020:ヴァルグラム警邏第2小隊と国家迷宮鑑定士。
「これは……やはりダンジョンなのでしょうか……」
我が第2小隊副隊長、フェリシアがそう呟いた。
それが何を指す言葉なのか。
ここにいる誰しもが理解している。
今、目の前で圧倒的存在感を放つ、黒く荘厳な祭壇。
不気味なほど静かに、それはあった。
この深い霧がその不気味さをより一層際立たせている。
「間違いない……と思うが、ここは専門に聞いた方がいいだろう。その前に座標は記録しておけよ」
「了解です」
部下の1人に指示を終え、俺はアークを見る。
「任せてくださいよ〜隊長。ちょっと待って下さいね……」
アークは第2小隊の貴重な魔法詠唱者にして、国家迷宮鑑定士の資格保持者だ。
迷宮鑑定士とは、ダンジョンのランクを正式に決定する権利を持っている者のことである。
誰でもなれるものではない。
類まれなる才能に、血の滲む努力が掛け合わされなければなりえないのだ。
普段はお調子者で飄々としているアークだが、俺はコイツのことを高く評価している。
たまに油断が目立つが……。
魔法に依存しすぎているところもあるが……。
まぁコイツは若いから、その点はこれから指導していけばいい。
迷宮鑑定士は総じて──《魔力知覚》という希少スキルを保持し、生物、無生物問わず保有する魔力を文字通り"視る"ことができると言う。
当然、アークも例外ではない。
今、コイツの目にはこのダンジョンの魔力が映っていることだろう。
剣士の俺には想像することすらできないが。
「どうだ?」
「んーダンジョンっすね、間違いないっす。魔力も意外とありますね〜。でも、まだ出来たばかりっす。魔素の吸収率が微弱っすね。ランクで言うと、ギリギリ『E』っす」
「そうか」
「……ここに、迷いこんでしまったのかしらね……」
振り返ると、レーナが茫然とその黒き祭壇を見ていた。
「その可能性は、残念ながら高いな……。時期も重なっている」
そもそも俺たち第2小隊がなぜこのウルガの森の調査に来ているかというと、続けて2件の報告が上がってきたからだ。
1つ目は、依頼を受けたEランクの冒険者パーティが1週間ほど帰っていないということ。
そして2つ目が、アギナ村の村娘が3人も行方不明になっているということだ。
どちらか一方であれば、この調査は『冒険者』の仕事であっただろう。
だが、この2つが重なったことで1つの可能性が浮上してくる。
それが─── 新ダンジョンの発生。
これを調査するのは国の仕事だ。
当然、別の可能性もあった。
冒険者が単に依頼を放り出してしまった可能性や、強力な魔物の発生もしくは襲来。
しかし、新ダンジョンの発生の可能性が僅かにでもあるのならば俺たちが調査しなくてはならない。
ダンジョンの領有権問題というのは、それだけで戦争に発展した歴史すらある。
それほどまでにダンジョンは『資源』として重要なのだ。
…………なかには『特定危険指定ダンジョン』というのも、あるのだが………………。
「どうしますか〜隊長? このダンジョンの中、見てみます?」
「あぁ、調査は必須だ」
「そうっすね〜そりゃそうっすよね〜」
「ただし、少しでも危険があると俺が判断すれば即撤退する。俺たちの任務はあくまでも調査であるということを、忘れるな」
俺の判断に口を出す者はいなかった。
……ただ、危険はある。
魔力とはあくまで指標でしかない。
未知のトラップや想像すらできない事が起こるかもしれない。
ダンジョンとは、そういう場所だ。
それでも、今いるのは第2小隊の中でも俺が選んだ精鋭12人。
Eランクのダンジョンで、撤退すらできない状況に陥るとは考えにくい。
それに……ダンジョンの情報を持ち帰れば功績も大きい。
第1と第3の奴らに差をつけられる。
あのウーガの野郎のムカつく顔に吠え面をかかせてやりたい。
「さて、では進もう」
++++++++++
地下へと続く階段を下りると、そこには2つの扉があった。
加えて…………2つのレバー。
「……どうしますか、隊長。おそらくこれは、分断させるためかと」
フェリシアが俺に指示をあおぐ。
ここの支配種は……多少の知性はあるようだな。
「2手に別れるぞ。いつも通りでいいだろう。俺の班とフェリシアの班に分かれろ」
様々なことを想定した訓練を、俺たちは受けている。
当然それには、少数で行動しなくてはならない場合も含まれている。
なんの問題もない。
弓士2人に魔法詠唱者1人、そして前衛職3人というバランスの取れた構成。
最も柔軟な対応ができる。
何度も実践を共にした仲間たち。
俺が何よりも信頼している奴らだ。
コイツらとなら、どんなことが起こっても対処できる自信がある。
安心して背中を任せられる。
「フェリシア、何かあればすぐに撤退しろ。お前の判断を俺は疑わない」
「はい、ありがとうございます。隊長もお気をつけて」
そして、俺たちはそれぞれの班に分かれ、同時にレバーをおろす。
意外と重かったため、2人がかりで。
…………これも、支配種の狙いか?
確実に俺たちを分断するため……?
だとすれば、想定以上に…………
俺の脳裏に僅かな不安が過ぎったその時、突如壁が出現する。
予想通り、俺たちは分断された。
「では進むぞ。ここはEランクとはいえ新ダンジョン。何があるか分からない。決して油断だけはするな。大丈夫、いつも通りのことをすればいいだけだ」
「うい〜っす。熱いっすね隊長〜」
アークの間延びした返事。
俺がアークを軽くどつくと、心地のよい静かな笑い声が響いた。
メンバーの表情は柔らかい。
緊張はしていないようだ。
かといって油断している様子もない。
最高のコンディションと言えるだろう。
……かくいう俺は、決して表には出さないが少しだけ嫌な予感がしていた。
あのレバーの件がどうも気になる。
だが、ここまで来て引き返すなんて選択肢はない。
意を決し、俺は扉を開けた。
++++++++++
「───《フォロイングライト》」
「……森ですね。魔物気配はありませんが……」
アークの魔法により、明らかになった扉の先は─── まさに森だった。
しかも、かなり深いうえに不気味なほどに静か。
「視界が悪い。慎重に行くぞ」
小声で俺がそう言うと、全員が声なく頷く。
アークを最後尾とし、俺は先頭を進む。
…………だが、何もない。
樹に目印をつけながら、しばらくの間探索しているが、ただの一匹すら魔物がいない。
「何も……いませんね」
「……あぁ」
歩くたびに響くカサカサという葉擦れの音。
それが今耳に入る音の全てだ。
罠も警戒しているが、全くない。
─── だからこそ気づけなかった。
この葉擦れの音以外に、俺たちは注意を向けていたのだ。
いつの間にか……………………俺たち6人の他にもうひとつ。
軽い足音が増えていることに、気づけなかった。
カチャッ
「ギシシ」
何らかの金属音。
そして嫌な鳴き声。
それと同時に、アークの魔法 《フォロイングライト》が消滅した。
周囲が暗闇に包まれる。
「なっ!? た、隊長!? 魔法が使えません!!! 魔法が使えなくなりましたッ!! 何か、何か足に付けられましたッ!!!」
魔法が使えなくなったことによる、アークの焦燥の声。
「落ち着け!! 松明を急げ!!」
指示を飛ばす。
「はっ!! ────ッ!! ゴブリン発見ッ!! ゴブリン発見ッ!! 一匹ッ!! 3時の方向ッ!!」
松明により再び明らかになった視界に、一匹のゴブリンが映る。
いち早く気づいたローガスがゴブリンの発見を報告した。
しかし……呆れるほど凄まじい逃げ足だ。
「チッ!! 当たらねぇッ!! なんて逃げ足だ!!」
弓士のガリアが悪態をつく。
ゴブリンのくせにそいつは意外と賢く、ジグザグに逃げていく。
そして、あっという間に見えなくなってしまった。
「なんだったんだ……あのゴブリン……」
ゴブリンという種族が"逃げる"ことに長けているのはあまりに有名だ。
最弱種の一種としてそれはめずらしくないが、今の奴は異常だった。
とてつもない逃げ足だった。
あれは……そうとう逃げ慣れている。
「周囲の警戒を緩めるな。アーク、何があった?」
一段落して、俺はアークに尋ねる。
「い、いや分かんないっすよ……。たぶん……あのゴブリンだと思うんすけど、足に何か付けられて…………」
アークの足首には、確かに何か『枷』のようなものがつけられていた。
目を凝らし、それが何なのか理解した瞬間、俺は驚愕することになる。
なぜなら、それは………………
「絶魔の────」
「───いや〜MVPだわ緑山」
刹那、この緊迫した状況に似つかわしくない、気の抜けるような聞き慣れない男の声が聞こえた。
その声と共に、アークたちのもとに"何か"が降ってくるのが見えた。
俺たちは全員、トラブルを解決した後とということもあり少しだけ気が緩んでいたんだ。
俺は、ただただ見ているしかなかった。
魔法詠唱者の『アーク』
弓士の『ガリア』と『ローガス』
重戦士の『ゴル』
その降ってきた"何か"によって、大切な仲間4人の首が──── あまりに呆気なく刎ね飛ばされる瞬間を。




