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時計奇譚 いまは/もう/うごかない  作者: 自己満足(みずみ・みちたり)
2/2

お時間:PROLOGUE

こんな底辺作家の文を読んで頂きありがとうございます。

ブクマをよろしければお願いします。

お時間:PROLOGUE


         0


 繰り返される、戦争は。

 欲しがりません、死ぬまでは。


         1


正月と云えば餅だろう。暖かい炬燵こたつに足を潜らせ、窓の外の雪を眺めながら食う餅は、絶品とまではいかないが、中々乙な醍醐味だ。身の丈に合った幸せというのが、案外大切なのかもしれなかった。

 そんな僕のひとときの幸せをわざわざ破壊しに電話を掛けてきた輩がいる。無論、児嶋翔太だ。


「ちょっと綴木つづるぎカフェまで来てくれない?」


 もちろん先輩の指示断れる理由など僕にはない。そもそも選択しようが無いのだ。

 重い脚を伸ばし、炬燵から抜け出すが、途端に寒さが襲い掛かって来る。僕は南極に来たのか。

 憂鬱な気分の中歩みを進め、やっとの思いで服を着替える(死ぬかと思った)。靴下を履いているとはいえ廊下は鉄のように冷たく、先程まで氷が置いてあったのではないかと疑うほどだった。


「いってきまぁす」


気の抜けた声でそう言うが、返事がない。それはそうだ。家族はまだ寝ている。

冷たいドアノブを袖を使って掴み、玄関の扉を開ける。

 

 町の駅前の大きな通りに出る。人が多い割には、どの店もコンビニ以外はシャッターが下りている。思えば今日は一月一日だった。生憎あいにく僕には季節感という能力が欠けている。初詣など生まれてから三回も行っていないだろう。

 

 ふと視線を足元に落とすと、レンガの地面が視界に入った。見るだけで低温だと判るくらいに凍えていた。その厚い壁の下には恐らく霜柱が眠っているのだろう。道路脇には邪魔な雪が寄せ集められていた。土と混ざり合ったその様は、良く云うばクリームとチョコレートパウダーだが、流石にこの隠喩には無理があるだろう。ちなみに悪く云うと廃材と汚水だ。うん、こっちの方がしっくりくる。


 子供が雪ではしゃいでいるのに対し、大人はどうも淡白だ。店前で雪掻きをしている人はさっきから白い溜息ばかりだし、通行人は足が滑りそうになると舌打ちした。雪にそんなに恨みでもあるのだろうか。ここでくどくど愚痴を漏らすつもりはないが、日本人はどうもこんな日々殺伐としているのだろう。電車が降雪で遅れるのが嫌なのなら、車で会社に通えばいいのに。――そうもいかないことも重々承知してはいるけれど。


「さてと」


一通り町の様子を見て満足した僕は、踵を返して目的地を目指す。


 すれ違う人々は皆マフラーに顔をうずめていた。僕も何となく真似して肩をすくめ、ポケットに手を突っ込んだ。

 朝っぱらからエンジンを利かす若者のバイクが鼓膜を刺激し、お祭りで町内会のおばちゃん達が焼く餅の匂いに意識を向け、歩道のど真ん中で恥ずかしげもなくいちゃつくカップルを見て呆れる。本屋の結露の付いたガラス張りの窓の、新刊発売を知らすポスターに目がいく。買っていこうにも持ち金がないので(もとより児嶋部長に奢らせるつもりだ)、明日にでも買えると切り替える。


 角を曲がり、街路樹の並ぶ路を歩く。しばらく歩みを進めると、舞い落ちる粉雪の向こう側に、見慣れた温暖色の窓が見えた。綴木カフェは雨の日も風の日も九時から二十一時までフルで営業する店だ。その勤勉さは店主に由来する。

 扉を開けると、心地よい温暖な風が冷えた手足を包み込んでくれた。入店鈴の無機質ながらあたたかい音色。マスターの小洒落た低音ヴォイス。程よい照明……。

 レジ前の玄関で、背伸びをするように店内を見回す。


「あ」


 黒や白のナチュラルヘアばかりの店内で、“彼”の藍染めの髪の毛を見つけるのは、そう難しいことではなかった。


――場違いの極みだな……。


 しかもここを湘南か何かと勘違いしているのか、でかいサングラスまで掛けていた。彼があの美形で今まで一度も異性との交際経験がない理由が、なんとなくわかった気がした。僕は人数を訊ねる店員さんに、「もう約束相手が来ているので」と断って彼のいる席に向かった。


「相席いいですか、“シャガール”部長」

「……相川か」


 部長はサングラスをずらすと上目遣いに僕の名前を呼んだ。


「改め、“ラッセン”後輩、だな」

「遅れてすいません」

「なぁに、たった一分十一秒さ、大したことはねーよ」

 部長は腕時計を確認しながら言った。


         2

 

 部長は椅子に腰を掛け直すと、向かい合うソファ席を手で示した。「座れ」という意味だろう。僕はそれに従い、遠慮なく腰を下ろす。

 今日の部長はどこか落ち着き払っていた。場所が場所なだけに、下らない下ネタ(?)も飛び出さないし、奇行で周りの客に迷惑をかけることもなかった。――ただ、その服装は雑誌のお手本のようだったし、手首にはごつい黒時計が嵌っていた。これから合コンにでも行くのか。


「これから合コンにでも行くんですか?」

「なぜばれたし」

「見りゃわかりますよ……、その服装、雑誌でも見て買い揃えたんですか?」

「ああ、褒めてくれ」

「“あわよくば”お付き合いを狙うんであれば参考にするべきは女性向け雑誌の方がいいと思いますよ」

「……そうか」


 僕は部長がテーブルの下で何かメモを取る仕草を見逃さなかった。


「しかし、やけに大人びてますね、今日の部長は」

「ああ……今度からはダンディなオトコを目指そうと思ってな――ほら、あそこのマスターみたいに」


 部長はカウンターで(旧式の)コーヒーメーカーにお湯を注いでいるマスターを顎を軽く上げて示した。仕草のひとつひとつが似合っていて、彼にはダンディである“才能”があるように思えた。――そういう見方では、部長にその才能はないだろう。今もサングラスを掛けて気取ってはいるが、もはやコントでしかない。


「部長」

「ん?」


 児嶋翔太は窓から視線をこちらに向けた。


「なんでサングラス掛けてるんですか」

「……雪目予防」

「知り合いに雪目になった人でもいるんですか」

「……いいや」

「去年までは雪だ雪だって積雪にダイブしてたそうじゃないですか、上遠野かどの先輩から聞きましたよ」

「上遠野……あいつか」


 澄ましてはいるものの、殺意が顔とオーラに出ていた。


「もしもですけれど」

「……ああ、何だ」

「もしもそのサングラスをお洒落のつもりで掛けているんだとしたら、やめた方がいいですよ」

「……どうして?」

「似合わないからです」


 ぶはっ。

 隣の席でジュースを飲んでいた女子高生二人組が一斉いっせいに噴き出した。笑いの余韻が冷めない様子のお嬢様たちの横で、部長は悲しい顔をしながらサングラスを拭いていた。


「ごめんね、キミたち。悪気はないの」

 おねーさんたちが笑いにむせながら部長に平謝りする。

 部長は何を思ったのかズボンからスマホを取り出すと、

「よければLINE・IDの交換をお願いしたいのですが……」

 ピンチをチャンスに変えようという試みだったが、

「ゴメンネ、私ガラケーなの」

「私今日スマホ忘れちゃった」

 と、あえなく適当にはぐらかされ、女子高生たちは帰ってしまった。

 勇気だけは尊敬に値する部長だが、つくづく残念な男でもあった。


「部長」

「……なんだ」

 テーブルに顔を突っ伏して落ち込んでいる部長は、弱々しい声だった。

「Don’t mind.です」

「…………和製英語だ」


         3


 空気を読んでやって来た店員さんに僕はカフェラテを、部長はブラックを注文した。

「それで」

 と、店員さんが見えなくなったのを見計らって、児嶋翔太は切り出した。


「見ろ、これ」

「え?」

 部長は腕に嵌めた時計を僕に見せてきた。艶感のあるケース、乳白色の文字板ダイヤル、精密なギヤが覗く小窓。十二本の細い線とロゴの上を、銀の針が浮遊してリズムを刻んでいた。

「これ……クオンの時計ですか?」

「ああ、ご存じクオン・ブランドだ」


 【株式会社クオン】。――日本の高級時計ブランドの五本指に入るリッチな会社。耐久性はやや他社に劣るが、その高い技術力と緻密さで、海外にファンも多い、セレブ御用達のブランドである。去年ついに空気の対流と温度変化を使った半永久時計の製造に成功し、その名を轟かせた。主に腕時計を扱っており、近年では他アクセサリーにも手を出しているという。


「これ、爺ちゃんの“コネ”からのプレゼントなんだが」

「ああ、児嶋財閥の」

「そうそう」


 【児嶋財閥】。――日本で二番目に権力・財力・政治力を持つ財閥。表向きは財閥ではなく財団グループだが、リーマンショックやバブル崩壊の中でも貪欲に足掻き続け今の地位を築き上げた、まさに現代の天下人のような一族だ。そのあまりの存在の巨大さに、人々はその雲の下にいることに気付いていない。当然のように株式会社KuONもこの財閥の傘下さんかにいる。総裁は児嶋肖像こじましょうぞうで、お察しの通り児嶋部長の御爺様だ。実はこの男、とんでもないボンボンなのである。


「この時計、いくらくらいすると思う?」

「さぁ……十万円くらいですか?」

「惜しい。五十万」

――全然惜しくない。

「誕生日のプレゼントで貰ったんだ……、ほら、ちゃんと裏に名前が彫ってある」

「本当だ……凄い」

 金文字の仰々しい筆記体だった。

――それにしても、誕生日プレゼントに五十万の時計とは……。他に何貰ったのだろう。――株とか?

 僕が月並みに驚いた反応をすると、児嶋部長は満足げに腕時計を嵌め直した。どうやら見せたかっただけらしい。

 

 やがて飲み物が運ばれてきた。なぜかコーヒーとラテが逆に置かれたが、無視して交換する。

 

一口二口啜り、腹の中を温めたところで、部長は再び口を開いた。

「ラッセン。お前には行ってほしいところがあるんだ」

「は、はぁ……」

 そうとしか言いようがなかった。どうせろくな所ではないだろう。僕は八月に痛い目に遭い、この先輩の言うことは絶対に聞いてはならないとあれだけ肝に銘じたのだ。……懲りた、はずなのに……。


「栃木の時計町」

「……それって」

「ああ、久遠社長とそのご家族の出身地だ。――八十年ほど前にスイス留学から帰国した社長の御父上・傍齊さんが、当時最先端の時計技巧の技術を持ち込んだことで栄えた町だ。その後会社を立ち上げ、息子の漱一郎さんを社長に立て、今となっては国際的な大企業になったわけだ。……もっとも、今は色々あって過疎化し、町ではなくなってしまったがな」

 最後部長は神妙な顔つきで言葉を述べた。

――色々?

 僕には心当たりがあった。


「もしかして、例の密室出産の……」

 すると部長はそうだと言わんばかりに大きく頷いた。

「二十五年前にあの事件が起こってからクオンの株もガタ落ちだったんだ。今でこそ持ち直したが、あれはかなりのイメージダウンだった」

 そう。会社のブランドに大きな亀裂が入ってしまうほどの事件が、あったのだ。

 今でも度々テレビスペシャルで取り上げられる、未解決事件……。


「それが今になってまた問題が発生した」

「……なんですか」

 児嶋部長が珍しく真剣な表情なので、こちらも思わず身構えてしまった。

「傍齊さんが亡くなられた」

「……なっ⁉」

「そして漱一郎社長の娘さんも失踪している」

「……どういうことですか」

 僕が訊くと、「俺にもよくは判らない」と、部長は肩を竦めた。


「とにかく、今のままじゃクオン・ブランドが色々まずいんだ。――児嶋財閥としても放っておくわけにはいかない」

 何せ高額の投資をしているのだから、とは、流石さすがに言わなかった。

「そのクオンを手放すかどうかを見極めるため、一連の騒動の調査をして欲しいと?」

「そうだ」

「だったら、児嶋部長が行くべきでしょう、そしたら。僕は関係ないじゃないですか」

 すると児嶋部長は、少し場都合ばつが悪そうに眉をひそめた。


「俺、久遠さん苦手なんだよな……」



読んで頂きありがとうございます。

引き続き次話も宜しくお願いします。

ブクマ有難う御座います。

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