8話 男の提案
「なん……だ、おま……は……?」
最後の力を振り絞って顔を上げて見た先には、森の中で着るのはおかしいと思える黒の燕尾服に蝶ネクタイ、これも真っ黒なマントを羽織った銀髪の老齢の男がそこには立っていた。
見た目は貴族が夜会などで着るような正装で、絶対にこの山の中に入るのに来てくるような格好ではなかった。
見た目からして明らかにおかしい目の前の男を僕は警戒する。この傷だらけでボロボロなのに何を警戒するのかと思うが、この男から目を離すことが出来なかった。
「そう警戒するでない。話しづらいではないか」
「……とつ……ん……あら……た……おま……」
僕は血を吐きながらも答えようとするけど、思ったよりも声が出ずに言葉が続かなかった。それを見ていた男は
「ああ、黙っていれば良い。吾輩が勝手に喋るからな。時折頷いてくれれば。まずは、お前は昔、お前たち人間が鬼と呼ぶ者たちに襲われた事があるだろう?」
……なんだか男の言い方に疑問を覚えたけど、声が出せないので何も言わずに頷く。
「うむ、やはりな。お前の体に流れる気が変質しておるからそうではないかと思ったのだ。ようやく見つけたぞ」
僕にはこの人が何の話をしているのかわからなかった。だけど、尋ねることが出来ないため、話はそのまま進んでいく。
「お前たちは小鬼、中鬼、大鬼、超鬼などと大きく分けているが、実際にはもっと種類がいる。その中でお前を襲ったと思われるのは屍鬼だ。
屍鬼は自身の気を相手に流す事で、自身の配下となる屍鬼を作ることが出来る殆どの者は対抗する事が出来ずに屍鬼になるが、稀にならない者もいる。わかっているかもしれないが、お前の事だ。
お前の体の中にはその屍鬼の気が流れており、お前自身の気と反発し合っておるな。そのせいでお前自身も気を使いにくかっただろう。
本来のお前の実力なら小鬼どもにここまで手こずる事は無いはずだ」
……え? 今この人はなんて言ったんだ? 余りにも突然な事で一体何を言われているのかわからなかった。あの時の怪我のせいで僕は本気をだせていないのか?
「だが、お前がその体質で良かった。吾輩も長年探していたが、いままで見つけることが出来なかったからな。ここで、死にかけのお前に提案がある……吾輩も共に来い。そうすれば、その傷も治してやるし……お前の中に燻る恨みを晴らすための力をやろう」
僕が何かを考える前に話を続ける男。どうしてこの男は僕を探していたのか。色々も聞きたい事はあったけど、そんな事を考える前に男の提案が何よりも耳に入った。
鬼どもに復讐する力をくれるという男。それがどのような事なのかはわからない。もしかしたら後悔するかもしれない。だけど……例えどんな方法で力を手に入れたとしても良かった。奴ら鬼たちを根絶やしにするためなら。
……この時もう少し考えていたら、あれ程後悔する事にはならなかったのかもしれない。