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この異世界戻るべからず

集団転生編

 地平線という空と地の境すらわからないような真っ白な空間で、1つの椅子と十数個の椅子が向かい合っている。

 まるで集団面接会場のように配置された椅子の面接官に当たる位置、1つの椅子に座るのは、10歳前後に見える金髪の美少年だ。

 見ているだけで美しすぎて気が狂ってしまいそうだと、面接を受ける側の十数個に並ぶ椅子の1つに座る老若男女の中の1人、島根桜子は思った。


「なに、ここ……?」


 見たこともない場所に島根桜子は口を開くが、その言葉は音に変換されることなく消えた。

 口は開く、喉も震える、呼吸も出来る。けれど、声が出なかった。

 島根桜子は恐怖から立ち上がろうとするが、立ち上がることも出来ない。

 ついで周囲を見回す。首は動いたことに安心した島根桜子は、恐らくと同じようなタイミングでそれらに気づいたのだろう周囲のものたちも同じように不安そうに辺りを見回し始めていたのに気付いた。

 そして、その十数個の視線は当然のように、向かいに座る訳知り顔の金髪の美少年へと向けられた。


「ほんと、ごめんね?」


 ちょうど良いタイミングだと言えばそうだろう、全員が自分の状態を認識して不安を感じ、その説明がほしいと思っていて、その上で誰もが不安に押しつぶされる前。そんなタイミングで少年は声を発した。続けて少年は言葉を続ける。


「いいよ、わかってる。それじゃあ、説明をしよう」


 説明。

 少年は神様だということ。

 その少年は、誤って日本に予期せぬ雷を落としてしまったこと。

 ここにいる島根桜子含む十数人は、その雷に打たれて死んだこと。

 島根桜子含む十数人は、別世界に転生もしくは転移できること。

 転生・転移どちらになるかは個人個人が選べること。

 十数人はそれぞれ別の世界へ転生・転移すること。

 転生・転移の際、神様が個人個人に望んだ異能を与えること。


 少年は、まとめてしまえばこんなことを口にした。

 十数人はそんな少年の言葉を聞いて様々な反応を返す。そもそも少年の話を信じようとはしない者。異世界転生だと喜ぶ者。まだ危機足りないことがあると説明を求めている者。元の世界に帰りたいと泣き出す者や悲しむ者。


(パパ・・・ママ・・・裕太・・・)

 島根桜子は、その例に漏れず元の世界へ帰りたいと思う者の1人だ。


 だが、そんな十数人は変わらず動かず、言葉を発さない。いや、出来ない。


「さて、君たちは僕にいろいろ聞いてもいい。ああ、思っただけで僕に伝わるから安心して。声を出せるようにしてもいいんだけど、ちょっと泣きわめいていて五月蠅い子が何人かいるから、このままにしておこう。それじゃあ、君。聞きたいことはある?」


 少年は悪びれる様子もなくそう言って十数人並ぶ左端の人を指さす。20台後半の女性だろうか。女性と少年が目を合わせると、少しして少年がまた口を開く。


「うん、ごめんね、元の世界に返すことはできないんだ」


 その言葉で左端の女性が泣き崩れ、同じように数人が頬を濡らし始めるのを島根桜子は見た。同じように泣き出したい気持ちに駆られていたが、何度来るか分からない質問の中、最も知りたかったことを質問せずに知ることが出来たのは幸運だったと、島根桜子は前向きにどんな質問をするのか考え始めた。


「あーあ、受け答えできる子が減っちゃったよ。まあいいか。次君ね」


 左端から順に、時には泣き崩れている者の順番が飛ばされて、何度かの質問と回答を繰り返す。

 とは言っても島根桜子は少年の回答から質問を想像することしか出来ない。

 なぜなら少年の回答は少年の口から発せられているが、質問内容は質問者が思ったことを少年に伝えることで行われていて、他の者には聞こえないからだ。

 まあ、少年の回答がかなり親切なので質問内容が分からない、ということはよほどのことがなければなさそうだが。


「うん?ああ、いいね、君は前向きだ。有望だな、君」


 と、少年のこんな意味の分からない言葉でも、質問者が異世界に行くことを前向きに考えていて、それに当たっての質問をしたのだろうな、ということくらいは想像できる。

 その上で少年はこう、言葉を繋げるのだ。


「異能についてね、言ってなかったけど、基本的に僕は君たちが異世界に行くに当たって君たちの望む異能を与えるつもりだ。けれど、君たちにはその異能、同じものを与えることはない。先着順だね」

「それと、僕の基準でその異能がどれ程の格か判断して、強すぎるようなら使用回数制限を設けたりそもそも与えられない可能性もあるから、それだけよろしくね」


 こんな調子だ。これでは質問者が異能について聞いたということは丸わかりだし、質問者以外にも情報を与えてくれるよう少年は言葉を選んでいるというのがわかる。


「それじゃ次の……ん?」

「ははあ、なるほど。確かに異世界転生をするのならお約束だな、わかった。質問した内容もあるし、先着順と言ったのは確かに僕だ。君には『勇者の加護』の異能を与えよう。剣と魔法にボーナスがかかる優れものだよ。それで、転生と転移はどちらを選ぶんだい?」

「残念。君に質問の権利は今は無いよ。けれど選んでしまった君はどちらかを選ばなければならない」

「わかった。転生だね。では良い人生を」


 少年はそう口にすると、目を合わせていた異能について聞いていた質問者、15歳くらいの少年はまるで元からそこに居なかったかのように一瞬で消え去った。

 それを見た島根桜子は今までのこの空間で起きていた、立ち上がれない、声が出ない、などとは比べ物にならない非現実的な現象に目を見開いた。


「では、次」

「ん?貴重な質問をそんなことに使ってしまうのか。彼はもう旅立ったんだ、別の世界にね」

「では、次。だめだよ、待たない。次」


 そうして何度かの質問が過ぎ、左隣にいる40台くらいの男性に、少年が目を向ける。次が島根桜子の番だ。


「面白いね。転移について。確かに君たちは雷に打たれて死んだのだから、健康な肉体は残っていない。というか、君たちの肉体は塵一つ残ってないよ。そんな雷だった。それは置いておいて、1から似たような肉体を作ったり、別人の肉体に魂を入れてしまうと拒絶反応が起こる。だから本来転移よりまっさらな拒絶反応を起こさない、産まれる前の肉体に魂を憑依させる転生の方が僕ら神にとって圧倒的に楽ではある」

「けれど、雷に打たれる直前、健康だった頃の肉体のコピーを時間をさかのぼって取ることは難しいことではないんだ。だから、転移をする場合は君たちの死の直前の肉体を使うことになるね」


 島根桜子は左隣の男性の質問の意図がいまいち掴めなかった。

 転移について聞いたのは間違いない。回答からして「転移を選んでも死んでいる私の肉体で大丈夫なんだろうか」といったような質問だろうと感じた。

 聞く意味があるだろうか。左隣の男性が転生より転移を選ぼうとしていて、転移を選んだ場合雷に打たれた身体のまま転移したりはしないか保険を打ったということだろうか。

 貴重な質問の機会をそんなあり得なさそうな保険のために使ったのだろうか。今椅子に座っているここにいる全員は、見る限り健康な肉体だというのに。


 左隣の男性は、祈るように顔を伏せた。その顔を見て、すぐに『次』という声が聞こえて、島根桜子の番が来る。

 島根桜子は、左の男性から正面の美少年に視線を動かし、意を決して聞いた。


『時間跳躍の異能と、場所を瞬時に移動する異能は手に入りますか?』


と。すぐに回答があった。


「異能の内容についてか。タイムリープやタイムスリップなんかの時間跳躍は高等技術だ。もしこれを選ぶなら使用回数は1回だね。場所を瞬時に移動する異能なら、ゲームなんかでもよく見るね。行ったことのある場所に移動するだけなら使用回数制限なしで与えられるよ」


 少年のそんな言葉に、左隣の男性が勢いよく顔を上げたのが島根桜子の横目に見えた。

 ちらりと視線を向けると、男性は泣きそうな目を島根桜子に向けて、笑う。


『では、場所を移動する異能を下さい。異世界へは転移でお願いします』


「へえ、決断が早いのは良いことだ。わかった、では君にはワープの異能を与えよう。行ったことのある場所に瞬時に移動できる異能だ。では良い人生、ではなくて旅を……ん?」


 少年は左隣の男性に目を向ける。


「……君も決まったんだね。では君には時間跳躍の異能を与えよう。一度だけ時間を巻き戻すことができる異能だ」


「では、転移を選んだ君たち。それぞれ別の異世界へ旅立つ君たちが、もう2度と出会うことはないだろうけれど、君たちに、良い旅を」




 名を吉田正人という男は、大穴の開いた場所に立っていた。

 吉田正人は考えていた。確かに右隣にいた女の子の選択はハイリスクハイリターンと言える。そして吉田正人の選択、いや実際は右隣の女の子に選択権を譲ったので自身に選択の余地は無かったのだが、それでも吉田正人の選択の方がローリスクローリターンだっただろう。

 どちらの選択肢もリターンを得られる確証などなかったが、とにかく吉田正人の選択した1度限りの異能、タイムリープは目的を正しく果たした。


 タイムリープとは、未来の意識、記憶をそのままに過去に飛ぶことだ。これは肉体ごと過去へ移動するタイムスリップと違い、ようするに過去の自分が未来の記憶を手にする、と言うことに近い。


 まどろっこしいことはやめにしよう。

 吉田正人は、日本に戻ってきた。日本で、自身に落ちて死ぬはずだった雷を回避した。

 雷が落ちて死ぬことを知っている吉田正人が、ただ大急ぎでその場を離れることは容易だった。


「こんにちは」


 初めて聞いた声だが、吉田正人にはその声が恩人のものであると気づきつつ、振り向いた。

 いや、彼女にとっての吉田正人も等しく恩人であるのだが。

 吉田正人の右隣の女の子、島根桜子がそこにいた。


「やあ、こんにちは、ワープでも大丈夫だったんだね。良かったよ」

「……意外と大変だったんですよ。実はいくら知っている場所への転移って言っても、異世界からここには飛べなかったんです」

「へ? それじゃ、どうしてここに来れたんだい?」

「神様のあの白い空間を一度経由してきました。日本と白い空間は繋がっているし、白い空間と異世界も繋がっていましたから」

「ああ、なるほど、面白いね」

「本当は死んだはずの私たちがここにいるのってダメらしいですよ。本人から聞いたんですけど、あの神様、階級落ちたんですって」

「はっは!!そりゃいい。13人殺しても落ちない階級が、死人が2人生き返るだけで落ちるのか」

「結構皮肉りますね、おじさん」

「ははは!さ、そろそろ警察も来るだろう。こんなおっさんとで良ければ、飯でもどうだい? 奢るよ」

「わ、ありがとうございます。行きましょう!」

「……これ、犯罪のあれだな。42の男と、女子高生って……まあいいか」


 そうして2人は、徐々に大きくなってきた喧騒とサイレンの音から逃げるように、後に史上最大と言われた雷によって出来たクレーター跡を後にした。

 これは後に学校の屋上から通学することになる遅刻が減った女子高生と、ただの妻子持ちのおっさんのお話。

APP19の神、天使へ。

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