5話 出発
「……全員揃っているか? これより、私たちのチームも軍事演習を行う。この辺りは鬼の出現が少ない地域とはいえ、壁の無いところで野営をする事になる。山では中鬼が出る可能性もある。皆、気を引き締めて行こう」
太陽が出たばかりの明け方。王都の門の前で僕たちを見ながら話をするジャンヌ王女。朝日に照らされたジャンヌ王女は、女神かと見間違うほど綺麗で、僕以外のチームメイト男女問わず見惚れていた。
僕も綺麗だとは思うけど、見惚れるほどじゃなかった。前の事があったせいか、ジャンヌ王女に少し苦手意識を持ってしまったらしい。あまり、関わりたいとは思わないのだ。
そのジャンヌ王女は、門の前で立っている先生に出発の報告をしに行く。その間に残されたチームメイトは自分の荷物を確認している。僕も自分の荷物を確認していると、ドサドサッと目の前に僕のでは無い荷物が置かれた。
「おい最底辺。お前、基本役に立たねえんだから荷物ぐらい持つよな?」
不本意ながら……本当に不本意ながら同じチームになってしまったトーラスが、僕の前に荷物を置いたのだ。しかも、トーラスだけで無く、2人のチームメイトの男たちも僕の前に置く。
「お前が俺らの荷物持ってくれるんだって? いやー、助かるわ。まあ、お前の代わりに俺らが戦うんだから、それぐらい良いよな?」
「そうだよ。っていうか、逆にお前から自分は役に立たないので荷物を持たせてください、って言うべきだろ?」
ニヤニヤと自分勝手な事を言う男たち。しかも、ジャンヌ王女にバレないようにか、非常食や水などの必要な物は自分で持てるように別にリュックを持っており、わざわざ野営用のテントや寝袋などすぐに必要にはならない物を入れたリュックを渡して来た。
この光景を見ているジャンヌ王女以外の他のチームメイトは何も言ってこない。関わりはしないから勝手にしてくれって感じだ。
僕は溜息を吐きそうになるのを我慢しながら、地面に置かれたリュックを持つ。ここで文句なんか言ったって無駄なのはわかっている。これから演習だっていうのに怪我させられるのも困るし。
その光景を見てトーラスたちは嘲笑してくるけど、それも無視。もう慣れてしまっている自分が腹立たしい。
「よし、手続きは終えた。これから出発するが準備は良いか?」
そんなところに先生に報告し手続きを終えたジャンヌ王女が戻ってくる。皆、それに合わせたように嘲笑をやめてジャンヌ王女の方へと向く。ジャンヌ王女は僕たちの気配に気がついた様子もなく、自分の荷物を持って先頭を歩き始める。
もう、僕なんか目に見えていないかのようにジャンヌ王女の後に続くチームメイトたち。僕は渡された荷物を疲れにくいように背負う。
これから行く山はごく普通の山だ。特に名前があるわけでも無く、何か伝承のような話がある山でも無い。
山の入り口となる麓には木々が鬱蒼と生えており、動植物も豊富な場所である。ただ、そういう場所には、自然と鬼が集まる。鬼も生きるためには食事が必要だからね。
この辺りは前線と違ってそれほど強い鬼は出てこない。さっきジャンヌ王女が言っていた通り、出て来ても中鬼だろう。まあ、その中鬼すら僕からしたら脅威でしか無いんだけど。
しかし、ようやく鬼に出会える。村を襲われた事件から7年が経ったけど、王都で保護されてからは一度も王都の外に出る事が叶わなかったからね。あまりの嬉しさについ笑みを浮かべてしまう。その顔をチームメイトに見られたのか
「……ちょっと、何か笑っているわよ?」
「うわぁ、気持ち悪。何考えているのがわからないから余計に怖いわ」
僕の顔を見ながらそう言ってくる2人の女のチームメイト。僕は誤魔化すように頰に触れて顔を見上げると、2人は顔を逸らして何も無かったかのように2人で話し始める。
僕たちのチームは男が5人、女が4人のチームで、今話していた2人の他にもう1人女生徒がいる。彼女は誰とも話さず黙々と歩いていた。
もう1人は言わなくてもわかるかもしれないがジャンヌ王女だ。トーラスたちに色々と話しかけられて鬱陶しそうにしている。
男たちは僕の他に4人おり、トーラスとさっき荷物を預けて来た2人の他にもう1人いる。もう1人もジャンヌ王女に話したそうにしているが、その前に3人がいるから入りづらそうだ。
そんな風に軍事演習が始まったが、夜の野営まで特に問題もなく進む事が出来た。まあ、まだ王都に近い位置だ。100年ほど前ならいざ知らず、今は鬼に対抗出来る滅鬼隊がいる。
主要都市の周辺地域の鬼の殲滅も軍務の1つなので、ある程度の安全は確保されている。それでも、はぐれの鬼が現れたりする事もあるから油断は出来ないのだけど。
野営の準備はや食事の準備は皆で手分けして準備をした。流石にジャンヌ王女の前で僕に全部を投げる事は出来なかったようだ。それに、僕1人に全部任せていたら準備が出来るのが遅くなるっていうのもあるのだろうけど。
ただ、見張りの時は全部僕に押し付けて来やがった。9人いるので3人ずつで交代で見張りをする事になったのだけど、最初はジャンヌ王女たちから2人と男1人、次も同じ数で、最後に男3人で見張る話だったのに、トーラスたちは全て僕に押し付けて来た。
ジャンヌ王女といるのは気まずかったのだけど、もう参加してしまっているからか、何も言ってこなかった。
そんなジャンヌ王女ともう1人の女生徒との時間が終われば、眠りに入るジャンヌ王女にはバレないと考えたのだろう。交代で起こしに言った時、押し付けられてしまった。
2番目は朝に僕の事を気持ち悪いやら怖いと言っていた2人で、ジャンヌ王女たちの時ほどでは無いけど、気まずかった。
そして3番目は僕1人だった。まあ、当たり前だけど3番目は男3人でする予定だったんだ。起きなかったらこうなるのはわかっていた。
多分明日……もう今日か。今日の野営も同じ事になると思うから体力をなるべく消耗しないようにしないと。
僕は1人で溜息を吐きながら、焚き火の火を見るのだった。……野営の事を気にしなくてよくなる出来事が起きるなんて、この時は思っても見なかった。
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