかけた。
ついつい声が大きくなる。
ほとぼりが冷め、中央に戻る時が来たと思ったからだ。
「あ、いえ、今日はそういうわけではなくて・・・」
「いや、いい、いい、その話は私からしよう」
教授が彼女の話をさえぎって話始めた。
「君もテレビで知っているだろう。君が生み出した足切り法は目覚ましい成果を上げているよ。この国では日々数千、数万の人々が選択的救済の対象となっている。」
「知っています!やっぱり僕の考えは間違っていなかった!」
「そうなんだよ。社会保障の対象となる人々がいなくなることでこの国の社会保障費は今もなお、減り続けている。犯罪は減り、生産力は向上している。当初、懸念されていた人口の問題も、保護対象人口が減ることで逆に良くなる有様だ。まさに少数精鋭といえる。」
「ではなぜ。僕は帰れるのではないのですか。」
「ああ、まあ、今はもう法律への批判も弱まって、むしろ賛同者が大多数を占めて君への評価は世間にも認められたところだ。そういった意味では帰れるんだがねえ」
教授はお茶を濁した。
「どういうことですか?」
教授は思案顔でつづけた。
「そうだなあ。君は努力家で大きな成果を上げた。そこは評価している。でも、もともと優秀な人間ではなかったわけだろう。足切り法では初めに足切りラインを設定したわけだが、弱者を切り捨てていけば、当然のことながら平均も上がっていくわけで」
僕は煮え切らない教授の言葉に焦りが募ってきた。
「教授!はっきり言ってください!」
教授は困った顔をしていた。
「あー、大変言いにくいんだが、まあ、なんだ、その、つまり・・・」
教授はこちらを見て言った。
「次は君の番だ」