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人生カスタマーセンター 〜さぁ、人生変えてみませんか?〜  作者: 晃夜
一章 奴隷少女を解放せよ
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Ep,6 defect

 父親は宇月豊人(うづき とよひと)。母親が宇月理沙(りさ)。二人の間に生まれた長男が俺、宇月勇吾(ゆうご)で、その妹が宇月未央(みお)。そんな家庭だった。

 最初の頃は多分、幸せな家庭と呼べるものだったんだと思う。普通に食卓を囲って、普通に談笑して、暖かい布団で眠る。そんな家庭だったんだと思う。

 ただ、それも長くは続かなかった。

 俺たちの家庭は、徐々に崩れ始めた。


 一番最初のきっかけは、母さんが会社の同僚と浮気をしたこと。私にだって私の人生があるんだから、ちょっとくらいは好きにさせてよ。母は悪びれることもなくそう言ったのだった。なんて自分勝手なのだろうと、母を咎めたかった。でも、できなかった。今の自分たちの生活は、父と母によって成り立っているのだから。どれだけ間違っていたって否定できないし、反抗もできない。仕方ない、俺たちには母さんが必要なのだ、と自分で自分に言い聞かせるしかなかった。


 二つ目は、父さんの会社での地位が上がったこと。これは本来喜ばしいことなのだと思う。めでたいことなのだと思う。しかし一度ひびの入ったガラスは、それもとてつもなく薄いガラスは、少しでもつつけばひび割れてしまう。うちの家庭もそうだった。一度崩れかけてしまったから、壊れるのは簡単だった。

 簡単に言うと、父さんは今までより多くのストレスを抱えて毎日を過ごすようになった。朝早くに家を出て夜遅くに帰宅し、その後も会社からの長電話にプライベートの時間を奪われる。休日も同じ、というか電話だけならまだいい方、休日出勤をさせられることも少なくなかった。そんな生活をしていたらそりゃあストレスも溜まるだろうし、死にたくもなるだろう。だからその頃の父さんの口癖は「死にたい」だった。実の父親からそんな言葉を聞かされる僕たちもたまったもんじゃなかったけど、それこそ父さんはなにも悪くないのだし、やり場のないストレスだけが家族みんなに溜まっていった。それも、母を除いて。

 父が「仕事を辞めたい」と言った日、母は決まってこう言うのだ。

「給料はいいんだから仕方ないじゃん」と。

 父がいくら仕事を辞めたいと言っても、母は一向に働こうとはしなかった。


 三つ目。母はろくに家事ができなかった。晩御飯はほとんど冷凍ご飯やインスタント食品、スーパーで買ってきた惣菜、なんならポテトチップスという日もあった。それだけじゃない、洗濯も食器洗いも掃除も十分と言える頻度で行われているわけではなかった。食卓の上には、いつも昨日やその前のままの食器が放置されていた。それらを寄せてなんとかスペースを作っては、汚いリビングで未央と一緒に冷凍食品を食べた。風呂だって三日に一度が当たり前だった。しかもあろうことか、母さんはそれを普通だと思っていた。異常だなんて一ミリたりとも思っていなかった。だから最初は俺たちもそれが普通なんだと思っていた。

 でもまだそれは俺が学校に通っていた頃のことだったから、俺は周りの会話を聞いて徐々に「常識」というものに気づいていけたのだった。

 風呂に入るのは当たり前。部屋が片付いているのは当たり前。

 そんな「当たり前」を俺は、生まれて十年してから初めて知った。


 四つ目。五つ目。六つ目。七つ目。八つ目。九つ目。

 実を言うと、理由なんてものはいくらでも見つかった。母の欠陥。父の欠落。でも、どれが一番ダメだったのかがわからない。俺には生まれ持った「正しさ」の基準がないから。なにが正解で、なにが間違いなのか、わからなかったから。どうすることもできなかった。自分が不幸なのかすらもわからなかった。だから、その時はまだいた友達に相談することもできなかった。そのうち友達すらもいなくなった。理由は簡単、学校に行けなくなったからだ。行かせてもらえなくなった、と言うのが正しいか。俺が「正しさ」のかけらをやっと掴みかけた丁度その時、両親は義務教育を放棄した。

 めんどくさかったのだろう。

 きっと、それくらいの理由だ。それくらいの理由で、俺たちの人生からついに「希望」と呼べるものがなくなった。呆気なかった。あー、もういいか、まぁいいやと、のんきに思考を放棄した。

 しかし俺たちには、そんなことすらも叶わなかった。


 家庭崩壊、と言うのか、ついに両親が離婚すると言い出したからだ。ギリギリのところで抑えられていたものが何かの拍子に一気に溢れ出して、やれあんなことがあっただの、それはお前が悪いだのとお互いに責任を押し付けあっては確証もない自身の潔白だけを唾を飛ばして訴える。毎日が地獄だった。難しい手続きの詳細は知らないけど、自分に利益があるようにどちらも汚いことばかり言っていたことだけは知っている。

 自分たちの居場所は一体どこにあるんだろうと、未央と二人冷たい布団で身を寄せ合った。自分たちはこれからどうなってしまうのだろうと、絶望に近い怒りを胸に抱いた。俺だけならいい、なんで未央まで巻き込まれなくちゃいけないんだ。なんでこんな幼い妹が苛まれなくちゃいけないんだ。

 どこかで聞いたことがある。

 子供は夫婦の愛の結晶なんだと。

 馬鹿げている、と思った。阿呆らしくてにやけが止まらなかった。そんなくだらないものに成り下がった覚えはないのに、世間一般の群衆たちは俺たちを「愛」という安っぽい記号で判別する。


「君たちが今生活できているのはお母さんとお父さんのおかげなんだよ、感謝するのが当たり前なんだよ」


 ドラマの中の登場人物は、似たような顔のニュースキャスターは、みんな揃ってそんなことを言う。わかってる。知ってるよ。それが世の中の普通なんだろ。当たり前なんだろ。お前らが言う親孝行っていうのは、今は反抗しているけど、大きくなってから親に向けた手紙なんて書いちゃって、ドキュメンタリーか何かに密着されちゃって、顔も知らない画面の向こうの他人を感動させちゃうことなんだろ。そんな子供になることを望んでるんだろ。そういう型にはめたがるんだろ。知ってるよ。

 でもさ。

 当たり前に育てられなかった俺たちに「当たり前」を強いることは、本当に当たり前なのか?

 苛まれて虐げられて、毎晩涙が枯れてもそれでも、俺たちは「ありがとう」って、「母さんたちのおかげでここまで生きてこられたよ」って、そう言わなきゃいけないのか?

 自分の苦しみをなかったことにして、四肢を折り曲げて千切ってでも一般的な型にはまった思考をすることが「正しさ」なのか?

 俺には、どうにもそれが理解できない。


 それから数ヶ月後、未央が父さんに虐待されていると聞いた。「あんたの妹、大変なことになってるらしいよ」。それは母さんの口から聞いた言葉だった。他人行儀な言い方をするものだな、と思ったけど、今更親子づらされてもそれはそれで苛立たしいのでもうなんでもよかった。

 平坦な口調だった。

 隣の家の晩御飯より、来年の今日の天気より、それよりもっとどうでもいいことを話しているかのような口調だった。

 最初はそんなもんだと思った。この人に期待したって無駄だと思った。しかし残念なことに、俺の中にはまだ母さんを「信じたい」と思う心が残っていたらしく、その時半分ほど正気を失いかけていたということもあった俺は、ほんの少しの期待を滲ませて母さんにこう言った。

 今なら言える、その行動は間違いだったと。


「母さん、未央を助ける気はないの?」


 対して母さんは、やはり平坦な口調でこう言うのだった。


「なんで?」

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