10話 血の契り
「……はぁ」
僕は空に輝く月を眺めながら溜息を吐く。あの男、ギルバランに屋敷に連れてこられて10日が経ったけど、僕はこの屋敷から出る事が出来なかった。
理由は、ギルバランの提案を直ぐに断る事が出来なかったからだ。奴の言葉を信じるなら、奴は鬼たちの王だったと言う。なぜ過去形なのかは興味も無いから聞かないが、そんな奴の力を借りてまで強くはなりたくはなかった。
……だけど、そんな事を言っている場合では無いのも自分でわかっている。僕の目的を達成するためには、今のままでは絶対に無理なのはこの前の小鬼との戦いで嫌という程わかったからだ。
鬼の中では弱小になる小鬼5体に囲まれれば僕は死ぬほどの実力しかない。そんな僕が鬼を根絶やしにするというには命が万あっても足りないほどだ。
自身のプライドか、それとも鬼に対する復讐、どちらを選ぶか。……いや、馬鹿だな僕は。この10日間色々と悩んでいたけど、こう天秤にかけると、簡単にわかるじゃ無いか。何をウジウジと悩んでいたんだよ。
僕のこんなちっぽけなプライドなんかよりも、大切な人たちを殺した鬼たちへの復讐の方が何百倍も重要だったというのに。
……10日も時間を無駄にしてしまった。すると決めたならすぐに行こう。僕は月や星を眺めることが出来る庭から屋敷の中へと戻る。
あの男はいつも暖炉の前で本を読んでいる。本なんて貴族ぐらいしか持っていない貴重なもの。それをあの男は本棚を付けるほど沢山持っている。これも、鬼の王とやらが関係しているのだろうか。
僕はそんな事を考えながら、ノックもせずに扉を開ける。ノックをする必要はこの男にはない。僕自身、敬っていないのも関係しているけど、この男は気配で僕がどこにいるかわかるらしい。
「来たか、少年よ。今日は吾輩を殺しに来たのではなさそうだな?」
余裕な表情でそう言いながら紅茶を飲むギルバラン。この10日間、何度かこの男を殺そうと試したけど、初日に簡単に捕らえられた時のように容易く捕まり、成功する事は無かった。
「ああ、僕はあなたから力を貰うことにした」
「ほう、あれ程嫌がっていた。いや、憎悪すらしていたのに、どうしたのかね?」
「よくよく考えたら、僕のちっぽけなあるかもわからないプライドのせいで、目的を見失う訳にはいかない事に気が付いただけだ。だけど、これだけは言っておく。僕はあなたを殺す事を諦めたわけじゃない。あなたから貰う力であなたを殺して、鬼たちを殺す。そして、鬼たちを全部殺して、鬼のあなたに力を貰った僕も死んで目的を達成する事にした」
「……ほう、そこまで覚悟があるのなら、耐えられるだろう。良かろう。お前に力をやろう。付いて来るが良い」
ギルザレンは僕の顔を見て笑みを浮かべて部屋を出る。僕は言われた通りギルザレンの後に続いて行く。向かったのは物置部屋のようなところで、あまり出入りされていないのか、棚には少し埃が積もっていた。
「ここを作ったのはいいが、相手を見つけるのに時間がかかってしまったな」
ギルザレンは呟きながらも部屋の中心にしゃがんで床を剥がし始めた。いや、剥がすというよりも取る感じだ。どうやら地下室を作っていたらしい。
ギルザレンが迷い無く進むため、僕もその後について行く。地下はそれほど広くはなかった。ただ、円形の広場が少しあるだけで。ただ、地面には何かの後のような物が残っている。これは、ギルザレンが作ったのだろうか?
「……これをやるのは2人目だな。少年よ。まずは吾輩の種族について伝えておこう。お前たちが総称して鬼という括りにしているが、中にはいくつもの種族に分かれる。その中で吾輩の種族は、吸血鬼となる。血を愛し、闇を愛する最強の種族である」
「……吸血鬼」
ギルザレンが自身の種族を明かした瞬間、目の色が変わる。先程までは髪の色と同じ銀色の目をしていたのに、明かした瞬間、赤色へと変わった。
「他の鬼たちには出来ぬ技の1つ。血の契りにより、少年に吸血鬼の力を与える」
ギルザレンはそう言いながら親指の先を噛み切る。指先から流れる血を地面に垂らすと、地面に描かれたものが輝き始める。
「両手の手のひらを上に向けて、手を出すのだ」
「あ、ああ……痛っっ!!」
言われるがままにギルザレンに両手のひらを上に向けて見せると、僕の手を掴んで右手の全ての指先をに爪を突き刺してきた。ギルザレンの爪は鋭く尖っており、僕の指先がパックリと切られた。
痛みで手を引こうとするけど、ギルザレンに強く握られているため引く事が出来ず、気が付けば反対側の左手も捕まれ切られた。
「血の契りというのは、吸血鬼である吾輩の血と少年の血を交じ合わせて行うものだ。互いの体にそれぞれ相手の血が入るが、食い尽くされないように踏ん張るのだぞ?」
ギルザレンは自分の指先も全て切り、僕の指先の傷口へと当てる。そして、僕の血とギルザレンの血が混ざり、傷口から血が入った瞬間、指先から熱くなるのを感じだ。
そしてその熱さが一瞬にして体を巡ったと思った瞬間、胸の奥辺りから身を焼かれるような熱さが一気に全身に広がる。まるで、自分の中のものが燃やし尽くされるかのように。
気が付けば、体に巡る焼かれるような熱さのせいで叫んでいたけど、手を離す事は無かった。いや、離せなかった、と言う方が正しいか。
……何時間が経ったからだろうか。いや、本当は秒にも満たない時間だったかもしれない。叫び過ぎたため、喉が裂けて血を吐き、体のいたるところから垂れ流しになってしまった僕は、最後に汗だくで僕を見るギルザレンを見て視界が暗転するのだった。
 




