9話 男の正体
「……ここ……は……?」
パチッ、パチッと何かが弾ける音が聞こえる中、僕は目を覚ました。目の前には見覚えのない天井が広がっていた。
この弾ける音は、暖炉で木を燃やしている音のようで、大き過ぎず、小さ過ぎない気持ちの良い音が耳に残る。それに、今いる場所も丁度いい暖かさのため、音と相まって眠気を誘う。
このまま流れに任せて再び目を閉じようとしたけど、目の前に突然現れた顔に驚いて眠る事は出来なかった。
「目を覚ましたかね、少年よ」
目の前に現れたのは、山の中で出会った銀髪の老齢の男だった。視線を少し落とすと男の手にはティーカップが握られていた。
「ふむ、見た感じでは問題なさそうだな。薬を使ったので傷は治っているのは確認したが、それ相応に体力を使う。調子はどうだ?」
僕の顔や体を眺めながら尋ねてくる男。僕は少し重たく感じる体を起こして、体に違和感が無いかを確かめる。
体が重くて怠い感覚はあるけど、痛みを感じる事は無かった。どんな薬を使ったのかは知らないけど、あれだけの傷が治るほどだ。かなり高価な物のはずだ。それを簡単に使うこの男は何者なのだろう?
「問題は無さそうだな。まあ、あれから3日は眠り続けていたのだ。それほど休めば傷は治っているだろう」
男はそう言いながらパチッパチッと弾ける音の原因である暖炉の前にある椅子に座り、手に持っていた紅茶を飲む。
しかし、3日も寝てしまっていたのか。……まあ、いいか。別に僕がいなくなって困る奴らなんていないし。身内もいないからね。
「それで……森での話は?」
僕はそんな事よりも森での話の方が気になった。僕に力を与えてくれると言ったこの男。どのような方法でなのかはわからないけど、今以上に強くなれるのなら何でもするつもりだ。
「おお、そうだな。目を覚ましたし、体の調子もまあ問題なさそうだ。森での話は覚えているか?」
「森での話……僕の体の中に鬼の気が流れているってこと?」
「そうだ。屍鬼の気がお前の体内にあるせいで、お前自身の気を上手く使うことが出来なくなっている。まあ、本来であればお前自身も知性のない屍鬼になっていた状況を考えれば、今の方が良いのかも知れないがな」
そう言って笑う男。確かに普通なら屍鬼とかいう鬼になるぐらいなら、弱くなっても生きられるのなら良いのかもしれない。
だけど、僕はこんな状態で鬼が生きる中、何も出来ずに生きるくらいなら、死んだ方がマシだ。
「それで、この気をどうにかしてくれるの?」
「悪いが、お前の中にある屍鬼の気を取り除く事は出来ん。既にお前の気と濃く混ざり合ってあるからな。だが、その上から塗り潰す事は可能だ」
「塗り潰す?」
「そうだ。だが、それをする前にまず吾輩の自己紹介をしておこう。吾輩の名前はギルバラン・リア・アーノルフォート。お前たちが鬼と総称する中では、王と呼ばれておった男である」
……初めは何を言っているのか全く理解出来なかった。だけど、気が付いた時には今までで1番早く動いて、男へと飛びかかっていた。
「こら、慌てるでない」
しかし、そんな僕の事を歯牙にもかけずにベッドへとうつ伏せに寝かされていた。痛みを感じる間も無く。
「まあ、お前を見ていると我々鬼を恨んでいるのはわかる。だが、その鬼に復讐をするには今のお前では何も出来ない。吾輩のやる方法以外ではな」
そう言いながら掴まれていた手を離されて、ベッドに放られる僕。男はそのまま部屋を出て行く。僕はその後ろ姿を眺めているだけだった。
……まさか、力を手に入れるために頼った相手が、鬼の仲間だったなんて。