018:最初の。
「やっぱりやめましょうよ……。なんか霧もでてきましたし……。不安です……」
「もう、リンネはほんと臆病なんだから。この辺りはヴァルグラムの冒険者さんたちが魔物を狩ってくれてるのよ? 絶対安全よ。それに、たまにはいいでしょ、気分転換したって」
「そうねぇ、たまにはね。毎日毎日薬草を摘むのって、やっぱり飽きてきちゃうよね……。はぁ、私もはやくギルドの受付嬢さんになりたいなー」
「ふっ。ユリは村の男の子ともまともに喋れないのにー?」
「お、大きなお世話よっ!! べ、別に、喋れないわけじゃない……わよ。ちょっと苦手なだけ……だし。喋ろうと思えば……」
「でもケン君とは普通に話してるよねー。ユリはー」
「何ニヤニヤしてるのよ。ケンは幼馴染みってだけ。アンナが考えてるようなことはないから」
「どうだかな〜」
「………………」
もう……本当にこの2人は緊張感がありません。
困ったものです。
私たち3人は『アギナ村』の村娘です。
薬草を摘むのは私たちの日課のようなものなのですが、今日はいつもと違う場所に行ってみようか、なんて話なっちゃったんですよ……。
当然私は反対しましたよ!
やめようよって。
怖い魔物に襲われちゃうよって。
でもアンナちゃんとユリちゃんは大丈夫大丈夫って言って聞かないんですよ……。
もう、嫌になっちゃいます。
今も呑気に村の男の子の話に花を咲かせちゃっています。
なんか不気味な霧がでてきてるのにですよ?
ウルガの森で霧を見たことなんて今まで1度もありません。
…………うぅ。
怖いです……。
見たことない魔物とかでできたら本当にどうするんですか……。
「なーに暗い顔してるのよリンネっ。たかが霧じゃない。別にどうってことないわよ」
「そうね。この森には子供の頃から来てるから、迷うこともそうそうないしね。ちょっとくらい霧がでてきても大丈夫じゃないかしら」
「……で、でも、ウルガの森で霧がでたなんて話聞いた事ないですよ……。それに……な、なんだか不吉な予感がするんですよ……」
「もう〜リンネは相変わらず臆病なんだから。でもそこが、リンネが男の子から人気がある理由なのかもねー」
「もし何かあれば、走って逃げれば大丈夫よ。ここからはヴァルグラムも近いしね」
「…………うぅ、わかりましたよ……もう。でも、ちょっとでも怖いことが起こったらすぐに帰りましょうねっ! それだけは約束してくださいねっ!」
「はーい」
「もう、リンネはほんと怖がりね。分かったわよ」
はぁ……。
不安です……すごく不安です……。
なんだか霧もどんどん濃くなってきてる感じがしますし……。
さっきからずっと嫌な予感がしてるんですよ。
自慢じゃないですけど私の勘はよく当たるんです……子供の頃から。
うぅー何事もないといいのですが……。
++++++++++
「ねぇ……これって……」
「─── 遺跡、かしらね。随分と立派だけど。こんなのウルガの森にあったかしら?」
「き、きききき、き、聞いた事ないですよ……。もういい加減帰りましょうよ、なんか本当に嫌な予感がするんですよ……」
「ちょっとだけ……中を見てみない?」
「そうね、私も見てみたいわ」
「なぁっ! なななな、何を言ってるんですかッ!! 怖い魔物とかが住み着いてたらどうするんですかッ!?」
わたしたちが辿り着いたのは、黒くておっきくて、なんだかすごく立派な遺跡でした。
当然、今まで1度見たことがありません。
これほど立派なのですから、今まで知らなかったことが不自然すぎです。
絶対にやばいです。
これは本当にやばい気がするんです。
なのに……。
なのにですよっ!?
ユリちゃんとアンナちゃんが中を見に行こうとか言っているんですっ!!
信じられませんっ!!
それに───
「これはダンジョンかもしれないですよ!」
ダンジョン……。
ただの村娘の私に詳しいことは分かりませんが……すっごく怖いところだということは分かります。
怖い魔物とかがうようよいるんだと思います。
しかも、ここがもしダンジョンなら、問題はそれだけじゃないんです。
「捕まっちゃいますよ……私たち……」
そうなんです。
冒険者でもないのに勝手にダンジョンに入ることは、法律で禁止されてるんですよ。
へたしたら牢獄行きですよ牢獄行き!
そんなの絶対嫌です!
「確かにね……それは私も嫌よ。どうするアンナ? やっぱり帰る?」
「えぇーここまで来て帰るとかありえないでしょー。そもそもここがダンジョンと決まったわけじゃないし。もしダンジョンでも、知らずに迷い込んじゃったってことにすれば大丈夫じゃない?」
「はわわわ、な、なな、何を言ってるんですかっ! ダメですよ絶対っ! 帰りましょうよっ!」
「んー確かにアンナの言うことも一理あるわね。もしかしたら、宝物とか見つけちゃったりするかも………………」
「あっ!! それもあるわね!! なおさら行ってみなくっちゃ♪」
「えぇーッ!? ダメですよ!! 絶対ダメですっ!!」
「もうーリンネは……。ちょっとくらいいいじゃない。もし宝物見つかったら、毎日毎日こんな薬草摘まなくてもよくなるかもしれないのよ?」
「で、でも…………」
「そんなに言うならリンネはここで待ってなさいよ。私とユリで中見てくるからー」
「そうね、その方がいいかも。安心して、何かあったらすぐに走って逃げるから」
そう言うと、ユリちゃんとアンナちゃんはこの遺跡だかダンジョンだかわからない黒い建物に入っていきます……。
…………。
…………。
…………。
「ま、待ってくださいーっ!! 私も行きますーっ!!」
……1人で待つ方が怖すぎですよ、もう…………。
++++++++++
「2つ、あるわね」
「そうね、どちらに行こうかしら」
「…………」
わたしは怖くてしゃべれません。
なんなんですかここ。
怖すぎです。
帰りたいです。
早く帰りたいです。
あの後下へと続く階段を見つけたわたしたちは、恐る恐る降りていきました。
しばらくおりていくと、そこには2つの開けられた扉がありました。
どちらも中がすごく暗くて、先が見えません。
「あの……やっぱり帰りませんか? ランプとかも持ってきてないですし……」
「……うーん、そうね。こればかりはどうにもないかもしれないわ。どうする? アンナ」
「せっかくだし、もうちょっと見てみようよ。魔物もいなさそうだしさ」
「でも、中はけっこう暗そうよ?」
そうですよ、そうですよ。
ユリちゃん言っちゃって下さい!
もう帰った方がいいんです!
「ふふふ。実はね、私2人には内緒にしてたことがあるのよ。まぁ、見てなさい。───《フォロイングライト》」
…………。
…………。
「「えぇぇぇええええ!!!」」
わたしとユリちゃんの声が重なります。
当然ですよ、アンナちゃんが魔法を使ったのですから。
「あ、アンナ……あなた魔法が使えたの……?」
「実はずーっと練習してたの。2人を驚かせたくて。全然才能ないから、《フォロイングライト》だけしかできないんだけど」
「それでもすごいですよ!! アンナちゃんおめでとうございます!!」
これにはさすがにわたしも驚きです。
まさかアンナちゃんが魔法を使えたなんて!!
アンナちゃんは謙遜してますけど、魔法が1つ使えるだけでも十分凄いです!!
「とりあえず、これで少しは探索できるわね。でも私あまり長くは維持できないから、この光が消えたらさすがに帰ろっか」
「そうね、そうしましょう」
「はいです!」
先程まで怖さしかなかったのですが、アンナちゃんが魔法を使えるようになっていたことの驚きや興奮、喜びなどによって恐怖が少しだけ和らぎました。
むしろなんだか、ワクワクすらしています!
うん、いいことが起こるような気がしてきました!
私の勘は、結構当たるんですっ!
………………でも、
「何も……ないわね……」
「もうーなんだかガッカリー。魔物はいない……というか何にも無いわよねここ。ただの森じゃない」
「不思議ですね、遺跡の中に森があるなんて。魔物がいないのでダンジョンではないと思うのですが────」
しばらく探索をして、何もなさそうなのでそろそろ帰りましょうか、と提案しようとしたその時でした。
バサッ
何か大きな鳥が、翼をはためかせる音が聞こえたのです。
「ん?」
ドゴォッ
グシャッ
続けて鈍い音が2回。
なんの……音でしょうか……。
気になったわたしは慌てて2人の方に目を向けようとしました。
しかし、それよりも前に───
「うわ〜完全に1回ミスったわー。絶対今頭蓋骨イッたわー、もったいねぇ」
気の抜けるような男の人の声が聞こえました。
そして、同時にわたしの視界に映ったのは……
「天使…………様?」
思わずそう尋ねてしまいました。
そこいたのはまさしく、翼を持ち、綺麗な容姿をした天使様でしたから。
「……。うっ……。うぷっ、ウォェェエエエエエ」
「─── え?」
すると天使様はなぜか……わたしを見ると吐きました。
そ、そそ、それはさすがに───
「失礼ですっ!!」
思わずわたしは天使様を怒鳴りつけました。
いくらなんでもそれはひどすぎです。
天使様でも許せません。
「あー、しばらく人間見てなかったからかー? 俺めちゃくちゃ耐性なくなってるわ。キッツ、やっば。相変わらずキモすぎ、半端ないわー。─── もういいや」
ゴンッ
突然、頭に強く激しい衝撃。
わたしは地面に倒れふしました。
視界がどんどんせばまっていきます。
途切れかけた意識のなか、わたしはやっと気づきました。
アンナちゃんとユリちゃんが、すでに地面に倒れていたことに。
な……ら、さっき……………………の……………………音、は…………………………。
天使………………様……………………?
わたしの意識はそこで途切れました。
++++++++++
「…………ここ、は? ───え?」
目を覚ますと、わたしは檻のなかにいました。
首には覚えのない首輪のようなものがつけられています。
い、いや…………。
それよりも………………。
─── わたしは、裸でした。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあッ!!!!!」




