6話 山での悪意
「ここが目的の山だな」
先頭に立つジャンヌ王女がそう呟く。鬱蒼と生い茂る木々の奥にある山。山の麓が森になっているため、山まではまだ距離があるが、2日間の徒歩で辿り着くことが出来た。
道中は思っていたとおり、問題が起こる事もなく淡々と進む事が出来た。ただ、他のチームメイトたちは平気そうな顔をしているのに、僕だけ疲れ切っていた。
理由は言うまでもなく昨夜の徹夜の見張りのせいである。ただでさえ気を抜くことのできない外での野営だというのに、僕は一睡もせずにいたのだ。そのせいでかなり精神を削られてしまった。
それだけでも結構疲れているのに、ドサドサッと置かれる荷物。昨日同様トーラスたちが荷物を僕に渡して来たのだ。それも、昨日より量を増やして。
昨日より重くなった荷物を持つ事になり、より体力を消費する事になってしまったのだ。そんな事もありへとへとに座り込んでいる僕を見て呆れたように声を出すチームメイトたち。
僕が荷物を持たされているとは知らないジャンヌ王女もはぁと溜息を吐く。
「この程度の行軍で疲れていたら、山の中では到底耐えられないぞ?」
そして、そんな事を言ってきたため、僕は無言のまま荷物を持って立ち上がる。僕の態度にトーラスたちは腹が立ったのか睨んでくるが、ジャンヌ王女の前なので何も言ってこない。腹が立っているのは僕と同じだよ。
「それでは山を登ろうか。途中で野営する事になるから、各自準備を怠らないように」
ジャンヌ王女の号令で進むチームメイトたち。僕も重たい荷物を背負い最後尾に続く。
山道はあまり整備されていないようで、なんとか通れる道は動物の歩いた獣道ぐらいしかない。しかも、山道なので上り坂となっている上に、雨でも降ったのか少し地面がぬかるんでいた。
……はぁ……はぁ、いつもなら問題ないんだけど、徹夜とこの荷物のせいで思うように体が動かない。トーラスたちの荷物を捨ててやろうか、本当に。
そんな事を思いながらしばらく進んだけど、雨が降り始めてしまった。山の天気は変わりやすいというけど、まだ山に入って1時間ほどしか経っていない。
ジャンヌ王女は仕方ないといった風に少し早めの野営を指示してきた。皆、雨に濡れるのは嫌らしく、素早くテントを広げて組み立てていく。
雨が強くなる前にテントと雨除けを組み立てる事が出来たため、そこまで雨に濡れる事もなかった。中心に焚き火を作り皆で暖を取っていると
「ジャンヌ様、少しお手洗いに行って来ますね」
と、トーラスが言い出した。そこに俺もともう1人立ち上がる。
「わかった。余り遠くへと行かないように」
ジャンヌ王女は特に気にした様子もなく最初にどのチームにも渡される地図を眺めながら返事をする。僕も無視をしていると、ガツッと足を蹴られる。
無視しようと焚き火を眺めていたのに、向こうから絡まれるとは。渋々顔を上げると、ニヤニヤと笑みを浮かべたトーラスたちがいた。
顎で来るように促して来たため、仕方なく立ち上がって後についていく。森の中、こいつらに何をされるのかわからないので、学園から支給されている中古の真剣も携えて。
野営した地点から少し歩き続ける。2人はコソコソと話をしているのだけど、その声は僕には聞こえてこない。2人で何かを探しているようにも見える。
僕も辺りを警戒しながら付いていると、突然前の2人が立ち止まった。そして振り向いてきた2人の顔は、悪意に歪んだ笑顔だった。
2人は気を体に流して一気に僕に迫る。僕は余りにも突然の事に対応する事が出来ずに、腰の剣を取られ、右手を掴まれて背中で捻られる。そして、そのまま地面に叩きつけられた。
「それじゃあな、最底辺」
トーラスがそう言った瞬間、僕の体が宙を浮く。もう1人の方に放り投げられたのだ。地面に落ちた瞬間耐えようと思ったけど、僕が落ちた場所は急斜面となっており、そのまま転がり始める。
木々や雑草が覆い茂っており、僕は斜面になっている事に気が付かなかった。2人はこの場所を探していたのだろう。
何度も地面を跳ねて転がる体。時折枝や木にぶつかるけど、勢いは止まるどこか、速くなっていく。ようやく平らな地面になった頃は、トーラスたちがいる場所には、確実に登れないほどの坂になっていた。
「頑張って這い上がってこいよ。最底辺だから登るのは得意だろ?」
そんな事を宣う奴ら。僕は枝などに引っかかって出来た切り傷や、転がった時にぶつけた打撲を確認する。……っ、右足首が痛い。腫れてるし。
……くそ、何でこんな目に合わないといけないんだよ。僕は余りの悔しさと怒りに視界が霞むのに気が付く。しかし、それを確認している暇はなかった。
「グギィ」
近くの草むらが揺れて声がしたからだ。声のした方を見るとそこには……一本角が生えた小さな人型の化け物がヨダレを垂らしながら数体いたのだった。
ようやっと次で序章が終わりですね。
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