メメンとモリ
転生者編
「ーーああ、そういうことか」
齢271にして魔王であるメメンは、全てを思い出した。
全て。
それはどの程度の知識、あるいは記憶だったのだろうか。
世界や神をも破壊し尽くすような強大な魔術か。いや、死者を蘇らせるような奇跡か。あるいは時空をねじ曲げ過去や未来に干渉する禁忌か。
そのどれでもない。
そもそもそんな簡単なことは、魔王メメンにとって思い出すもなく既に「知っている」ことだ。
では何を思い出したのか。
それは魔王メメンの全てだ。転生者である過去の自分の記憶だ。
そしてその記憶は、全てを破壊し、全てを癒すことさえ可能になってしまった最強の魔王メメンにとって、何よりも知らなければならないことだった。
転生前の自身が、今の魔王メメンよりもはるかに脆弱であろうと、その記憶はメメンにとって何よりも大切であると言えた。
「間に合って良かった……」
メメンは間に合った、と独り口にした。
未来視によって見た、自身の死。
未来は絶対ではなく、そしてメメンの未来視は万能ではない。それでもメメンは何度未来視をしても自身の死を見た。それは、メメンにとって自身の死が避けられないものであるということに他ならなかった。
だからこそ自身の知らぬ知識に可能性を求め、前世の記憶を思い出す、という研究をした。
研究には70年掛かり、そして自身の死を未来視で見たその期限まではもう1年も無かったが、とにかくメメンは間に合ったのだ。
だが、先のメメンの口から漏れた言葉は、むしろ元々の研究目的とは正反対の意味を持つと言えた。
「しかし、皮肉すぎる……」
魔王。賢王。暴虐者。神に最も近き者。
メメンの呼び名はいくつもあった。だが、こんな仰々しい名より、メメンはこう呼ばれる。
民無き王。
それがメメンが、人族に、そして魔族にも、最も呼ばれた名だった。
誰も信用せず、誰も助けず、誰にも頼らず、ただ独り生き、勝ち続けてきた最後の魔族メメンは、メメンにとって大切な者を誰1人として作らなかった幸運に、微笑みを浮かべた。
▽
「これで……終わりだああああああああ!!!!!」
光がメメンを包む。大上段から振り下ろされた剣は、いとも容易くメメンを切り裂いた。
「……見事」
よろめき、仰向けに倒れる。
人族と比べ圧倒的な膂力を持ち、圧倒的な魔力を持ち、圧倒的な知力をもつ魔族という存在の、その最後の1人が倒れた瞬間だった。
「勝った……?勝ったぞおおおおおおおお!!!!」
「モリ!私たち……やったのね!」
勇者モリと僧侶リーリャが抱き合い、その後ろで剣士ザックと魔法使いミサが抱き合っていた。
(ああ、よく見えない……)
薄れゆく意識の中、必死に見る。
メメンが守ったものを。
薄れゆく意識の中、想う。
これだったのだ。未来視で見た自身の死。その際、メメンは自身を「弱い」と感じていた。
その理由がわかった。いや、分かっていたのだ。1年前、前世の記憶を思い出したその日から。
(死を回避するための研究が、自らに死を運ぶとは……)
皮肉。
これ以外になんと呼べば良いのだろうか。
(しかし、勇者とは、これほどまでに……)
弱かったのか。
▽
「……誰より先に逝ってしまう。私を許してくれ」
齢68となる老人モリは、ベッドの中弱々しく口を開いた。
そこにはモリの妻リーリャ以外にも、過去共に旅をしたザック、その妻であるミサ。
それ以外にも彼らの子供、孫、そして国王となった悪友。
英雄であるモリは、ベッドから身体を上げることもできぬまま、愛する者達に視線を向け、そうして笑った。
「きっと私は誰よりも幸せだった。それで、みんなに見送られて死ねるんだ。いい人生だった。最高の人生だった」
モリの声は徐々に小さくなり、モリの声は徐々に遅くなっていく。
「あなた」
「おじぃぢゃぁあん……」
「お父さん……!」
「モリ!!」
「モリさん……」
「おじさん」
「……」
勇者モリ。
人族の英雄は、友たちに見送られ、その幸せな人生を終える。
▽
『手記』
明日、俺は死ぬ。
もはやそのことに恐怖はない。
俺は、大切なモノを守るのだ。
なあ、勇者よ。俺は死に際にどんな顔をしているだろう。
できることなら、4人に見送られる事実に、笑っていたいと思っている。
お前はたくさんの人たちに見送られるんだ。
だから、これくらいの贅沢はいいだろう?
リーリャに、ザックに、ミサ。彼らに見送られることくらい、許してくれるだろう?
ああ、メメンの人生……いや魔生か。魔生は最悪だった。孤独に生き、孤独に死ぬ。だけど、俺の人生はきっと最高だった。
もし俺が、勇者よ、お前に勝っていたらどうなっていたんだろう。
刻魔法を使える俺が、最も恐れているタイムパラドックスを自ら起こしていたらどうなっていたんだろう。
少なくとも、リーリャの子も、ザックとミサの子も産まれない。俺には、耐えられそうもないよ。最愛の子供達が産まれないというのは。
なあ、俺よ。俺が死ぬことで得られる幸せを、どうか守ってくれ。
魔王メメンの手記。まるで手紙のように書かれたそれが、その手紙の送り先であろう勇者モリに読まれることがないことを、魔王メメンだけは知っていた。