11話 目覚め
「……こ、こは」
僕はグラグラする頭を押さえながら体を起こした。視界もぼやけており、耳鳴りも酷く、吐き気と頭痛がする。……いつの間に眠ってしまったのだろうか。
確か……そうだ、ギルバランと血の契りとやらを行なって、体の奥底から燃えるような感覚が全身を襲って気を失ったんだっけ。
「目を覚ましたか?」
体を襲う痛みなどに我慢しながらあの時の事を思い出していると、部屋にギルバランが入って来た。手にはお盆を持っておりその上にはお皿が載せられていた。そして、そこから匂う料理の強烈な匂いに吐き気が込み上げて来た。
な、なんだこれは? 今までこんなきつく匂いを感じる事なんて無かったのに。気、気持ちが悪いっ!
「むっ、やはり、感覚が鋭敏になっておるな。久し振りだったので忘れておったわ」
そう言い笑うギルバラン。くそっ、あいつの笑い声のせいで頭が割れそうなほど痛い。煩いぞっ! しかし、そんな事も痛みのせいで言う事が出来ない。
「こればかりは慣れるしかあるまい。なに、数日程でなれる。今は我慢してこれを食べろ。少量で腹を満たしてくれるものだ」
そう言い目の前に置かれた食器に入っていたのは、緑色をしたスープだった。匂いは変わらずきつく、食欲は全くなかったのだけど、無理矢理胃に流し込む。それだけで吐き気が込み上げて来たけど何とか我慢した。
「……あれ? 痛みが引いた?」
「それは即効性の薬膳スープだからな。完全に痛みが無くなる事はないが、飲む前より遥かにマシだろう」
確かに、耳鳴りに頭痛、吐き気はまだ残っているけど、このスープを飲む前に比べたら天地の差だ。僕は勢い良く全てのスープを飲み干す。
全部飲み干したが、最初に感じたほど痛みが引く事は無かった。だけど、腹はギルバランの言った通り膨れたし、我慢出来るほどの痛みまで下がった。効果としては十分過ぎる。
「落ち着いたか?」
「……ああ」
「くくっ、そう警戒する事はない。これからの事を話すだけだ。まずは、そのスープを飲みながら数日間はその感覚を馴染ませるのに使う。
その後に体を動かす訓練だ。身体能力が高くとも、その使い方を知らなければ意味が無いからな」
ギルバランは取り敢えず休むが良いと言って、食器を持って出て行ってしまった。僕はそのままベッドに寝転ぶ。
……そういえば、こんなにゆったりと休める事は今までなかったなぁ。大抵、トーラスたちに夕方遅くまでボロボロにされてから家に帰って、気を失うように眠っていたから休んだ気にならなかった。
……僕が居なくなって学園は慌てているだろうか。いや、あり得ないな。逆に僕が居なくなって喜んでいるかもしれない。
まあ、今となってはどうでも良い事だ。あそこに未練は無い。あそこに入ったのは鬼を殺せるように訓練をするためだけだし。それが、不本意だけどギルバランとの契りで達成出来るのであれば、行く必要も、戻る必要も無い。
それに……僕を心配してくれる人なんて、もうどこにも居ないのだから。
◇◇◇
「ジャ、ジャンヌ様、もうそろそろ帰りません? ここまで探していないんだったらもうあいつは……」
「ふざけるな! いくら最下位だろうと学園の仲間だぞ!? それをこんな簡単に……」
私は困ったように笑みを浮かべるトーラスの胸ぐらを掴む。私は不思議で仕方がなかった。確かに彼、アルトは学園では最下位だ。私自身、実力が無いのなら辞めた方がいいと言った。
しかし、それは彼の事を思ってだ。私たち王家の者は民を導くために鬼との戦いでは士気を高めるため先陣に赴く事がある。父も兄たちもいままでそうして来た。中には帰って来なかった者もいるが。
だからこそ、鬼との戦闘による悲惨な状況を、私は何度も見て来た。顔見知りが次の日には骸になって帰ってくる事も何度もあった。それどころか、体の一部しか帰って来なかった事も。
そんな危険な場所にいるのだから、皆で支えて合わなくてはいけないのに。……しかし、周りの表情を見ていると、そんな事を思っているのは私だけのようだ。
私はトーラスを突き飛ばすように手を離した。トーラスは耐え切れずにその場に尻餅をつく。私は無言のまま山の中を歩き始める。こうなったら私だけで探す。リーダーとしては失格かもしれないが、彼を見捨てる事なんて出来ない。
他の者たちは狼煙を上げたので直ぐに先生が来るはずだ。先生に保護をしてもらおう。
……そう思ったのだが、狼煙を見て来た先生たちに捕まり学園へ帰る事になってしまった。私は彼を探す事が出来なかったのだ。




