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宝の小箱  作者: くまミニ
17/22

第二部 光の小道 7

「えぇ〜っ!」

 階段を上った瞬間、「改装中」の立て看板が目に飛び込んでくる。

「う〜ん、先に調べておくべきだったかな」

 軽く笑うアキラの横で、真琴はがっくりと肩を落としていた。

 道理で、人が少ないはずだ。雨の中でも行列が出来るほどなのに、曇天でここまで客が激減するはずがない。

「…ねぇ、これからどうする?」

 自分でこの場所を提案したのだが、見学する以外は殆ど何も考えていなかったのだ。

(折角、お気に入りの服、着てきたのに…)

 前髪だって、何度も何度も気にして直したのだが…

 やはり、このまま帰るしかないだろう。時津湖の周辺は、まだまだ店が少なく、あったとしても、その質は真琴から見れば随分と酷いものだ。ここで喫茶店に入るくらいなら、何処かで缶ジュースでも買った方がいい。

 涼やかな風が水族館を包み、そのまま湖へと流れ込んでいく。

 その見えない道を目で追うと、『彼』は真琴に湖畔を示して片目を瞑ってみせた。

「ここまで来たんだから、ちょっと散歩でもしていかないか」

 見ると、道を挟んだ岸辺から、木の板が水際や水面に渡され続いている。湖の周りを巡る、遊歩道になっているらしい。

「ただ、あの湿地の上を歩くと、頭の上に蚊の大群が集まってくるだろうけどな」

「あたしは平気よ。そうね、ちょっとでも一緒に…」

 正直に飛び出そうとした言葉を、赤くなりながら慌てて飲み込んでしまう。

 そんな真琴に、『彼』は柔らかな笑みを向けて優しく続けてくれた。

「そう、少しでも長く、一緒に居たいからね」

「…ごめんね。あたし、まだそんな風に言えなくて…」

 車をやり過ごして道を渡ると、真琴は恥ずかしそうに小さく呟いていた。

「いいじゃないか。照れた真琴も可愛いよ。それに…『言葉』はよく伝わってくるからね」

「でも、あたしだって言いたいのよ!」

 打ち寄せる水の囁きに身を浸しながら、真琴は少し脹れてアキラを見上げた。

 …『彼』も、真っ直ぐに見詰め返してくれる。その視線が温かくて……

「……ありがとう…」

 苛立つ心を静めながら、真琴はそっと囁いていた。

「焦らなくてもいいんだよ。無理に押し出した声には、嘘が入り込むかも知れないからね。

 俺は、いつでも待ってるよ」

「…うん」

 だが、今すぐにでも、口に出してみたい。

 勇気はある。この想いが《本当》だという自負もある。

 だが…それでも、『彼』には話せないのだ。無意識になら平気なのだが…

 『彼』からは、何度も自分の想いを告げてもらっている。…これも、経験の差なのだろうか。

 不意に、胸中に不安が沸き起こってくる。

 ……今まで、『彼』は何人くらいの女の子と、こうして並んで歩いてきたのだろう。

 自分など、その中の「たった一つ」なのかも知れない……

 ちらっと、アキラを一瞥してみる。だが、隣を歩く『彼』は辺りの風景を楽しそうに眺めているだけで、こんな自分に気付いていない。

 そんなアキラの態度が、一層、真琴の心に霞を投げ掛けていた。

「…ね、ぇ…アキラ君……」

「ん?」

 振り向いてくれる『彼』に、だが上手く切り出せない。こんなことを気にする自分の醜さを知られたくもなくて…

 …だが、不安でもあるのだ……

「どうしたんだい?」

「…うん。あのね…アキラ君、今まで、誰かと……その、付き合ったことって、ある?」

 怒られることも覚悟している真琴に、だが返ってきたのは柔らかな問い掛けだった。

「気になるかい?」

「うん」

 正直に頷き、真琴は続けた。

「こんなことにこだわるなんて、あたし、嫌な女の子だね…」

「そんなことないさ。嬉しいよ。そんなにも真琴に想ってもらえて」

 ……自分が許せなくなる。『彼』を『晃のお兄ちゃん』と同一視したことや、『彼』の想いに不審を抱いてしまうこと……全部、自分が悪いのだ……

「確かに、付き合ったのは真琴が初めてじゃないよ」

 そうであっても不思議ではないと思いながらも、その一言はショックだった。

「でも、俺は真琴が『好き』なんだ。口ばっかりで、信じてもらえないかも知れない。だけど、《本当》に、俺は真琴と一緒にいたいと思っている。

 初めての、そして唯一の、光の小道の共有者なんだからね」

「…ごめんね、あたし、アキラ君が『好き』なのに…なのに、好きになってから、どんどん醜くなってるのよ」

 頬を染めながら、弱気な口調で呟く。

 そんな真琴の言葉に、アキラは暫くの間黙り込んでしまった。

 虚ろに響く足音が、せせらぎと葉擦れの合間を縫って広がっていく。流れる灰色の雲は二人の上に光と影を描き出し、涼風がそれら全てを等しく愛撫しながら通り過ぎていった。

「…真琴は、自分が本当に醜くなったと思うのかい?」

「うん…」

 漸く聞こえてきた声に、真琴は微かに頷いた。

「それは、幼い頃と比べて…?」

「…うん……」

 静かな『彼』の言葉を、真琴は悲しみと寂しさを抱いて受け止めていた。

 『晃のお兄ちゃん』と一緒にいた頃の『自分』と変わりたくないのに……

 …それが、『彼』の望みだったのだ……

「真琴、俺は真琴自身が醜くなるなんて思わないよ」

「…え?」

「誰だって、新しい問題に直面すれば、変わっていくんだよ。

 真琴は、昔の自分から見て、醜いと思える方向に変わったのかも知れない。でも、若しそうだとしたら、それは、そうすることが必要だったからなんだ。

 …いや……きっと、『真琴自身』は変わろうとしないからこそ、その表面が一部だけ、醜い方向に変わってしまったのかも知れない。

 『知りたいのに、知りたくないような嘘は吐きたくない』…その正直さを持ち続けようとするからこそ、俺が女の子と付き合ったかどうかにこだわって尋ねたんだろう? 『こだわってなんかない』なんて、嘘を装うことに比べたら、こだわりそのものは少しも醜くなんてないよ」

「アキラ君…」

「大切なのは、変化そのものじゃなくて、その行き先…方向を間違えて、しかもそれに固執してしまうことなんだ。

 誰だって、迷って、悩んで、そして道を間違えることがある。

 若しかすると、今、真琴は間違った先で固執してしまっているのかも知れないな…

 ……大丈夫。そんなにも自分を責める必要なんてないよ」

「だって! …だって、あたし……大切なフォンちゃんにだって、あんなに酷いことをして…」

「それだけ、真琴が《真剣》なんじゃないか」

「そうだけど! だけど……」

 必死の表情で訴えてくる真琴を、アキラは足を止めると真っ直ぐに見据えた。

「真琴。もう一度、言うよ。

 『真琴自身』は少しも変わってなんていないんだ。俺も彼女も、そんな『真琴自身』が好きだから、許せたんじゃないか。

 …大丈夫。真琴は少しも醜くなんてないよ」

 なんて優しくて、深い想いなんだろう……

 ……でも…

「…やっぱり、ダメ。あたし、そんなことで、納得出来ない。

 ごめんね、素直じゃなくて…」

 嫌われてしまうかも知れない…だが、納得出来ないことを「出来る」と言うことは、真琴には無理だった。

 『彼』には嘘を吐きたくない…真琴に出来るとすれば、隠すことだけだろう…

 『晃のお兄ちゃん』のことを隠しているように………

 ますます、落ち込んでしまう。足下の小さな流れや草木の囁きに抱かれながらも、真琴の心は一つも晴れそうになかった。

 折角の、二人きりなのに……

 …だが、一方で、こんなことを話せる『今』を喜ぶ心もあるのだ。

「真琴は、本当に素直だと思うけどな。ただ、納得出来ないのなら、その理由…いや、真琴自身の考えを教えてくれないか」

「……」

 アキラの静かな言葉に、真琴は難しい顔で腕組みしてしまった。

「だって…あたし、アキラ君やフォンちゃんから、とっても大切に想ってもらってるし……裏切られたり、酷いことなんてされてないもん」

 少し歩いてから、真琴は漸く言葉を紡いだ。

 その傍へと歩み寄りながら、『彼』は重く声を押し出していた。

「…そう思うのかい?」

「……え?」

 驚いて振り向く先から、静かな視線がじっと自分に向けて注がれてくる。

「俺だって、不安や心配にはなるんだよ。あの小柄な、優しい少女だってそうだろう。

 誰だって、その心の表面に醜い泥を持つようになる。それが『大人になる』ということなんだ。

 真琴は凄いと思うよ。俺には、とてもそんな風に、素直に自分の心を相手に告白したり出来ないからな。自分ばかり責めてる真琴を見てると、俺は何て酷い奴なんだろうな、って思うよ…」

「そんな…」

「…『真琴自身』が変わらなければいいんだよ。俺がこんなことを言ってるのは、諦めかも知れない。妥協かも知れない。

 だけど、こうも言えるだろう。

 俺は『真琴自身』を『好き』になったんだ。真琴の本当の姿を…今はまだ、きっと少しだけど…好きになったんだ。そんな、表面の泥なんて包み込んでしまうくらいに……な…」

「…ありがとう……」

 知らず、涙が溢れてくる。

 ……立ち止まっている真琴の前で、『彼』も微動だにしなかった…

 …そう、人を『大切』にすればするほど、変わってしまうところがある。だが、それらをも受け入れ、その方向を…標を違わずに歩んでいけばいいのだ。アキラにも、弥生にも、汚点はある。

 決して、「自分だけ」ではない。

「…ねぇ、アキラ君。

 本当に、こんな我儘なあたしでも…『好き』になってもらっていいの…?」

 少し赤くなりながら、それでも正面から真っ直ぐに『彼』を見詰める。

 濡れている瞳を見返し……『彼』はゆっくりと頷いてくれた…

「真琴こそ、こんなに頑固で口煩い奴で構わないのかい?」

「勿論よ! あたしだって、『アキラ君自身』を『好き』になったんだから」

 …ふっと黙り込んだ後…柔らかな微笑みを、互いに交える……

 やがて、二人は並んで再び湖畔を歩き始めていた。

 水鳥達が岸辺に群れ、差し込んできた夏の陽光も水面に銀の粉を敷き詰めている。雲は去り、太陽は持てる力の全てを黄金の光に変え、等しく大地を煌かせていた。


 バス停が近付くにつれ、歩みが遅くなってしまう。

 弥生はもう一度、確かめるように自分の服を眺めていた。

 もう、幾度こうして見たことだろう。何回見ても、やはり自分には似合っていない気がする。可愛い服だとは、思うのだが…

 昨夜、真琴に電話した時、約束などしなければよかった。

 だが、弥生には断ることも出来ないのだ。

 勿論、真琴はそれも分かっていて、それでも勧めてくれたのだろう。

 他人から見れば、変ではないのかも知れない。

(雷君は……)

 どう思うのだろう? それが分かっていれば、こんなにも苦しんだりしないのだが…

 今日、初めて袖を通したブラウスに光を遊ばせながら、弥生は一大決心と共に建物の陰から姿を現していた。

「やった! 来てくれたんだな」

 途端に、嬉々として弾む声が耳に飛び込んでくる。

 弥生もすぐに『彼』の姿を捉えると、はにかみながら、それでもきちんと歩み寄っていた。

 その雷が、じっと自分のことを見詰めている。

 少しだけ瞳を大きくする『彼』を見て、弥生は恥ずかしそうに頬を上気させると囁いていた。

「…やっぱり…おかしい……?」

 慌てたように、急いで首を振っている。

 心なしか赤くなりながら、『彼』は応えてくれた。

「全然、おかしくなんてないよ! すっごく可愛いから、その…うわぁ、なんかドキドキしてきた」

 正直に浮つく『彼』の褒め言葉に、弥生はこれ以上無いくらいに赤くなってしまった。俯いた頬から胸元までが、美しく染め上げられている。

 ……こんなにも、胸が大きく鳴らなければいいのに…

 互いを前にして、黙り込んでしまった二人の間へと、やがてバスのエンジン音が滑り込んでくる。

 少しほっとした表情で、雷は改めて弥生を見て言った。

「ありがとう。俺、正直言って、来てくれるかどうか自信が無かったんだ。

 …本当に、嬉しかったんだぜ?」

「…うん……」

 二人の横で、バスが停まる。

 雷は何気無く弥生の手を取ると、先になって乗り込んでいた。

「あっ……」

 今まで、男の子と手を繋いだことなど無いのだ。

 泣きそうになりながら、それでも弥生は逃げ出さずに『彼』の後に続いていた。

 …『彼』の手から、温かな何かが流れ込んでくる気がする……

(…マコちゃんみたい……)

 少し、違う温もりだが……ずっと身を浸していたい、黄金色の光の海だ。

 …そっと……本当に、そっと……

 弥生は気付かれないように、その手を握り返していた……


「ほら、こっちだ」

 電車を降りてからも、ずっと、雷が一人で話しかけてくれる。その勢いに少し困りながらも、弥生は嬉しそうに『彼』の言葉に耳を傾けていた。

 ずっと握り合ったままの手を引いて、『彼』は大きな道を外れて右手の森の中へと曲がろうとしている。

 人の手のあまり入っていないだろう木々が、頭上に複雑なアーチを描き、その下では夏の陽光も厳しさを弱めていた。

 うっすらとした涼気が、静けさと共に弥生の体を抱き止めてくれる…

「ここは、まだ人が多いんだ。こっちに入ろう」

 そう言って、すぐにまた、右手に折れてしまう。

 弥生はただ、導かれるままにその後に続いていた。

 剥き出しになった大地には、小石一つ落ちていない。足下の道幅は狭く、両側は少し立ち上がって森の黒土へと繋がっていた。

 二人が歩む左右には、蔦や苔を纏った巨木が立ち乱れている。薄暗い青葉闇を背に、所々で光が斜めに射し込んでは流れていた。

 心地好い静寂を、そっと優しく受け止める。自分を包んでくれている大気そのものが、町や住宅地のものとは違うのだ。

 今、弥生が深く吸い込んだ空気は…素敵な『何か』に満ち溢れた《自然》…それ自身だった。

「よかった。気に入ってくれたみたいだな」

 喜びに彩られた声に瞳を向けると、弥生はしっかりと頷いていた。

 こんなにも、自分みたいな人間の為に頑張ってくれる……

 …だが、自分はそんな『彼』に何をしてあげられるのだろう……

 ふっ…と瞳を翳らせると、弥生はそっと口を開いていた。

「…ありがとう……でも…私、…何も、出来なくて……」

「何かをしてもらおう、なんて少しも思ってないさ。ただ、橘に喜んでもらいたいだけなんだ。俺、橘がずっと傍に居てくれるだけで、夢みたいに思えてくるんだからな」

「そんな……」

 だが、実際に、弥生には黙って傍に居ることしか、今はまだ出来ないだろう。

 …きっと、無理をしても『彼』は喜ばないに違いない。

 弥生ははにかみながら小さく頷くと、しっかりと『彼』の手を握り締めていた。

 彼女のそんな一生懸命な応えに雷は顔を輝かせると、ぎゅっ! と力一杯手を握り返して急ぎ始める。

「もう少ししたら、俺の気に入った場所があるんだ。俺、町や人に疲れた時、よくここまで来るんだよ。前に住んでた香笹町にも、よく似た場所があって……」

「……!」

 思わず、足を止めてしまう。そんな弥生に、雷は驚いて言葉を切ってしまった。

「…どうしたんだ? 橘」

 振り返る『彼』を、弥生は瞳を大きくしながらじっと見詰めていた。

「…橘?」

「私、も…」

 震える声が、やっと流れ出してくる。

「…私も、…香笹町に、住んでいたの……」

「えぇっ?」

 今度は、雷の方が唖然としてしまった。

 二人とも、暫く何も言えずに、ただ互いの視線を受け止め続けていた。

 …何だか、胸元に温かな波が押し寄せてくる。

 弥生はその波に素直に応えながら、みるみる瞳を濡らしていった…

「橘……」

「…嬉しいの……」

 『たった一つ』の《偶然》だ。

 だが、弥生にしてみれば、それはとても大きな《偶然》だった。

 今、確かに、『彼』を自分のすぐ傍に感じることが出来る……

 頬を流れ落ちる涙を拭おうともしない弥生に見詰められて、雷は照れながらも呟いていた。

「…驚いたなぁ。俺、前には橘のことなんて、ちっとも気付かなかったのに…」

「………」

 弥生は黙ったまま、頬を染めると視線を落としてしまう。

 …よかった…『彼』に気付いてもらえて、《本当》によかった……

「…行こうか」

「うん…」

 何を言っていいのか分からず、雷は取り敢えず再び歩き始めていた。

 それ程進まないうちに、小道の行く手が少しだけ広がってくる。

 やがて、二人は森の中に佇む小さな空間に立ち尽くしていた。

 何年もの時間をかけて降り積もった枯れ葉が、地面を等しく覆っている。入ってみると思ったよりも広く感じられるその空き地は、緑葉の厚い天井が頭上に張られており、小さな欠片となった青空がその所々に覗いていた。

 空間の中を鋭い切れ込みが走り、その先からせせらぎの微かな調べが聞こえてくる。深く優しい音色のすぐ傍には丸太が無造作に転がっており、『彼』はそこまで弥生を誘ってくれた。

「ここまでは、滅多に誰も入ってこないんだ。

 こんな場所なら、平気だろ?」

「うん…ありがとう…」

 にっこりと微笑む先で、『彼』が照れて目を逸らせている。

 そんな仕草に、弥生は一層微笑を深めていた。

 並んで腰掛けると、『彼』は大袈裟に伸びをしてみせる。

「俺、やっぱり信じられないや。自分の秘密の場所に、橘と一緒に居るなんて」

「……」

「あっ、橘、気にしないで本を読んでくれても構わないからな。その小さなカバンの中に、入ってるんだろ?」

 雷の言葉に、正直に弥生は頷いていた。

「今日は俺、もう何も話さなくてもいいや。橘も、無理しなくていいからな。

 少しずつでいいから…その……これからも、逢ってくれるんなら…だけど……」

 返事を気にして、『彼』がちらっと自分に目を向けたのが分かる。

 弥生は自分でも驚いたことに、しっかりとした口調で『彼』を見上げて応えていた。

「…うん……これからも、ずっと……」

「橘!」

 弥生の一言は、とても重いものだ。

 雷は思わず立ち上がると、空き地の中を意味も無くただ歩き回っていた。嬉しくて、何をしたらいいのか分からないのだ。じっとなど、していられない。

 そんな『彼』を見てくすくす笑い声を上げると、弥生はそっとカバンから文庫を取り出して読み始めていた。

 すっかりと緊張の解けた弥生を、一筋の光の幕が照らし出す。

 夏の陽光は彼女の全身に光の粒を撒き散らし、途切れない道筋を青葉闇にいつまでも描き続けていた……

 …いつまでも……

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