エピローグ
朝七時。目覚まし時計の音で目が覚める。
柔らかい布団の上、寝返りを打って隣を見ると、くしゃっとしわの寄った布団だけが視界に映る。どうやら、父さんと未央はもう起きているようだった。
二人とも早起きだな、と思いながらゆっくり起き上がる。
「おはようお兄ちゃん、遅いよ。......あパン焼けた。ジャム?バター?」
「はよー......ジャムって何あったっけ」
「イチゴとブルーベリーと......あとマーマレード!」
洗面所に向かいながら「じゃあブルーベリー」と返す。洗面所には父さんがいて、しゃこしゃこと歯を磨いていた。がちゃがちゃと食器がぶつかる音を背に、俺も父さんの隣に並ぶ。
「おはよ」
「おはよう」
「父さん次の休みっていつ?」
「土曜かな。どうしたんだ? 急に」
「いや......昨日未央が観覧車乗ってみたいって言ってたからさ」
歯ブラシに歯磨き粉を絞り出しながらそう言うと、何故か頭を撫でられた。それからわしゃわしゃとかき混ぜられて、「えっなにえっ」と声が漏れる。あまりに突然のことだったから、少し驚いた。
「......ほんと、優しい兄ちゃんだな、勇吾は」
父さんがたまに見せる、少しだけ悲しそうな笑顔。
あれから数ヶ月経った俺は、父さんのそんな表情も嫌いじゃないなと思うようになっていた。
でもやっぱり、楽しそうに笑ってて欲しいっていうのが本音なんだけど。
だから俺は、そんなことないよと笑った。
でも父さんはそれ以上、何も言えないようだった。それから数秒間お互いに目を逸らさない時間が続いて、父さんがわざとらしく「よーっし!」と言い放つ。
「行くか! 土曜日、遊園地!」
そして今度はくしゃっと、楽しそうに笑った。
「うん。未央、きっと喜ぶよ」
こんな会話もいざ知らず、当の本人は呑気に「おとーさん、バターでよかったっけー?」と少し大きめの声で言う。
しかしまぁ、未央も随分とエプロンが似合うようになったものである。最初の頃こそ危なっかしいの権化でしかなかったけど、今ではもう立派なキッチンの主だ。得意料理は甘い卵焼き。身長が足りず、まだまだ台が必要ではあるみたいだけど。
歯を磨き終わって、口をゆすいで、父さんと一緒に食卓へ向かう。それぞれの席の前には、要望通りのものが乗せられた食パンと牛乳。
一足先に準備を済ませた未央の隣に俺が、その正面に父さんが座った。
「いただきます」
三人で声と手を合わせる。当たり前だけど幸せなその響きに、あぁ俺たちはちゃんと「家族」なんだなと実感する。昨日も一昨日もその前も、ずっと同じことを繰り返してきたはずなのに、日々の一つ一つ全てがとても大事なもののように思える。
父さんがいて、未央がいて、俺がいる。
それだけで、十分なくらいに幸せだった。
この幸せをいつまでも忘れないように。
前までの生活が酷かったから今の生活が幸せなんじゃなくて、この生活自体を幸せだと思えるように。
当たり前の幸せを、当たり前に幸せと思えるように。
今日も俺は、生きていく。
人生カスタマーセンター第一章、ご愛読ありがとうございました。
「普通」と「家族」がテーマになった(後付け)今回の話ですが、特別な境遇にいる方じゃなくても「普通ってなんだろう?」と思うことはあると思います。
それでもなんとか自分の信念とか何かを信じて、普通じゃなくてもいいからがむしゃらに好きなことを続けていけたら、それで十分だと思うんです。
普通じゃなくても、何度道を踏み外しても、きっと人は幸せになることができる。
そんな、「死なない限り人生に終わりはない」という思いを込めたつもりの第一章でした。
ここから番外編が何話か続いて、二章へ突入します。