表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝の小箱  作者: くまミニ
13/22

第二部 光の小道 3

「ん?」

 何処か遠くで仔犬が吠えている気がして、不意に真琴は顔を上げた。

「あれ、ジョリーじゃない?」

 立ち上がってカーテンの傍まで来てみると…間違いない。あの、可愛らしい仔犬の声だ。

「あっ…! 開けないで…」

 カーテンに手を掛けた真琴を見て、慌てて弥生が制してくる。

 きょとんとした表情で振り向くと、弥生はそっと唇に指を押し当てていた。

(…?)

 耳を澄ましてみると、甲高い、油を差していないらしい一台の自転車の音が聞こえてくる。

 キーッ、キーッ、と微かな音を立てるその自転車は、暫くすると弥生の家のすぐ前で、不意にブレーキをかけていた。

 キキィィーッ!

 派手な金属音が響き渡る。

 続いて、何かを下ろしているらしい。ガチャガチャと小さな音が聞こえてくると、真琴は尋ねるように弥生を見詰めた。

「…時々、来るの。…望遠鏡も見かけたから……覗かれたくなくて……」

「それって、変質者じゃない! 警察には連絡しないの?」

「だって…別に、何をするわけでもないみたいだから…」

 疑いだけでは、勿論、弥生に通報など出来ないだろう。

 だが、だからと言って、黙っているのも…

「いつも、この近くに来るの?」

「……うん…公園とか、空き地に……」

 少し、話してしまったことを後悔するような目で、弥生は真琴を見詰めていた。

 そんな懸念に気付いてはいても、真琴には絶対許せることではなかった。こんなこと、黙って見過ごすべきではない。

「…よしっ! あたしが、直接会ってくる」

「え…? ダメ、マコちゃん…そんなこと…」

 慌てて止めようとする弥生の顔を、真琴は真剣な目で覗き込むと言った。

「こんなこと、許しちゃダメ。いい気になって、どんどん、つけ込まれるだけじゃない。

 大丈夫よ。一人くらい、どうにだってなるんだから」

「でも…」

「フォンちゃんは待っといた方がいいわ。危ないから」

 危ないと分かっているなら、行かないで欲しい。それが弥生の想いだったが、真琴はとてもやめてくれそうにはない。

 随分と大きな決意が、弥生の心に勇気を吹き込んでくれる。

 …成程、弥生は大人しく、臆病で、弱いかも知れない。だが、決して卑怯ではなかった。

「……マコちゃんが行くなら…私も、行く…!」

「フォンちゃん!」

 今度は、真琴の方が急いで弥生を止めようとしたが…彼女は、その言葉を声になる寸前で飲み込んでしまった。

 目の前の弥生の瞳は、とても強い光に輝いている……その静かな深みには、真琴にも変えられない重い『言葉』が宿っていた。

「…じゃぁ、一緒に行こ」

「うん…!」

 嬉しそうに、微笑みが零れ出す。真琴も笑って頷くと、先になって部屋を出た。

 足音を忍ばせて、階下に向かう。弥生の両親はもう寝入ったらしい。もう、真夜中なのだ。

(…でも、覗きをするには変な時間ね)

 そんな思いが、ふと心を掠める。確かに、灯火の消えた部屋は、どうしたって覗けないだろう。

 玄関まで来ると、弥生は下駄箱の隅に手を伸ばし、太い木の杖を取り出した。用心の為に、ずっと用意されていたものらしい。

 そっと差し出されるその杖を、真琴は黙ったままで受け取る。

 弥生自身は、その震える細い指に傘の柄を掴んでいた。そして、続けて下駄箱の中から懐中電灯を取り出す。それを確かめてから、真琴は玄関の灯りを消し、先になってドアを開けた。

 涼やかな夜風が、二人の体を包み込む。

 その瞬間、足下でカサッ! と小さな音がした。

「……!」

 びくっ! と体を大きく揺らす弥生の前で、だが真琴は落ち着いて腰を低く屈めると囁いていた。

「静かに、ジョリー」

 彼女自身にも信じられないことに、賢い仔犬は激しく尾を振るだけで少しも吠えようとはしなかった。

 月はまだ昇っていないものの、遠くの街灯からの光によるものか、うっすらと闇の中に門が浮かんで見える。

 静かに、静かに……だが、どうしても立ててしまう自分の足音にびくつきながら、真琴はゆっくりと門に近付き、開けていた。

 すぐ後ろに続く弥生が、門を閉めようとしている。振り向くその先にある手が激しく震えているのを見て、真琴はそっと自分の手を彼女のそれに重ねていた。

 包み込んでくれる温もりに、少しだけ、弥生の体から緊張が夜に溶け出していく。

 震えが小さくなったことを確かめると、真琴はそのまま再び歩き始めていた。

 どうやら、相手は家から一番離れた、公園の西の端にいるらしい。姿はまだ暗闇の中だが、時折赤いペンライトが光り、手足が暗がりに浮かび上がっている。

 そのまま、近付いていく。

 真琴にしても、恐怖心が全く無いわけではない。だが、今は恐怖よりも怒りの方が勝っていたのだ。それに、相手は一人。少なくとも、いざとなれば弥生だけは逃げることが出来るだろう。

 これ以上は静かに近寄れないと判断したところで、真琴は今迄ずっと握り締めていた手を引き寄せ、弥生の耳元に囁いた。

「いい? 五つ数えたらライトで照らして」

 微かに頷くのが分かる。

 そこで弥生の手を放すと、真琴は一人で何歩か更に進んだ。

 これで、襲われても弥生だけは護れる…

 その時、不意に背後から目映い光の帯が迸った。同時に、真琴も杖を振り翳して怒鳴る。

「ちょっと! そこで何してるのよっ!」

「え? あっ、うわっ!」

 まだ若い…と言うよりも、殆ど学生にしか見えない男が慌てて立ち上がっている。

 用心深く身構えている真琴の前で、だがその男は身を守ろうともせず、すぐに手元のレリーズを切っていた。

「ったく、折角の写真が駄目になったじゃないか」

 腹立たしそうに振り返ったのは、殆どどころか、まるっきりの学生のようだ。自分よりも、少しだけ年上だろうか。大人びてはいても、高校生だろう。

「何よ! どうせ他人の家を覗いてたんでしょ」

 だが少しも気を抜かずに真琴が睨み付けると、その男の子は苦笑いしながら折り畳みの椅子に腰を落として言った。

「そう思われない為に、こんな真夜中に来てるんだけどな。真っ暗になった部屋は、いくら望遠鏡でも覗けないよ」

「うっ…」

 それは、つい先程、真琴自身が思ったことではないか。

 びくびくしながら弥生が投げ掛けている揺れる光の中に見えるのは、優しげな男の子の姿だ。その落ち着いた口振りや仕草も、真琴のいきり立った心を奇妙に静めてしまう…

 ずっと前から知っているような…懐かしい感じさえする……

「マコちゃん…」

 背中に届いた囁きに、真琴は抜きかけていた力を再び腕に込め、詰問した。

「じゃ、じゃぁ、何を撮ってたのよ!」

「木星だよ」

「え?」

 平然と答えながら、男の子は西の空に輝く惑星を示している。

「…う、嘘ばっかり! 木星なんて、そんなに長く露出しなくたって撮れるでしょ」

「へぇ、詳しいんだな」

 心から感心している様子に、真琴は何だか怒り続けることが難しく思えてきた。

 彼は、本当に星を撮っていただけなのかも知れ…

(…う、ううん! まだ、まだダメよ)

 そう。ここで気を緩めて、もしも襲われたらどうするのだ。

 …だが、そんな風に気負っている真琴が拍子抜けするくらいに、男の子は無防備に笑い掛けていた。

 優しい、温もりに満ちた笑顔…ずっと、待ち続けていたような……

 探していたものを見付けたみたいに、思わず真琴も笑みを浮かべてしまっていた。

「俺は、木星の衛星を撮ろうとしてたんだよ。確かに、それでも露出はそんなに長くしなくてもいいんだけどね」

 流石に、真琴も木の杖を下ろしてしまう。すぐ傍まで近付いてくる弥生の気配を感じながら、語調を緩めて真琴は彼に尋ねていた。

「もっと、家から離れて撮れないの? この子なんて、ずっと怯えてたのよ」

「じゃぁ、君があの家に住んでたんだね」

 自分の方に向けられた視線に、弥生は慌てて真琴の背に隠れてしまった。

 その、幼い子どもを見守るような優しい目が、真琴にはとても印象的だった。

 二度と、忘れられない気がする……

「いつも、ここに来るわけじゃないんだよ。ただ、西の空を見る時は、ここが一番開けてるからね。

 怖がらせてしまったのは、謝るよ。ごめん」

 立ち上がって頭を下げる男の子に、弥生は真っ赤になって首を左右に振っていた。

「…あたしも謝るわ。折角の写真、ごめんなさい」

 自分よりも年上だろうが、今更、丁寧な言葉遣いをするのもおかしいだろう。

 同学年の男の子に対するように、だが、心から真琴は謝っていた。

「いいさ、仕方無いんだから」

 気さくに手を振って応えてくれる。顔を上げて、そんな彼と目が合うと、真琴は照れたように微笑んでいた。

 少しの間、三人とも黙ってしまう。

 何だか、このまま弥生の家に戻るのも情けない気がするが…自分の間違いだったのだ。恥ずかしいが、背を向けるしかないだろう。

 背中に隠れてしまっている弥生も、遠慮がちに服の裾を引っ張っている。それに応えようと真琴が口を開き掛けた時……

「ア〜ン、ア〜ン」

 突然、微かな猫の声が聞こえてきた。

 すると、彼は自分のペンライトを点け、赤い光で辺りを探って呼び掛け始めた。

「おいで、タマ!」

 低い囁き声に応えて、純白の可愛らしい猫が光の中に現れる。毛並みも良く、頸には首輪がきちんと巻かれていた。

「あなたの猫なの?」

 足下で丸くなっている猫の背を撫でながら、だが彼は頭を振った。

「違うよ。この公園で星を見てると、いつのまにか来るようになったんだ」

「じゃぁ、タマって…?」

「あぁ、俺が勝手に付けたんだよ。猫って言えば、やっぱりタマだろう」

「…なんか、単純」

 呆れる真琴に、彼は楽しそうに笑っていた。だがその時、ふと彼は弥生を見て尋ねた。

「君は知らないのかい? 多分、この近くで飼われてると思うんだ」

 自分に対する時よりも、彼の声が優しさに満ちている気がして…

 ……少し、真琴は口を尖らせてしまった。

「…あっ、…その……」

 初めて会った、しかも年上の男の子に尋ねられて、上手く弥生が答えられるはずもない。

 そんな弥生の性格に気付いたのだろう。すぐに微笑むと、彼は言った。

「ごめん。まだ会ったばかりなのに、無神経すぎたね」

 大急ぎで、何度も首を振って否定している。

 そんな弥生に向けられている優しい瞳に、真琴は知らず苛立ちながら言った。

「もう、帰ろ。フォンちゃん」

「そうか…じゃぁな!」

 背を向ける真琴に、彼は少し残念そうに声を掛けてくる。だが、そんな口振りすらも、真琴の心を一層波立たせるのだ。

 弥生が、急いで追い掛けてきている。その微かな足音に、真琴は複雑な表情を浮かべていた…

 …そう……真琴は、自分を偽るような人間ではない。…分かっているのだ。

 ……今、自分は弥生に嫉妬している、と……

 普通の男の子からすれば、勝ち気で男っぽい自分よりも、愛らしく小柄な弥生の方に好意を抱いて当然だろう。偏見だが、それは真琴にだって認められる想いだった。

 ただ……そう…『彼』がそんな風に想うことは、許せないのだ…

 何処の誰なのか…名前すら知らないのに……奇妙に、心にまとわりついてくる。

 部屋に戻り、眠ることにしてからも…真琴には、闇の中の窓の向こうが気になって仕方が無かった。

 とは言え、弥生の穏やかで微かな寝息と共に、暗闇は真琴の目にも砂を撒き…

 …やがて、彼女の意識も深い泉に沈み込んでいった。


 翌朝、目を覚ました真琴が一番最初にしたことは、カーテンを開けて公園を見ることだった。

 だが、朝日によって黄金色に縁取られた木々の向こう側には、当然ながら、誰の姿も見えていなかった。それを認めた途端、大きな悲しみが胸中を締め付けてくる……

 それからはあまり多くを語らず、真琴は仕度を整えると弥生と共にバス停に向かった。

 知られないように弥生と話をしているつもりなのだが、敏感な彼女は何かに気付いているようだった。それでも尋ねてこない弥生に、真琴は正直にほっとしていた。

 …まだ、自分の気持ちも理解出来ていないのだ。混沌と入り乱れるこの想いを整理したら、一番に彼女に報告しよう。

 それが……そう、例え、真琴の望まない展開になるとしても……

 嫉妬したからと言って、真琴にとって弥生の大切さが変わったわけではない…

 始発のバスに乗り込み、弥生に手を振る。

 ずっと見送ってくれる優しい彼女の姿は、そう、真琴にとって何よりも大切なものなのだ。

 弥生の姿も見えなくなり、二十分かけて家の近所へと戻ってくる。

 すぐにまだ誰も起きていない家に駆け込むと、そのまま部屋に入り、真琴はベッドに倒れ込んでいた。

 考えや想いを纏めようとするのだが……複雑なパズルは、組み合わされることなく、真琴を苛立たせ…苦しめてくる。

 絶望的な悲しみに身も心も震わせながら……いつしか、彼女の心は眠りの中へと逃げ込んでしまっていた…


 ………………………………………………………


「…ありがとう、マコちゃん」

(…あっ! …晃の、お兄ちゃん……)

 ぬいぐるみの入った包みを手にして、寂しそうに笑っている。

 …そんな顔、しないで……あたし……

「うっ…うっ…」

 必死になって抑えようとするのに…涙が込み上げてくる。

 ……もう…絶対に……逢えないのだ……

(いや…そんなの、いや…)

 …『今』の自分が……

 もう、戻れないのに…もう、戻れないのに……

「マコちゃん…ずっと、ずっと元気でいるんだよ。

 僕は、マコちゃんの笑った顔が好きなんだ……ほら、笑って…」

「……出来ないよぉぉーっ!」

(そうよっ…! 出来るわけ、ないじゃない……!)

 わっ、と泣き出して、自分は幼い体をぶつけていた。

 …『彼』は、五年生とは思えないくらいに、しっかりと…力を込めて、受け止めてくれる……

「……うん…そう、だね……」

(…! …お兄ちゃん……)

 泣いている…晃のお兄ちゃんが…………


 ……ふっと、場面が変わる……


 黒い。

 何処までも、黒い幕が、目の前を塞いでいる。

「……?」

 まだ、瞳が涙に濡れている。

 …『夢』? それとも……

 不意に、幕の上に『何か』が揺れる。

 次には、そこには一枚の便箋が浮かび上がっていた。

(あれは…)

 『今』の自分には、分かっていた。

 あれは……

 だが、その瞬間、便箋の文字が朧に霞み始めた。

 太く力強い線が、うっすらと淡く、紙の中へと溶け込んでしまう……

(い…いや……消えないで!)

 何も、出来ない…こうして、ただ見ているだけ……

(どうして、どうしてよ…!)

 どうして……!

 …だが、真琴の悲鳴が広がる中…文字は全く失せてしまい……

 ……ただ、そこには純白の便箋が残っているだけだった………

(いやぁぁーっ!)

 悲痛な叫びが、響き渡る…………


 ………………………………………………………


 次の瞬間、真琴は自分の絶叫に飛び起きていた。

 濡れた頬を拭いもせずに、机に駆け寄る。

 そのまま力一杯引き出しを引くと、倒れる椅子になど構わず、真琴は震える指先で奥を探り始めた。

「…あったぁ…」

 しっかりと、手には一通の手紙が握られている。

 少しほっとして…だが、真琴はその中の便箋を確かめずにはいられなかった。

 ここ何年かは開いていない。…読めば、哭くに決まっているのだ…

 それに、内容はもうすっかり覚えている。文字の一つ一つの形や、位置までも……

 これこそ、一番大切な宝物なのだから……

 折り畳まれている便箋を抜き出し…刹那、流石の真琴も躊躇ってしまった。

 …だが、その躊躇いも僅かな間だけだった。

 ゆっくりと、開いていく……

 次には、真琴は力が抜けたように、ぺたんっ、と床に座り込んでしまっていた。

 見慣れた文字が、確かに、消えもせず残っていたのだ。

 極度の緊張と恐怖から開放され、また少し、真琴は涙を零していた。

 ……何故、最近、『彼』のことばかり想い出してしまうのだろう…もう、泣くことなんて、ここ何年も無かった気がするのに……

(晃のお兄ちゃん……)

 逢いたい…逢って、今の気持ちを伝えたい……

 大好きな友達を妬むような…そんな、醜い自分を……

 …だが、『彼』は受け入れてくれるだろうか………

(う、ううん…もう…どんなことをしたって……)

 そう、遭えるはずがないのだ……

 何度か目を擦ると、真琴は久し振りにその手紙を読み始めた。


  マコちゃん、きゅうに引っ越すことになって、ごめん。でも、お父さんの

  仕事のためだし、まだ僕には一人で残ることなんてできないからね。

  大好きな友達や家や、学校やお店や、景色やお祭りや…もっともっと

  たくさんのものをおいていかなくちゃいけないんだ。

  そして、マコちゃんもね。

  僕にとって、マコちゃんは本当のいもうとみたいに、ううん、きっと本当

  のいもうとがいたとしても、それよりもっと大切だったと思う。

  きっと、このマンションを思い出した時、そのどんな場面にだって、マコ

  ちゃんが入ってくるはずだよ。

  笑って、花かざりをくれるマコちゃん。

  怒って、追いかけてくるマコちゃん。

  ボールを川に落として泣き出しているマコちゃん。

  はにかんで笑いかけてくれるマコちゃん。

  僕はね、マコちゃんの笑った顔が、とっても好きだったんだ。

  やわらかくてね、そっとはにかんでくれた笑顔が、いちばんかわいかっ

  たよ。

  だから、これからもずっと、マコちゃんには笑っていてほしい。

  ずっと、ずっと、大好きだった笑顔でいてほしいんだ。

  元気で、明るくて、みんなを引っ張っていくような。そして、優しくて。

  自分でも何が言いたいのかよく分からないけど、だから、マコちゃんに

  は今のままでいてほしいんだ。

  なんだか、お願いばっかりしてるけど、本当に、そう思ってる。

  もう会えなくなるけど、ぜったい、マコちゃんのことは忘れないよ。

  今まで、本当に、ありがとう。

  ごめんね、マコちゃん。


(お兄ちゃん…)

 五年生になったばかりの『彼』が、必死に頑張って書いてくれたのだ。

 その取り留めの無い想いが、だがそれだけ一層、強く真琴には伝わってくる。

「…晃のお兄ちゃん…あたしね、頑張ってるんだよ……」

 だが、どんどん変わってきているのが分かる。

 変わりたくなんて、ないのに……

 真琴は床に座り込んだまま、止め処無く流れる涙も気にせず、ずっと手紙を見詰め続けていた。

 『時間』は他の全てと変わらず、ゆっくりと彼女の周りを通り過ぎていく。

 ゆっくりと…ゆっくりと……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ