4話 忠告
「な、何でここに?」
僕は突然現れた人物に驚いて思わず呟いてしまう。トーラスたちも突然現れたジャンヌ王女の姿を見て、驚きを隠せないようだった。
「私は彼に用が会って来たのだ。初めは訓練をしているのかと思っていたが……今のは明らかに殺意の篭った一撃だった。どういうつもりだ?」
僕の方を見ながら会いに来たなんてジャンヌ王女が言うもんだから、トーラスたちは嫉妬やら怒りやら篭った瞳で僕を見て来たけど、ジャンヌ王女の責めるような言葉に、狼狽える4人。
「い、いや、その、つい訓練に熱が入ってしまっただけで。は、ははっ」
誤魔化すように引き攣った笑みを浮かべるハンザに、ジャンヌ王女は睨むが、直ぐに出口の方を指差す。
「私が今から彼と話すから、君たちは帰りたまえ」
有無を言わさない雰囲気にトーラスたちはぺこぺこと頭を下げながら訓練場を後にする。僕は力強く握られた喉を押さえながら立ち上がる。口の中は切れているのか血の味で気持ち悪い。ぷっ、と吐くと白い塊が口から飛び出す。……奥歯が折れてたみたいだ。
喉の痛みと吐き気に顔を歪めていると、僕に近づいてくる気配。顔を上げればそこにはジャンヌ王女が立っていた。そういえば僕に話があるって言ってたっけ。
「君も君だ。資料を見たが、学園で最下位どころか、歴代でも低い位置にいる。正直に言わせてもらうが、今すぐに学園を出た方がいい。今のような怪我では済まない大怪我を負うぞ?」
どのような話なのかはある程度わかっていたけど、ここまできっぱりと言われるとは。それにしても、僕は本当に弱い。現学園の生徒だけでなく、過去の記録の中でも低いなんて。思わず笑ってしまうね。だけど
「僕は辞めませんよ」
絶対に辞めない。目的を達成するどころか、まだそのスタートラインにすら立てていないのに辞めてたまるか。
「君は卒業生がどうなったのか知らないからそんな事が言えるのだ。卒業生が滅鬼隊に入り、5年間の内に5体満足に居られる人数はかなり少ない。
実際に片腕や片足を無くした者はザラで、中には鬼にワザと体の一部を食べるところを見せられた者もいた。死ぬ確率だって低くない。
皆、君以上の実力の持ち主たちがだ。それでも、君はこのまま学園にいようと思うのか?」
「そんな事は関係ない。僕は辞めません、絶対に。そういう話ならもういいので失礼します」
王女相手にこの対応は失礼なのだろうけど、僕の気持ちは変わらない。死ぬ可能性が1番高いのを知っているけど、それでも諦め切れないんだ。
……僕の頭の中にはあの日の音が鳴り響いている。父さんと母さんが僕たちを守るために犠牲になって、鬼に生きたまま食われた時の叫びが。知り合いたちの嘆きが。
鬼を殺すまでこの声は止まないかもしれない。殺したとしても止まないかもしれない。それでも、僕の気持ちは1つだ。必ず鬼を根絶やしにする。実力が無くて途中で力尽きようとも、この目的は絶対に変えたくない。
「お、おい!」
そのまま立ち去ろうとする僕を、慌てて引き止めようとするジャンヌ王女。慌てていたせいか、力強く僕の肩を掴んで引っ張ったため、ブチっと1番目のボタンが千切れた。
そして、僕を見て悲鳴を上げたジャンヌ王女。いや、僕と言うよりは、左側の首から肩にかけての傷痕を見てだろう。
トーラスたちに傷付けられた傷では無くて、鬼に村を襲われたあの日に付けられた傷。火傷の跡で皮膚の色が変わり、大きな歯型が残っている傷痕。
僕は固まるジャンヌ王女の手を振り払い頭を下げて訓練場を後にする。ジャンヌ王女は呆然と固まったままで何も言わなかったので、そのまま帰る事にした。
……はぁ、ボタンを治さなきゃ。